新人データ君の悩み
新人データ君は今日も「例年」という言葉にひっかかる。
「えっ? 過去との比較っすか?」
今日も聞かれた。聞かれてしまった。
僕はこの春、某県の気象観測所に配属された新人
通称『データ君』。
本名よりも
そっちで呼ばれる時間の方が
長くなってきたのは
気のせいではない。
「う〜ん……。比較するデータの引き継ぎがなくて……」
電話の相手は地元テレビ局の記者さんらしい。
今日の天気が「例年と比べてどうなのか」が知りたいらしい。
知らん。分からん。知らんがな。
いや、それはもちろん答えたい。できればドヤ顔で。
でもね、こっちは【引き継ぎナシ】
【過去ログ消失】【PC初期化済】の三重苦。
先輩も口を揃えて言ってた。
> 「うち、記録関係めっちゃザルだから☆」
……言い放った本人は今、長期休暇中。泣いていい?
「えぇ。今はちょっと……今月中は難しいかと……えぇえぇ……」
もう返事だけで会話を成立させようとしてる自分がいる。
でも、わかってほしい。
あなたの「例年」は、僕にとっての「未確認生命体」なんです。
「多分、警報級で間違いないかと。
ええ。雪? 降ります降ります」
適当じゃない。僕の中で、最大限真面目な予測だ。
ただ、過去と比べるものがないから
それが「すごい」のか「普通」なのか
判断できないだけなんです。
「例年と比べて?」
来た。
このセリフが来るたび、心がヒュッと凍える。
「だから、そのデータが……っていうか
もうその『例年』って言葉、止めた方がいいっすよ」
思わず本音が漏れた。
「毎年、何かの記録が更新されそうなんで」
そう。
最近の気象って、記録更新マニアかってくらい
自己ベストを更新してくる。
観測史上最も遅い初雪。
観測史上最も少ない降水量。
観測史上最も長い残暑。
「例年」って、いつの誰の話ですか?
昭和? 平成? 去年? 一昨年? 3日前?
もはや基準が迷子。
「“例年通り”の気象」なんて、都市伝説だと思ってる。
電話が切れた。相手の記者さんは苦笑いしてた。
録音されてないことを祈る。
──
「データ君、午後の取材対応よろしく〜」
上司の軽い声が背中を直撃する。
僕は観測ノートを片手に空を見上げた。
今日も天気は変わりやすい。
そして、**“例年”という亡霊は今日も現れる。**
ご覧いただきありがとうございますm(_ _)m
不定期更新中ですが、ふふっと笑えるお話し目指してます。
また次のお話しでお会いしましょう♪




