【1年 6月-7】明かされる真実
火曜日の昼休み。
再来週から期末テストなので、俺は若色さんにスパルタ気味で勉強を教えていた。
今回も若色さんと一緒の放課後勉強会を綾菜に提案すべきかは微妙な問題だ。そのあたりをこの昼休みで若色さんの勉強の進捗を見ながら決定したい。
「こんにちは、マキくん」
あれ、早瀬川さん。後ろには綾菜と女子が3人ついてきている。
「どうも」
「若色さんと仲がいいんだね」
「……あ、いや、これは勉強を教えてるだけで。俺と仲がいいと言うなら綾菜の方だと思うよ」
「ふーん。幼馴染だもんね。綾菜のことはどう思ってるの?」
どストレートにボールを投げてきたな。
早瀬川さんってこんな人だっけ?
綾菜を見ると首を小さく横に振っていた。
「それはここでする話ではないよ」
「……そっか。そうだね。ところで、この人なんだけどさ」
早瀬川さんが、雑誌を開いて、まるでそこに『勝訴』と書かれているかのような勢いで俺に見せてきた。
そこには、腕組みして立っている人物の写真があり、こう書かれていた。
次世代IT実業家
真城 銀河
若色さんが咄嗟に叫んだ。
「あっ、マキくんのお父さん!」
綾菜が額に手を当てている。
「え、若色さんがなんでマキくんのお父さんを知ってるの?」
早瀬川さんが困惑した表情を見せる。
「けんこーの家で一緒に勉強したんだよね〜、若色さん」
と言う綾菜の口の端に、軽く力が入っている。
「そうそう。一緒にピザ食べたんだよね。マキくんのお父さん、社長だったのか。すごいね」
ピリついた空気をものともしない現代の呂布、若色さんは、呑気にスマホを取り出して父の名前をググっている。
3人の女子のうちの1人、黒髪ツインテールのアイドルチックな雰囲気の娘が前に出てきた。
「お父さん、すごくイケメンだね。……もちろんマキくんもイケメンだけども」
今、イケメンを義理で添えたな。
「お父さん、身長高そうだね。何センチ?」
「180cmはあると思うけど」
「へー。マキくんも将来それくらいになるのかな。ねぇ、今日の放課後、私たち合コンするんだけど、来ない?」
「はい?」
合コン? 別世界の出来事だ。
綾菜の方を見ると、電動泡だて器と張り合えるのではないかという速さで、首を横に振っている。
「誘ってくれるのは嬉しいんだけど——」
「マキくんは、バイトがあるんだよね」
と、若色さんがパスを出してくれた。
綾菜の反応を見て、いつかの逆をやってくれているんだな。今日はシフト入ってないけど、話を合わせよう。
「そうそう。バイトで行けない」
「それは残念。えっと、ワカイロさん? だっけ。予定は?」
「あ、私もバイト」
こっちはガチ。
「え、ふたりとも? もしかして同じバイト?」
「えっ? いいいいや、そそそんな」
若色さん、リアクションが不自然すぎるよ。フォローできるのかこれ。
綾菜の方を見ると、怒ってはいなかった。
青ざめていた。
やばい。
これはガチでやばいやつだ。
頭から血の気が引いていくのがはっきりとわかった。
何か、なにか、ナニカ喋らないと。
「えー……。あのさ、そういう、ちょっと何かあったらくっつけるみたいなノリは、小学校までにしてくれない?」
アイドル女子の顔が一瞬引きつったあと、すぐに笑顔に戻った。
「ごめんごめん。お邪魔しました〜」
その言葉を合図に、女子軍団は去っていった。
あのアイドル女子、内心キレかけてたけど、場を離れることで理性を保ったな。
しかも、少し反発しただけの俺にカッとなるってことは、かなり支配的な性格だろう。
理性と激情を兼ね備えた、敵に回したら厄介なタイプだ。
「びっくりした〜」
と、目をパチパチさせる若色さん。
「バイト先同じなの、バレたかな。ごめんね。大丈夫かな」
「こっちこそ、ごめん。もっと早く綾菜に言えば良かった。うわ~、あとが怖い」
◇ ◇ ◇
それから俺は家で勉強しながら憂鬱な午後を過ごした。綾菜には合コン終わりで話したいとLINEしているが、その時間が永遠に来てほしくない。
夕飯を食べて風呂に入って、21時まで待ったが綾菜からの連絡はなかった。
合コンってこんなに遅くまでやるのかな。
連日の疲れが溜まっていて、風呂から出たらもう眠い。ベッドに横になって、もうこれ連絡見逃すかも、と思っていたら、綾菜からメッセージが来た。
[なんか冷めた。一緒の登校もお弁当もやめるね]
え。
ちょっと待って。
待って待って待って。
俺の方、既読になったよな。
どうする?
返事を書く? いや通話か。
俺は綾菜に通話をかけた。
……出ない。
とりあえずメッセージを書こう。
[ごめん。若色さんとは何でもないよ。最初に綾菜にバイトの話したとき、若色さんのことまで言うと、綾菜がもっと俺のバイトに反対しそうだったから、言えなくて。そのままズルズル言うタイミングを失っちゃった]
送ったあとで、これでは『バイトに反対した綾菜のせい』みたいな言い方になっていると気付いた。
でも既読だから、取り消しても意味がない。
[ごめん、若色さんのバイトが好条件だったから、俺はどうしてもやりたくて。今思えば、若色さんのことも綾菜に素直に話した上で、綾菜を説得した方が良かったと思う。ごめんなさい]
あ、説得という言葉は良くなかった。
[俺は、自分がダメな人間だという自覚があるから、少しでも成長したかったんだ]
これじゃ、自分がしたいことをやっているだけの自己中だ。
[俺は綾菜に釣り合うような男になりたかったんだよ。仕事がちゃんとできるというのも、釣り合う条件だと思ってた。綾菜は反対していたけど、そのままだとダメダメだから。俺は俺がダメな理由を綾菜のせいにしたくなかった]
既読はついている。返信はない。
もう一度電話をかけてみた。出ない。
え、これ、どうしよう。
そういえば、俺たち、ここまでの仲違いは記憶にないぞ。
[俺は、一緒の登校も弁当もやめてほしくない。楽しいから。幸せだから。綾菜のことが大好きだから]
じゃあなんで嘘をついたの、って言われそうだ。
[嘘の罰は受けるよ。でも綾菜と話せない状態なのは勘弁してほしい。怒られる方がマシ。殴られてもいい。話せないと何も進まないから辛い]
既読にはなっている。このまま既読にすらならなかったらどうしよう。
[ごめん、一旦頭冷やす。たくさんメッセージ送ってごめんなさい。おやすみなさい]
ため息ばかり出る。
どうしよう。
——寝よう。今日はもうダメだ。まともに頭が働かない。
スマホを充電して、部屋の電気を消した。
あとは目を閉じて何も考えないようにした。
かなりの時間起きていたと思う。時計も見なかったから、いつ寝たのかはわからない。
それでもちゃんと眠れたのは、このときの俺が、事態の深刻さをまだ正しく把握していなかったからだ。




