厄日だ……
暫くその場に佇み、そして少年を称えてばかりではいられないと誰が声をかけるでもなく、あたかもそうすることが自然であるかのように皆で協力し合い、事の始末にあたる国民の人々をなんとなしに眺めていた少年。
自分も八百屋の男が戻ってくる間だけだが手伝うかと足を踏み出しかけたとき。
ふとさっきのひったくりはどうなったのだろうかと思い至り、先ほど自身が蹴り飛ばした先へと目を向ける。
……が、そこにはもう男はおらず、ただ鈍く光る何かがそこに寂しく落ちているだけだった。
( 逃げ足の早い奴だな……縛り付けとくべきだった )
と、胸中で悪態を吐きながらも幸いなことに逃げることに必死で盗んだものは置いていったのか、一連の騒ぎが起きる前には存在しなかったはずのその”何か”のもとに近づき、すっと手を伸ばし拾い上げようとした、
その時──
ばっと突然その何かを横から掠め取る影が少年を襲い、ほぼ無意識に背後の剣に手を伸ばしながらそれから距離を取る。
睨み付けた先にいたのは……
「 おん、な……? 」
「 よかったよかったほんっとよかったいやまじでホントよかったよかったよぉぉぉ……!! 」
今しがた、己が拾い上げたその何かを手中に納め両手で抱えるように持ちながら、涙を流してぶつぶつと呟いているその女性とも少女ともつかぬ風貌の女が、そこにいた。
淡い色合いの少々大人びたワンピースを身に纏い上着は丈の短い薄茶のジャケット。
肩からは小さなショルダーバックがかかっており、その下にはショートパンツをしっかり履いている。
その服だけみれば一見大人に憧れる少女のような格好ではあるものの、人目を引く顔は愛らしいというより、美しいと称したほうが似合うようなそんな大人っぽさのある風貌の、女。
てっきりまた先程の奴が戻ってきたと考えていた少年はその予想外な事態に腕を後ろに回した、端から見れば少々間抜けな格好のままぽかんと、何とか音を紡ぐ。
そんな少年の声に気付いたのか、その女はその綺麗な藍色の潤んだ瞳を少年に向け、そして……
土下座した。
それはもう素晴らしいほど潔く、何の躊躇もなしに、人が周りに大勢いる中で。
少年もその事態には流石についていけずに、ただただ目をこれでもかと見開き、依然固まったままの体をそのままにただそれを見下ろした。
思わず、口からは言葉にならない息が漏れる。
「 ……は? 」
「 いやほんとありがとうありがとうほんっとにありがとう君! もう本当これ大事なものであのゴリラ男に奪われた時はどうしようかと思って焦るし火の玉に髪焦がされるし転ぶしで……! 」
格好は土下座をしたまま顔だけを上げて、怒濤の剣幕でまくしたてる女を少年はどうすれば良いのかわからずに、ただ呆然と眺めているしかなかった。
あまりに見た目とのギャップがありすぎた。
しかし、そんな混沌とも思える状況の中、救いの神が現れる。
「 待たせたな坊主!
……って、なにしてんだ……? 」
「……さあ?」
少年は内心安堵の息を吐きつつ、その男の笑顔が真顔に変わる様を見つめながら首を傾げた。
互いに首を傾げているその前には今だに土下座し続ける女。
そんな状況の中、ふいに少年の額から一雫の汗が頬を伝った。ふと男の後ろに”ある物”を見つけてしまったせいだ。
その”ある物”とは、此方が思わず凝視してしまうほど存在感のある、人がまるごと入れそうな程大きなカートだった。
勿論その存在感を助長させようとこれでもかと言わんばかりに様々な種類の野菜が詰め込まれ…いや、寧ろ盛られていると言った方が正しいか。
そして山を成す野菜のうちの一つが耐えられなかったのか、止まった反動でポロリと落ちる様を眺めながら。
「 今日は、厄日だ…… 」
と、少年は天を仰ぎながらあからさまに肩を落としたのだった……。
ここで二話目終了です。
そして三話目の途中で移転が完了します。
ここまで敢えて色んなことをぼかしぼかし来てますが大丈夫ですかね…?