【1年 4月-6】元太だったらキレてた
その日の夜。
[明日はお弁当持ってこなくていいよ]
という謎のLINEが綾菜から来た。俺のことを困らせすぎたと反省して、昼食でお詫びをするつもりかな。
[餓死させる気じゃないなら、了解]
何だろう。購買の個数限定の幻の何かを手に入れるとか? 陰キャ過ぎてそのあたりの情報が入っていないのでよくわからんけど。
翌朝、綾菜が大きめの保冷バッグを持って家に来た。ピクニックに行くみたいでテンションが上がる。
「おはよう。例のやつ、それのこと? 持つよ。俺もそれ貰えるって認識でいいんだよね」
「そーだよ。楽しみにしてて」
バッグを持ってみると、そこそこの重さで、綾菜の水筒らしきものが中でコロコロと揺れ動くのがわかる。その下にあるのがお弁当だろう。
「何これ? うな重とか? うな重って学校で食べていいのか? ……まあ、食べ物には違いないからいいのか」
「お楽しみにぃ〜。本能寺の変は、織田の死に目〜」
保冷バッグは、流れでそのまま俺が昼まで預かることになった。中の水筒だけ綾菜に渡したとき、バッグの中身をちらっと覗いたけど、普通のお弁当が2つ入っているだけっぽい。
保冷バッグのせいでパンパンになった俺のロッカーを整理しているときに若色さんに見つかり、怪しまれて席で事情を説明することになった。
「——というわけで、綾菜は昨日のお詫びをしたいんだと思うんだけど」
「お詫び、かぁ……」
若色さんの首が、少しだけ傾いている。
「綾菜、弁当に何入れたんだろう。余り物のステーキとかかな」
「……昨日気になってたんだけど、白駒さんとマキくんって、付き合ってるの?」
「いや、近所の幼馴染」
「ふーん……」
若色さんが なにかを いいたそうに こちらをみている!
「マキくん、白駒さんのこと、かわいいと思ってるよね?」
むむむ……。これ、あれだね。若色さんは、昨日の俺の話の意図を完璧に理解していますね。
「かわいいと思ってるよ。あ、そうそう、昨日言ってた動画の資料渡すね!」
真城健康は わだいから にげだした!
◇ ◇ ◇
お昼休み。綾菜が自分の水筒を持ってクラスに来て、ふたりきりで弁当を食べられるスポットを知っているので、そこに行こうと誘われた。
ふたりきり? そう、ふたりきり。
俺は保冷バッグと俺の水筒をロッカーから取り出して、綾菜についていく。
「よくそんな場所あったね」
「漫画文芸部の部室がいつも鍵が開いてて、お昼は使われていないんだって」
「へー。ぼっち飯しそうな人が使いそうなもんだけど」
「1年の新入部員の人に聞いたけど、どうなんだろうね。去年は穴場だったらしい。文化部の部室棟、遠いから。でも、もしかしたら誰かいるかも。いたら別の場所探さないといけないけど」
結論から言うと、誰もいなかった。文化部の部室棟は本校舎から1階の渡り廊下を通って直に行けるが、それでもかなり歩く。更に漫画文芸部の部室は、階段を上がって2階の、奥からひとつ手前の部屋だ。こんなの、隠れたイチャイチャとか、かなりのモチベがないと来れない。
部室はクラスの1/3ほどの広さで、その長細い部屋に並行して、よくある田の字にくっつけた4台の長テーブルと、それを挟んで向かい合う4×2脚の椅子がある。奥の方にまだ椅子が重ねてあるのも見える。
部誌以外は、古びた扇風機しか置いてあるものがないので、不用心でも問題ないようだ。幽霊部員が多数のニオイがする。
「さ、食べよ、食べよ」
綾菜が手前の右角の椅子に座る。あれ? 俺これ、どこに座ればいいかな? 向かいだとちょっと遠いぞ。隣だと逆に近くね。
「ほれほれ」
綾菜が右隣の椅子をポンポンと叩く。誘導されるように機械的に俺はそこに座った。
「よしよし」
綾菜は新作のゲームをやり始めるときぐらい眩しい笑顔を作りながら、保冷バッグから弁当を2つ取り出した。色違いの、箸が蓋の中に入る二段タイプだ。ピンクの方が綾菜の弁当で、紺の方が俺か。
……ひとりっ子の綾菜が、色違い?
「あれ。ウェットティッシュ入れてくれたの?」と綾菜。
「そう、それいつも愛用してるやつ」
「気が利くじゃん。そう言えば手を洗ってなかったかも」
綾菜がウェットティッシュを1枚取って袋を俺に向け、俺も取る。このあたりの阿吽の呼吸は年季が入っていると思う。手を拭き終わると、綾菜がゴミを俺に渡してきた。これも不服ながらかなりの年季が入っている。ゴミ箱が見つからないので、とりあえずズボンのポケットにイン。
「さあ、食べますか。いただきます」
「いただきます。ゴチになります」
む。視線を感じる。とても近くに。……と言うか真横に。俺が弁当の蓋を開ける瞬間を、今か今かとじぃっと綾菜が見つめている。
リアクションの神様、俺に力をください。
さあ、運命の瞬間です。いざ、オープン!
これは……。
ん?
普通に弁当だ。
「全部手作りだよ。ブロッコリーと人参は昨日茹でておいて、ウインナーと鮭と豚肉炒めは今朝焼いた。やるっしょ」
あと、ミニトマトも添えてるな。洗っただけだからだろう、解説を省略しているのがいじらしい。
「あ、豚肉炒めは生姜焼きにしようかと思ったけど、けんこー、生姜大丈夫かわからなくて味噌焼きにした」
「生姜は大丈夫。俺、嫌いな食べ物は基本的にないかも。あ、白子は苦手だけど、それも食べられないってほどでもない」
下段は、ふりかけご飯と、端の方に大根の桜漬けと、これは……上と同じ豚肉?
「ご飯のバランス悪いかなと思って、残ってたお肉を下にも入れたよ。男の子ならお肉が多い方が嬉しいかな、と思って」
なんか胸がムズムズする。親戚に貰った牛タンのお裾分けとか、母親の作ったフルーツタルトの余りとか、そんな感じのものだと思っていた。普通に手作りとは。
「ありがとう。嬉しい。早起きしたよな、これ。めっちゃ美味しそう」
やべ。よくわからないけど、泣きそう。
——というか、もう泣いてる。そしてそれがバレてる。
「けんこー、目にゴミが入った?」
「……それ、言うなら俺の方だろ。——嬉しくて、ちょっと感激した。10億円当てたときより嬉しいかも。……あ、夢でね、夢」
「へへへ。『こっちは』夢じゃないよ。味付けで不安なのは豚肉ぐらいだけど……どうかな」
綾菜は自分の弁当の蓋から箸を取って、そわそわと箸をこすり合わせている。
それ、割り箸じゃないよ。
「じゃあ、改めて、いただきます。……。うまっ。絶妙。もうね、綾菜、優勝。……ご飯いくわ。ご飯とのシンクロ率高いよ、これ」
……まあ、欲を言えば、ご飯にふりかけは要らなかったかもな。豚肉だけで十分戦えてる。
「そう? よかった。あたしもこれくらいのしょっぱさが好き。じゃあ……あたしも食べるね」
綾菜が自分の弁当の蓋を取る。俺のと同じ内容のお弁当……じゃない、ウインナーの代わりに卵焼き? ……あ、ちょっと茶色いのか。
「俺さ、卵焼き好きだから、その卵焼きと俺のウインナー交換していい?」
「半生は危ないと思ってしっかり焼いてたら、焦げちゃったから……」
「いいから、もらう」
俺が箸を伸ばすと、綾菜が箸でそれをブロックする。繰り広げられる謎の空中攻防戦。
「じゃあ、卵焼きくれたら、ひとつ綾菜の言うこと聞く。軽いのね。どう?」
「うーん、どうしようかな〜」
「隙あり!」
箸を刺して卵焼き奪取に成功。そのまま口に放り込む。
「……。これもうまいじゃん。だし入りで。焦げなんて全然気にすることないよ」
「でも、人のお弁当に入れるのは……」
「何だっけ、えっと……。『ブルー』『レア』『ミディアム』『ウェルダン』。これ『ウェルダン』なだけじゃん」
「お肉みたいに?」
「そう。これは、ウェルダン・タメィゴゥヤキィという料理だから」
「ははは。なにそれ。タメィゴゥヤキィ。英語なら卵焼きはオムレツじゃないの? ……次はちゃんと作るからね」
今日の綾菜の笑顔は、いつもより何倍もかわいく見える。卵焼きに何か入れただろ。おいしくなーれって萌え萌えキューンしたんだろ。
……って待て。今、『次』って言わなかったか。
「次も、頑張って作るね」
俺の心を読んだように、綾菜は言葉を重ねた。綾菜の目が、まっすぐ俺の目を見たまま、動かない。
「ありがとう」
咄嗟に口から出たが、まだ戸惑っている。「次はいつ?」と聞く勇気がない。
「あ、ごめん、こっちのウインナー取ってよ」
——我ながら、チキンだと思う。もうおかずになろうかな。
「……それなら、ウインナーは美容に悪い油が多いから、鮭ほしい」
「どうぞ、鮭でオメガスリーをご摂取ください」
「どうも。鮭、好きなんだよね。でもちょっと残すね。味加減が好きか知りたいから」
……うーむ。また、『次』を匂わせてる。
おかしいなぁ。
ちょっと前まで、俺が弁当を作る方がしっくりくる関係だったはずなんだけど。
「あとさあ、さっきのお願い、思いついた。明日は土曜じゃん。服、一緒に買いに行こう。けんこー、どうせろくな服持ってないでしょ」




