最後の一人
それは…突然の出来事だった。
俺、冴島大樹は、大学終わりに居酒屋バイトへ向かう途中、新宿駅を出た瞬間…空に見たこともない巨大な宇宙船が現れた。見た目は有名な宇宙戦争映画のバトルシップそのもの。周りの人も空を見上げて固まっている。そんな俺達にむけて、奴らは砲撃を行った。
逃げ惑う人々。親と逸れた幼い子供の泣き声。多発する交通事故。俺はなにもできないまま、宇宙船から降りてきた兵士に拘束された。
…それから1年。
俺は今、どこだかわからない惑星で奴隷服に身をつつみ、最前線にて戦わされている。反撃に出た自衛隊も各国の軍隊も未知の武器と突破不可能なシールド装置によって追い込まれ、降伏に追い込まれたらしい。
俺は、捕らえられた他の人達と共に輸送機に乗せられ、この星に送られた。長い航路の間に変な機械につながれた俺は、こいつらの国の言葉、歴史、文化を頭に直接覚えさせられた。とてつもない膨大な情報量に耐えきれず、死んでしまった人達も少なくなかった。
輸送機が到着し、降ろされた場所は後方の基地のようだった。戦争映画が好きだった俺にはそのくらいは理解できた。それからの俺達は軍人として戦い方のイロハを叩き込まれた。落第したものはその場で射殺された。
世界中から数百万人と送り込まれてきたようだったけど、戦闘訓練に耐え切れたものは一万にも満たなかった。俺は格闘技をしていたこと、射撃はサバゲーオタクだったことで慣れていたこと、操縦は戦争ゲーオタクでそういうこともハマっていたことで、難なくこなせた。
そんな俺でも最前線は悪夢だった。今朝隣で食事をとった人がその日の夜には死んでいることもある。食事は最低限で、不味い。食べれたものではないけど、エネルギーが足りなくなれば死ぬから食べないといけない。
敵の数は変わらないのにこちらの数はどんどん減っていく。他の部隊では反乱が起きて俺達奴隷側が全滅したらしい。
俺はそんな戦場で戦い続けた。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…
2年経過する頃には、俺はひとりぼっちになっていた。奴隷部隊は全滅し、残った正規部隊は寝込みを襲って俺が殺した。ここの司令官だった男も昨晩、体中をめった刺しにして殺した。
俺は奴隷たち一人一人を穴に埋めた。簡易的な土饅頭だけど、一人一人の名前を書いた紙を一緒に埋葬した。俺にはそれしかできなかった。
俺は一人残った基地を歩きながら、この3年間のことを頭に巡らせていた。俺だけが生き残った。家族のそばに行きたい。せめて誰かの代わりに死にたい。そう言って俺の身代わりに死んでいった人も何人もいた。
「もういいよな…どうせ家族だって今頃死んでるだろうし。俺だけ生き残っても…」
俺は基地内の正規部隊用の施設で一晩過ごし、朝にシャワーを浴びて新しい奴隷服を着込み、朝食をお腹いっぱい食べた。
そして俺は基地の外に出た。敵の基地からでも視認できる高台まで歩いていった。そして俺はその場に座り込み、指揮官からぶん取った拳銃を取り出すとこめかみに銃口を押しつけた。
これで…終わりだ。
俺が引き金を引こうとしたとき、どこからか銃声が響いた。
弾丸が俺の拳銃を弾き飛ばした。手に衝撃が走り、武器は岩の間に転がっていった。
「待て!」
声は女だった。不自然なほど澄んだ日本語だった。どうして日本語が…
振り向くと、見たことない種類の戦闘服を着た人がいた。ヘルメットを外すと、青白い肌に細長い耳、人間とは違うがどこか親しみのある顔立ちの女性が現れた。彼女の瞳は琥珀色で、その中に星屑のような光が漂っていた。
「あなたが最後の生存者か」彼女は近づきながら言った。
「この惑星の記録には、『青い惑星からの抵抗勢力』として登録されていた」
「お前は…奴らと違うのか?」俺は警戒して後ずさった。
「違う」彼女は首を振った。
「私はこの星系の監視員、リーラ・ヴェスといいます。あなたたちを侵略したのは『カルタン帝国』。私たち『星系連合』は彼らの違法占領を監視していました」
彼女は腰の装置を取り出し、空中に全域投影を映し出した。そこには地球の映像、そして各国政府が地下に築いた抵抗ネットワークの様子が流れていた。
「家族は?」俺の声は震えていた。
「生きていますよ」リーラは優しい口調で言った。
「あなたの両親は九州の地下シェルターで保護されています。お怪我はされておりますが、お兄さんの冴島裕翔さんも無事です」
その言葉に、俺の膝ががくがくと震えた。この星に来てから3年間、心の奥底で閉じ込めていた感情が一気に噴き出そうとしていた。
「なぜ今まで…」
「カルタンのシールド技術は高度で、介入には時間がかかりました」リーラは申し訳なさそうに言った。
「でも今、連合艦隊がこの星系に到着しました。カルタン軍は撤退を開始しています」
彼女は俺の腕を取った。「あなたの奴隷生活は終わりました。でも、あなたのような生存者の証言は、星系法廷でカルタンの戦争犯罪を立証するために必要です」
俺は高台から下を見下ろした。遠くに見える、今朝まで過ごしていたカルタンの基地が爆発した。そして撤退する艦隊の光が見えた。
「みんな…みんな死んだ」俺は呟いた。「俺だけが…」
「あなただけが生き残ったのではありません」リーラは優しく言い、小さなデバイスを手渡した。
「あなたの仲間たちの最後の瞬間、多くの者がこの惑星の監視システムにメッセージを残していました。彼らは『誰かが生き残って、地球に真実を伝えてほしい』と」
デバイスを起動すると、馴染みのある顔が次々と現れた。共に戦った仲間たち、訓練で亡くなった者たち、そして俺が埋葬した者たち一人一人の最後の言葉が記録されていた。
「帰りましょう」リーラは手を差し伸べた。「あなたには帰る場所があります」
俺は最後に基地を見つめ、そして土饅頭の並ぶ埋葬地に目を向けた。風が吹き、紙に書かれた名前がかすかに揺れているように見えた。
拳銃を拾い上げると、俺はそれをリーラに手渡した。
「必要ありません」彼女は首を振った。
「いや」俺は言った。「これは証拠だ。彼らが私たちに何をさせたかの」
俺たちは歩き始めた。俺は星系連合の基地に停められていた輸送艇に乗り込む直前、俺は振り返ってこの赤い砂の惑星を見つめた。
3年間の悪夢。死んでいった無数の魂。そして、なぜか俺だけが与えられたもう一度のチャンス。
輸送艇のハッチが閉まり、エンジンが唸りを上げた。上昇するにつれ、この惑星の全体像が見えてきた。無数の傷跡のような戦場、廃墟となった基地、そして小さな点のように見える埋葬地。
「大樹さん」リーラが操縦桿を握りながら言った。「これからは長い道のりになります。裁判、証言、そして地球への帰還。心の準備はできていますか?」
窓の外に広がる星々を見つめながら、俺はゆっくりとうなずいた。
「ああ。彼らの分まで、生きる」
輸送艇は光の渦に飛び込み、この赤い地獄から離れていった。俺の新しい戦い、真実のための戦いが、今始まるのだった。




