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戦乱の世の中で、国士無双と呼ばれた男  作者: ほろ酔い


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5/5

中の能力確認と、遺された装備

 湿った森の空気が、左腕の火傷痕に触れて冷たく刺さる。

 ゴブリンメイジを討ち果たしたトシは、荒い息を整えながら、網膜に浮かび上がるステータスウィンドウを凝視した。そこには、死闘の報酬として新たに加わった三枚目の牌、(チュン) が静かに、だが鮮烈な存在感を放っていた。


 トシはこのスキルの「牌」が実体を持たないことを既に理解している。指で触れようとしても、その白い表面を通り抜けて空を掴むだけだ。しかし、システム上で「手牌」に加わった瞬間、彼の肉体には確かな変化が訪れる。


【トシ:Lv.1】

H(体力): 120


A(攻撃): 71 (一萬(イーマン)により+1%)


B(防御): 70


C(特攻): 45


D(特防): 63 ((チュン)により+5%)


S(素早): 79 (七索(チーソー)により+3%)


【所有牌】


一萬(イーマン):物理攻撃力(A)を1%上昇させる。


七索(チーソー):素早さ(S)を3%上昇させる。


(チュン):魔法防御力(D)を5%上昇させる。


「D――特防が上がってるな。5%か」


 トシは自身の身体を包む見えない膜のようなものを意識した。(チュン) は数字を持たない字牌であり、三元牌の一つだ。トシが導き出した「5からの距離が補正値になる」という仮説に基づけば、数字を持たない字牌は中心から最も遠い存在であり、最大の5%という補正をもたらす。

 特防(D)が60から63へ。数値にしてわずか「3」の加算だが、それは先ほどのような魔法攻撃に対する確かな抵抗力となる。次にあのメイジの炎を浴びても、昨日よりは確実に意識を保ち、反撃に転じることができるはずだ。




 トシは石斧を腰に差し、より確実な「力」を求めて、これまで踏み込まなかった森の深部へと慎重に足を進めた。


 一時間ほど歩いた頃だろうか。腐葉土の匂いに混じって、鉄の錆びたような、そして生命が腐敗したような不快な臭気が鼻を突いた。茂みを掻き分けた先、トシは息を呑んだ。

 そこには、数体のゴブリンの死体と、それらに囲まれるようにして横たわる、一人の「人間」の遺体があった。


 革の鎧を纏い、片手には折れた弓。そして腰には――鈍い銀色の光を放つものが差さっていた。


「……剣だ」


トシは右手に握った石斧を見つめた。


「……こいつも、もう潮時か」

 

 幾度もの戦闘を共にしてきた急造の武器は、先ほどのメイジとの死闘で石の刃が大きく欠け、柄を固定するツタは擦り切れて今にも解けそうだ。振るたびに嫌な軋みが手に伝わり、武器としての寿命が尽きかけていることを告げていた。


 トシは吸い寄せられるように遺体へ歩み寄った。亡くなった冒険者には申し訳ないが、今のトシにとって、彼が遺した装備は神からの救済に等しかった。

 石斧とは比較にならない重厚さを湛えた、鋼鉄の剣。

 そして、返り血を浴びてはいるが、急所をしっかりと守ってくれそうな革の胸当て。


 トシは震える手でその剣を引き抜いた。

 ズシリとした重みが腕に伝わる。石斧の不確かな手応えとは違う、確実な「殺傷能力」がそこには宿っていた。


「すまない……。あんたの分まで、俺がこれで生き残らせてもらうよ」


 トシは短く祈りを捧げ、装備を身に纏った。剣を鞘ごと腰に帯び、革の胸当てのベルトをきつく締める。さらに、遺体の傍らに落ちていた短弓も拾い上げた。矢筒には数本の矢が残っている。


(これがあれば、近づかずに一方的に狩れるんじゃないか?)


 現代人としての知識、あるいはゲーム的な発想。遠距離攻撃という圧倒的なアドバンテージに魅力を感じたトシは、さっそく試射の機会を求めた。


     *


 絶好の獲物はすぐに現れた。広場の隅で、一体の通常ゴブリンが地面を掘り返して何かを食べている。

 トシは木陰に身を潜め、短弓を引き絞った。


「……っ、重い……!」


 弦が想像を絶する力で指に食い込む。腕がぷるぷると震え、視界が揺れた。照準を合わせようとするが、初心者のトシには、狙った場所に矢を飛ばすための筋力も技術も圧倒的に足りていなかった。

 

「当たれ……!」


 祈るように指を放す。

 ビュン! と空しく弦が鳴り、放たれた矢はゴブリンの頭上を大きく超え、遥か後方の樹木に虚しく突き刺さった。


「ギギッ!?」


 音に反応したゴブリンが跳ね起き、即座にこちらの位置を特定する。

 トシは焦った。慌てて二の矢を番えようとしたが、指先が震えて矢を地面に落としてしまった。


「くそっ、やっぱり素人が扱えるもんじゃない……!」


 怒声を上げて突進してくるゴブリン。

 鼻先まで迫る醜悪な顔と、振り上げられた錆びた鉈。トシは咄嗟に弓をその場に放り捨てた。矢は有限、そして何より今の自分にとって、狙いの定まらない武器は死を招く重荷でしかなかった。


 彼は腰の鞘から、新たな相棒――鋼鉄の剣を抜き放った。

 

「ギャアアッ!」


 飛びかかってきたゴブリンに対し、トシは無我夢中で剣を横一文字に薙いだ。

 シュッ、という鋭い空気を裂く音。

 石斧のように「叩き割る」のではない。吸い込まれるように刃が通り、ゴブリンの喉元を容易く、そして深く切り裂いた。


「ガハッ……」


 一度の払いで、絶命。

 光となって消えるゴブリンを見送りながら、トシは手の中に残る、これまでにない確かな手応えを噛み締めた。


「弓は諦めよう。今の俺に信じられるのは、この剣だけだ」


 トシは地面に落ちた矢も弓も振り返ることなく、拾った革の胸当てを改めて締め直した。

【トシの現在の手牌】

[|一萬] [|七索] [|中] [空] [空] [空] [空] [空] [空] [空] [空] [空] [空] [空]

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