【1年 7月-1】様子がおかしい
若色さんの様子がおかしい。
たまに俺の顔をじっと見つめて何か言いたそうにしては、やめる。
テスト期間中なので、勉強のことについて聞きたいのかと思ったが、それはそれで聞いてくることもあるので、違う。
テストは午前で終わるので、そのあと多少は時間取れるとは言ってあるのに、何もなし。
うーん。
期末テストの最終日の金曜。この日は俺のシフトが入っておらず、ようやく何もない午後を過ごせると思いきや、若色さんがスマホを指差して、メッセージを送ってきた。
[誰にも聞かれないところで、ふたりきりになりたい]
えーと、どういうこと?
もしかして、断るのは誠意がない感じのやつ?
[誰にも聞かれないところって難しいな。学校じゃ危険だよね。カラオケとか? 違うか]
[マキくん家に行ってもいい? それが一番安いし安全かも。本当に誰にも聞かれたくなくて]
[綾菜の家が近所だから、それは無理。若色さんが俺の家に出入りするところを、綾菜に見られるかもしれない。今は特に溝ができてるから、それは絶対に避けたい]
これでいろいろ理解してくれたらいいのだが。
[白駒さんに見られたら、白駒さんにも聞いてもらう。きっとその方がいいから]
強いな。やっぱり呂布だな。
これは……若色さんのために断らない方がいいか。
[そこまで言うなら、俺の家でご飯食べてく? 時間的にお腹空くだろうし]
[ううん。多分、そんな雰囲気にならないと思う]
むむむ。これ、やっぱりそういうことだよね。
[了解]
◇ ◇ ◇
そして、もう誰かに見られたら見られたでいいか、という気分になって若色さんとふたりで下校した。
ふたりとも、ずっと無言だった。
俺は頭の中でどうすべきか迷っていた。
「主観じゃなく客観的に考えたら、若色さんの方がよくない?」
片瀬くんの言っていた言葉の意味が、今は痛いほどにわかる。
既読無視で放置なんて、若色さんは絶対にしない。断言できる。むしろ既読無視されて落ち込んでいる人を癒すタイプだ。穏やかな若色さんから漂う雰囲気は、本当に心地良い。
でも俺は、綾菜が好きなんだよ。
今、ここに綾菜が来て、若色さんを放ってどこかへ行こうと手を引っ張られたら、そのまま着いて行ってしまうかもしれない。
そんなことなんて起こらないとわかっているのに。
綾菜にはっきりフラれていたら、俺の考えは違っていたのかもしれない。
つらいけど、ちゃんとした区切りはつく。
もう綾菜にそういうことを確認すべきタイミングなのかな。
今のままじゃ前に進めないよ。
◇ ◇ ◇
ふたりで一緒に家に来て、とりあえず若色さんにアイスコーヒーを出した。
「ミルク、2個だっけ」
「そうだよ、よく覚えてるね」
綾菜と同じだからね。
「記憶力褒めて」
「すごいっ!」
「あと、少しだけお菓子出そうか。空きっ腹にコーヒーってきつくない?」
「確かに。じゃあ、お言葉に甘えて。クッキーとかある? 私、コーヒーにはクッキー派なの」
「あるある。出すね。若色さん、ポテチには牛乳だっけ? 組み合わせにこだわりあるね」
「ふふふ。そうなの」
綾菜もよく食べていた個包装のクッキーが棚にあるはず。あった。
クッキーを3個取って、お客さん用のお菓子バスケットに入れて「どうぞ」とテーブルの上に置いた。
この前綾菜と3人で勉強したテーブル。今はふたりきりだ。
なんで綾菜がいないんだろう。
俺が悪いんだけどさ。変えられない現実に泣きたくなるよ。
ミルク入りのアイスコーヒーも用意して、若色さんに渡した。
既にクッキーを食べ始めていた若色さんは、ひとくち、アイスコーヒーを飲んで、口の中のクッキーを流し込んでから、さも日常会話です、という声のトーンで探りを入れてきた。
「最近、白駒さんとはどんな感じ? 喧嘩中なんだよね?」
「変わらずだよ。既読無視。郵便受けにチョコ入れても無視」
「そっか……。あの、合コン行くって言ってた日からだよね」
「うん」
また若色さんがアイスコーヒーを飲んで、氷がカランと揺れた。
「ここに来ても、言おうかどうしようか、正直迷ってたけど……。そんな感じなら、やっぱり言うね……」
と、若色さんはクッキーの残りを口いっぱいに頬張った。
——このタイミングでクッキーそんな口に詰め込む?
呂布、最強過ぎん?
「何を言われようと、俺は受け止めるよ」
「ふぉうふぁなぁ(どうかなぁ)」
若色さんが一気にごくりとアイスコーヒーを飲んで、クッキーを流し込む。
「マキくん鈍いところあるから、私の言おうとしていること、全然察せてないと思うよ」
「……そう?」
「とりあえず、トイレとか大丈夫?」
「え、そんな長い時間が必要なの?」
「そうじゃないけど、失禁の可能性はゼロじゃないかと」
嬉ション的なことを言っているのか?
呂布、想像力も天下無双。
「大丈夫。行きたくない」
「悪いこと言わないから、行ったほうがいいよ」
この流れでそこまで頑なにおしっこ行かせようとするの、人類史上初じゃないか?
…………。あ、そうか。
若色さん、俺のいないところで心を落ち着かせたいのか。察せて良かった。
「じゃあ行ってくる」
少し多めに時間をかけてあげようと、出したあとも少し待った。汗ばんでいた手も念入りに洗った。深呼吸して息を整え、ゆっくりリビングに戻ると、若色さんの表情が強張っていて、決意を固めたようだった。
「スッキリした?」
「うん」
「じゃあ言うね」
「うん」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「白駒さん、うちのコンビニでコンドーム買ってたよ」
呂布の一撃は極めて重く、膀胱が空でなければ確かに危うかった。




