歩み寄り
それからのアルは、遠慮しなくていいという相手の言葉どおり一切の遠慮も容赦も無く食べたいだけを頼んだ。
テーブルに乗る皿の数は、二桁に達しているだろうか否かといった所。
アルからしたら、彼女の性格は確かに気に入ったといえどそれと機嫌とは別問題なのだ。
すぐにでも城に行きたいというのにこんなところに留まらせる目の前の女性へのちょっとした腹いせのつもりだったのだから、目の前で財布の中身を見ながらとほほと肩を落としているクロナなど知ったことではないのだ。
ないの、だが……
( ……まあ、デザート代ぐらいは出してあげなくもないか )
腹も膨れて漸くその機嫌も向上してきたのか、テーブルに並べられた皿の数に少々男らしくなかったかという思いが過ぎり、ほんの少しばかり彼女に対する哀れみが出た為心中でだが呟いてみる。
それでも本当に僅かであるのが、クロナに持った印象の表れだろうか。
「 ……それにしても、さっきの回し蹴りは本当にすかっとしたなあ。
あたしちょっと離れたところにいたから顔も逸らさずにしっかり見てたんだけどさ、あのゴリラ男がぐほおってなって吹っ飛んだときは思わずガッツポーズだよね 」
うじうじするのは性に合わないのか、自分で言ったことと諦めたのか気を取り直すために一つ息を吐いたクロナが、にやりと口角を上げて先程の騒動の話題を振ってきたために、デザートである杏仁豆腐をつついていたアルは顔を上げた。
目の前にはきらきらと笑顔を振りまきながらそのときの気持ちを思い出したのか、ガッツポーズを決め込むクロナがいる。
それに敢えてシカトしていた事柄が、店内中からアルを襲った。
賑やかな店内ではもう噂が広まっているのか、先程の自分が起こした行動の一つ一つが随分と脚色されて、それだけを聞けばあたかも爽やかな好青年という印象を受けるものもあれば、正義感漲る熱血タイプな青年像が出来上がった噂が横行している。
自分の事ながら事実からあまりに正反対なそれらになんとも言えない気持ちになり、早々と意識からシャットアウトする。
そしてふと、アルも思い出して、口を開いた。
「 ……盗まれたもの、結局なんだったんだ? 」
初めてアルから話を振られたクロナは一瞬きょとんとしてから、にっこりと微笑んだ。
そして、掛けていたショルダーバックから大事そうに何かを取り出して、それをテーブルの真ん中にそっと置いた。アルの視線がそれに向く。
そこには、金色に鈍く光る懐中時計があった。
良く見れば特注品なんだろう細かい模様が刻まれていて、見るからに高級そうだ。
とはいえ、幼い頃から剣を振ることにしか興味が無かったアルには、その価値が一切分からないのだが。
これはなんだと視線を上げた先にあったクロナの顔には、愛しそうな、寂しそうな笑みが浮かんでいた。それまでの笑みとは種類が違うそれにぴくりとアルの眉が動く。
「 これはね、
あたしの本当の両親があたしにくれたたった一つの、とても大切なものなんだ。
だから、自分の不注意で盗まれたときは本当に心臓が止まるかと思ったよ 」
するりとその懐中時計を撫でながら、クロナは「 だから感謝してる。本当にありがとう 」と改めて頭を下げた。アルはそれをやはり黙ったまま受け止める。
自分にも大切な、今の目標となる元となった過去があるように、彼女には彼女の過去があるのだろう。
流石に初対面から不躾にそこに踏み入ることはせず、アルはただ黙ったまま頷いた。
それに気づいたクロナが、顔を上げてほっとしたように顔を綻ばせた。
そして、気持ちを切り替えるように一つ咳払いをし、嬉々としてその瞳を輝かせる。
デジャヴを感じさせるそれにもう一つ敢えて目に入れていなかったそれが視界に映りこむ。
テーブルで彼女がつついているパフェは既に三杯目だった。
( ……女というのは恐ろしい……っ )
アルは胸焼けに耐え切れずに、一度だけその顔を引きつらせた。