華麗なまでに
( アイツが治めるこの国に、まだこんな馬鹿がいたとはな……これも戦争の影響と言うこと、か )
胸中で呟きそして、ただ真っ直ぐにその男を鋭い眼差しで睨み付けた。背中にある二本の剣には、手を回さない。
「 っ! ……何だよガキが、邪魔だ退け! 」
「 …… 」
前方に立ちふさがる漆黒の少年に、たたらを踏む大男。
だがその相手が己より幾つも下の只の子供だと認識すると、突然牙を剥き、盗んだものを持たない先程から火の玉を生み出していた手の平を少年に見せ付けるように突き出した。
しかし少年に退く気配は無く、ただ静かに相手を睨みながら変わらず佇むだけ。
背後で男の出した火の玉の消火に精を出していた人々の間にはどよめきが走った。
「 逃げろ! 」「 焼け死ぬぞ! 」等と少年に対してだろう叫びがしきりに響く。
男は脅しが効かないと見るや苛立ったように強行手段とばかりに止めていた足を動かし走りだした。
その屈強な体付きに押されれば、細い身体の少年に対抗手段などありはしない。
また、女性の悲鳴が轟いた──
ごきっという耳に障る人間の骨が曲がるような音と、けたたましい何かに叩きつけられるような音。
その大きな音が響いたきり、辺りは静寂に支配された。
その間遠くから微かに響いてくるこの騒動に気づいていない騒がしさが、その静寂の異様さを引き立てている。
そして、そのあまりの静けさに恐る恐る顔をあげた人々の目には、しかし、予想外の光景が広がっていた。
なんと、ぶつかりそして吹っ飛んだと思われていた少年の身体は以前そのままで……
否、片足を振り上げた格好で静止していて、そして問題の男はと言えば、通路の横に生えていた樹木に叩きつけられ、そのまま気絶していたのだ。
その様子は、男と比べ華奢な印象を受ける少年が、あたかもぶつかってくる屈強な男を蹴り倒したかのようで。
ぶつかる寸前に目を逸らしていた者達には何が起こったのかすぐには理解などできずに、呆然とただその光景を眺めているばかりだった。
男を蹴り飛ばし、言うならば悪党退治を軽々として見せたんだろう少年は、もう一度小さく「ハァ……」と息を吐くと、上げていた足を静かに下ろした。
その途端、止まっていた人々の時もまるで静寂の支配から解放されたかのように動き出し、次の瞬間には静寂は歓声へと姿を変えた。
「 すげえ! あの小僧やりやがったぞ!? 」
「 え、嘘、素敵……! 」
「 あんなでかい男をどうやったらあんなほっそい足で蹴り飛ばせんだ!? 」
「 ちゃんと見とけばよかったーっ! 」
火の玉に当たりどこかしかを火傷したか、服を焦がされた男たちは我知らずガッツポーズを決めて、
非力故に逃げ惑うしか出来なかった女たちは誰とも知らぬ人と抱き合い、中には少年に熱のこもる視線を向け、
隣にいた人とハイタッチを決めるもの、今起きたことを信じられずに目を見開くもの、目を逸らしたことに後悔するもの。
様々だが、それぞれが皆一様にちょっとした騒動を引き起こした男をたったの一撃で沈めた少年に感謝と尊敬の目を向け、思うがまま声をあげていった。
次々に少年を賞賛する声が相次ぐ中。
少年はといえば、その声が聞こえてるのかいないのか呆れたように冷たい眼差しで、気絶した男を見下ろしていた。
そして何かを呟いたかと思えば、ふいとあっさりと何事もなかったかのように身を翻し、賞賛の声を背中に受けながら今度こそ城へと続く道を辿っていこうとした……が。
「 ちょーっと待てよ、坊主 」
誰かの手が、少年のその足を再び止めた。