不穏
水と自然が溢れる豊かな国、フィルレシア。
城下街は勿論のことその隅々に渡るまでこの国に住む住民は皆笑顔が溢れ活気付いている。
そんな国を治めるのは齢16歳の少女、レナス・フィルレシア
本来であれば今はまだ彼女は姫という地位に位置し、レナスの父……国王、ドルフ・フィルレシアⅦ世が治めているはずなのだが、ドルフはレナスが12の時に病で倒れ、この世を去った。
その代わりを務めるはずの女王レナスの母……
マリア・フィルレシアもまた、レナスを産んですぐにこの世を去っていた。
そのため、国王亡き今、フィルレシアを治めているのは姫であるレナスだった。
聡明で容姿端麗。
幼いながらに持ち前の頭脳と器量の良さで父と同等、もしくはそれ以上に立派に国を治め父が最期まで望んでいた平和で笑顔の豊かな国を実現させた。
その功績もさることながら国を思い国民を愛するその真っ直ぐな姿勢に民からは慕われ、また城の者からも好かれていた。
─―フィルレシア城下街―─
「 姫さまっ! 姫さまっ! 」
「 えへへ、あのね~? 」
「 おや、姫さま。今日も見回りですかな? 」
「 あらあら、姫さまじゃないのさ! これ持ってくかい? 」
活気が溢れる賑やかな街並み。
水と自然の都として名高いように通路の間には水路が流れ、街路のいたるところには樹木や色とりどりの花々が風に揺られ涼やかな音を奏でている。
そのことから、城の真下に位置するこの城下にはいくつもの橋が掛けられ入り組んだ街となっていた。
その合間合間に様々な店がその身を連ねている中を歩く少女に、人々が次々と声をかけていく。
あるものは、嬉しそうに少女へ駈け寄り、舌足らずな口調で語り掛け……
あるものは、穏やかな眼差しで少女の行く先を見守り……
あるものは、店先に並ぶ品のうちの一つを手渡して……
そのすべてが皆、笑顔であり、そしてまたそれを向けられる少女も笑顔であった。
賑やかな街。賑やかな人々。
平和を象徴とした、理想の国。
……まさか、今この瞬間にも、この平和が崩されようとしていることになど、気付けるはずもなく……。
「 っ! ひ、姫さま!! た、大変です、! 」
「 !? い、いったいどうしたの「 と、とにかく早く城の方へとお戻り下さいっ! 」っ! 」
突如、人波を縫うように慌しく駆け寄ってきたのは少女も見たことのある城下の警備兵を取り仕切る男だった。
ツンとした黒色の短髪に小麦色の肌。
普段はとても温厚で笑顔を絶やさない男なのだが……
今はその顔色を焦りに変え、普段の温和な様子は一切見せずに一刻も早く少女を城に帰還させようとそれだけを口にして、もどかしいのか無礼も承知の上で少女の細腕を乱雑に掴んだ。
腕を掴まれた少女は突然のことで驚いたものの、男の普段からは考えられないほど異様な様子に何かがあったのだということは容易に察することは出来た。
一瞬何事かと思案するようにその双眸を細める。
周りの民衆は、そのただならぬ様子に此方を不安そうな顔で窺っている。
それに気づいたからか、少女は一度柔らかな笑顔を見せ民を安心させてから、口を開いた。
「 ……落ち着きなさい。
兵の長である貴方がその様子を見せては民にいらぬ不安を与えてしまいます。
……私は城に戻りますが、あなたは普段どおり、街の見回りをお願いします 」
「 し、失礼しました……。
守衛兵! 姫さまを丁重に城へとお連れしろ! 」
「 ハッ! 」
――この知らせが、全ての始まりだった……