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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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3/7

【1年 4月-1】おっかぁ、おっかねえ

 家を1軒挟んだ隣に住んでいる俺と綾菜は、かなり長い期間、一緒に登校してきた仲である。

 中学前半の多感な時期を除けば、ほぼ毎朝一緒だ。


「おはよっ! 今日も一緒に学校行こっ」


 ——なんて挨拶、ありはしない。

 宝くじが当たった上に、そんな幼馴染までいるとしたら、俺はきっと『現実に戻る赤い薬』を飲むべきだ。


 インターフォンが鳴った。

 

 玄関に向かうと、目が半開きの綾菜が、気だるそうに立っている。


「おう……」


 この綾菜の低い声で、ここが現実だと確信できる。


 小学1年のときは、ちゃんと「おはよう」だったはずだ。それがいつの頃からか「はよ」になった。しばらく経って「よう」に変化した。そして中学3年になり、現在の「おう」に最終進化を遂げた。


 ローマ字で『ohayo』と書くとわかりやすいが、前半の音がどんどん削られ、最後にoだけが残ったようだ。


「おはよう、綾菜」

 

 なお、俺は原語を尊重するタイプだ。


   ◇ ◇ ◇


「今日から授業かぁ」

 と、綾菜があくびをしながら言った。


 朝日を浴びた綾菜の長い金髪が、風に揺れてきらきらと輝く。その眩しさが、黒髪陰キャの俺を拒んでいるようで、少し寂しくもある。


「けんこーも夜ふかししちゃった? 前髪、寝癖ついてるよ」

 綾菜が俺の前髪を指ではじく。


「春眠なんとやらの時期なんだよ。はあ、しんど。俺、学校に行く必要あるかなぁ」


「はい、それダメ」

 綾菜が俺に向かってビシッと指をさしてくる。

「入学早々、学校が自分に『必要かどうか』なんて恵まれし者の悩みだよ。『ウンがツいてる』オーラがドバドバ出てるよ」


「『ウンがある』か『ツいてる』かどっちかにしてくれ。大体、金持ちだろうがそうでなかろうが、学生なら一度は考える類の——」


 綾菜がキョロキョロして周囲を警戒する。

「しーっ。今の話は完全にアウト。けんこー、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃない?」


 ——昨日読んでた漫画に影響されてるな、これ。


 綾菜がこんな、世話ばかりかけちまいそうな発言をするのには訳がある。

 

 俺の宝くじ当選が判明した直後は「100万円ちょうだい♡」だの「家買って♡」だのと浮かれていた綾菜だったが、その日の夜、真城家の家族会議に緊急召喚されると、顔面から垂直急降下で現実に叩きつけられた。


「誰かに知られたら、健康の人生が破滅するんだよ。詐欺、脅迫、誘拐。どれも現実に起こり得る話だと思ってね」


 作り笑顔で目を細めた母の圧が、『口外もらしたら命はない』と静かに警告していた。

 母性の含有成分に殺意ってあるんだね。


 以降、綾菜が自発的に俺の当選金の話をすることは、ほぼなくなった。

 むしろ、俺をたしなめるくらいだ。

 俺は精神支配の実例を見ているのか?


「ねえ、聞いてる? 闇バイトにやらせたら、けんこーなんかイチコロだよ!」


 ——だとしたら、ちょっと暴走してるかも。


「あ、あのおばさんがそうじゃない? あの凶器持ってさ」

 綾菜が、前に見えるおばさんの『横断中』と書かれた旗を指さす。


「緑のおばさんだよ。善意の人だよ」


「馬鹿! それが傲慢なの!」

 今度は俺とおばさんの間に立って、俺をガードしてきた。

 どこまでが冗談なんだろう。笑っていいのか迷うんだが。


「昨今のSNSに潜む裏の繋がりを甘く見ちゃダメ。最悪の場合、あたし、全裸になって注目を集めるから、そのスキに逃げて」


 ——それもそれで、昨今のSNSを相当甘く見ていないか。


 綾菜がすっと俺の横に戻ってきた。

「ねえ、今想像してたよね? あたしの——」


「色んな意味で逃げたくなった。……真面目な話、学校に行く理由が見つからないんだよ。遊ばないゲームのチュートリアルをやらされてる感じ」


「人付き合いがあるでしょ。けんこーの性格だと、学校行かなかったら引きこもりになって、それはそれで人生終わるよ」


「まあそうなるか。……でもクラスガチャもハズレだしなあ」


「あたしがいないから?」


「まあ、うちのクラスの女子のひとりと綾菜をトレードできたら、ベストではあるかな」


「ふうん」

 綾菜が、虫眼鏡で観察するように、俺の顔をじろじろ見つめてくる。


 いたっ。


 前髪を引っ張られた。

 

「直らないなぁ、ほんと」


「そんな簡単に直らないよ」


「ねえ、席が隣の人とかとさ、もっと話してみたら? お母さんの代わりにお尻叩いてあげようか。ぺしぺし、って」


 ……それ、慣用句なんだけどな。


「……あーもう。わかった、やってみるよ」

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