決意を新たに
「 ……はあー。今度は何だ? 」
二回も行く道を阻まれいい加減機嫌も降下してきたのか、隠しもせずに盛大に息を吐く少年。
それから面倒くさそうに再度振り返った先にいたのは、少年が見上げるくらいの大きさでがっしりとした体格のいい、少年から見てもなかなかに男前の男だった。
笑顔から覗く銀の入れ歯が日に当たって一瞬きらりと光ったのがとても印象的だ。
輝かしい笑みを浮かべるその男を、しかし少年は眉を顰め無遠慮に眺めた。
男の身につけている紺色のエプロンには【八百屋 すけ八】と書かれており、その片手には野菜を持っていることから、この男は八百屋の店主、もしくは関係者と見て間違いないだろう。
しかしその八百屋の男がいったい少年にどんな用があるのか。
眺めたところで分かることも無く寧ろ疑問は深まり、半ば睨み上げるようにその男が口を開くさまを見つめる。
少年の様子を気にせずに男は笑顔のまま、少年の肩から腕を外した。
「 坊主、なかなか腕がたつんだな!びっくりしたぜ。もしかして、兵士として志願しにいくのか? 」
「 …… 」
今しがたのことへの素直な感想と、質問を投げかけた男を、けれど少年は睨むように見つめるだけだった。
それに一瞬、八百屋の男も眉を顰めるも、すぐに気を取り直して、再度笑みを口元に浮かべる。
「 なんだ、愛想が悪いな……
まあいいか。もし志願するんだったらよ、うちの自慢の野菜を城に届けてくれないか? 」
にこにこと人のいい顔で語り始めた男のその言葉に、少年の瞳に驚きが掠めた。あまりに予想外な申し出に驚いたのだ。
しかしそれも一瞬で、更に眉間の皺が濃くなる。いったいどういうことなのか。
その少年の変化に何が言いたいのか察したんだろう、男はそれまでの笑みを苦笑に変え、僅かに瞳を伏せた。
「 ……なんでも、隣国のセレスティアがこの国を、こんないい国を侵略しようとしているみたいじゃないか。
姫さまはこの国を本当に愛してくれてる、だから今回の件で酷く胸を痛めているだろう……。
俺達フィルレシアの民は皆、そんな姫さまのことが大好きだ。勿論、フィルレシアを守ってくれる兵の方々もな。
だから、せめて、美味しい料理でも食べてもらいたくてな…。この野菜はウチの自慢の野菜なんだ。頼む! 一緒に持って行ってくれないか? 」
八百屋の男は、ぐっと拳を握り締め真剣な眼差しで少年を見つめてから、勢い良く頭を下げた。
自分よりいくつも下の相手に頭を下げるというその姿勢には、十分にこの国を思う揺ぎ無い思いが感じ取れて。
少年は話を聞くうちに薄れていった眉間の皺を完全に取り払い、そして一瞬だけ顔を綻ばせてから、「 分かった 」と一言だけを返した。
その言葉だけで十分だった八百屋の男はがばりと下げていた頭を元に戻し、少年の顔を覗き込むようにまじまじと見定めた。
そしてその表情から嘘を言っていないのを確認してから嬉しそうな、そしてほっとしたような笑顔を浮かべて「 ちょっと待っててくれ! 」と、慌しくどこかへと向かった。
( この国は、この国の人々はこんなにも暖かい……それだけに、セレスティアを許すわけには行かないな。必ず、守ってみせる )
その後姿を見つめながら、少年はそう決意を新たにした。
男が来たら早く城に向かおうと心中で溢したとき、ふと今まで対峙していた男の眼が思い返され、気づけば「 良い国だな…… 」と一人呟いていた。