クロナ・ラッジャンテ
「 アルね。あたしはクロナ。クロナ・ラッジャンテっていうの。宜しくね? 」
「 …… 」
宜しく。その言葉には無言を返すアル。
胸中では悪態の数々が浮かんでは消えているが、ここでは割合する。
だが無言を肯定と受け取ってしまったのか、にっこりと、女……クロナは笑った。それは嬉しさを前面に押し出したような輝かしいもので、偶然見えたんだろう店内にいた男たちの小さな感嘆の声が上がる。
「 本当に助かったからさ。思わずつれてきちゃったんだけど、……迷惑だった? 」
そこで初めて目の前の彼女がこちらを気遣うようなそぶりを見せたことに、アルは……
「 ああ、大迷惑だ 」
はっきりと、ばっさりと、すんなりと即答した。
期待したのは、がくりと肩を落とす姿もしくは、申し訳なさそうに謝る姿だった、のだが。
そこは早々に『期待を裏切る女』のレッテルが貼られつつあるクロナ。
動じるどころか、……
「 ……良かった! 恩人に迷惑掛けたなんて知られたらじっちゃんになんて言い訳したらいいかわかんないもん」
見事にそれをスルーした。
流石『期待を裏切る女』。
流石パフェを二杯も食す女。
なんという神経の持ち主なのだろうか。
アルは、今日何度目か分からない諦めの息を、再度盛大に吐き出した。
そして、たははと苦笑する彼女から出たあまりに似合わない「じっちゃん」という言葉に違和感を覚えつつ、アルは冷めた視線をクロナに向け、改めて彼女を眺める。
それからこれまでの情報を纏めようと、心中で自分の思う彼女の像を思い描いた。
アルのなかで、彼女は不思議な、……いや、不可解な女性だった。
見た目の、言うなれば貴族かどこかでいそうな大人しげな、上品な顔とは些か不釣合いの平民らしい喋り方。
なのに不思議と彼女にはそれが似合ってるような、そんな感覚が身を包む。
思い返せば、この容姿でさっきは大勢の人の視線がある中で土下座をして見せたのだ。
その後から今までの間にも思い知ったが、見た目に反してよっぽど肝が据わっているのは確かであり、アルはこんな女には今までで一度も出会った事は無かった。
とはいえ、口に出して言えるほどアルは女性を知っているわけではないのだが……。
ともかく。
それはそれで、悪い気はしなかった。
タイミングが悪かったのもあり機嫌は最悪ではあるが、彼女自体は悪くは無い。
むしろ逆に、その彼女の……クロナのその性格をこの短いやり取りの中でアルは気に入ってさえいた。でなければ、こんなにも機嫌は悪いのだ。
既にアルはこの場には居ないだろう。
そして、彼女の持つその独特の雰囲気のせいか、未だ心中ではくすぶってる思いがあるも、気づけば眉間の皺は大分薄らいでいた。
クロナが再び笑みを浮かべる。
「 とにかく、あたしは恩人であるアルにお礼がしたかったんだ。
んで、今出来ることといったら城下に行くって言うから大目にお小遣いも貰ってることだし、奢ることしか無いなあと思って。だから遠慮せずいっぱい食べてね」
そういって店のメニューを見せてくるクロナに、薄らいだとはいえ依然眉間の皺は残ったまま暫く思考してから、丁度空腹であったのもあり、城に行く前の腹ごしらえだと自分に言い聞かせるとゆっくりと頷いた。
メニュー表を片手にアルはしばし、何にするか思案する。
そして呼び寄せた店員に、何食わぬ顔ですらすらと注文していったのだった……。
笑顔のまま、次第に汗を垂らし始めたこの図太い女の焦る様を眺めながら。