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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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【1年 6月-1】微笑みの密談

 昼休み。

 弁当を一緒に食べようと言われた。


 ……男子に。


 名前は片瀬かたせ れんくん。

 

 若色さんが陽キャ男子に絡まれたときに助けてくれたリア充男子である。アッシュのナチュラルなセンター分けで、身長は170前半くらい。運動部の雰囲気がする。


 でも、なぜに俺を? まあいいけど。


 天気が良いので外に誘われた。校門の近くのツツジの花壇が一見目立つが故に誰もおらず穴場だそうだ。


 実際に行ってみると、なるほど確かに、花壇がちょうど座りやすい高さだ。

 片瀬くんがその上にランチョンマットを敷いてくれて、そこに座った。

 俺はいつもの流れでウェットティッシュを渡す。


「サンキュー。後ろに倒れると背中がチクチクするから気をつけて」


 片瀬くんは子犬のような人懐っこい笑顔を作った。やばい。男子相手にちょっとトゥンクそうになってる。


「もしかして、彼女ともここで食べてる?」


「たまーに。少し前までツツジの花が満開だったから、なかなかエモかったよ」


 やっぱり。気遣いが彼女持ちのそれだと思った。


「来年ここ俺も使っていいかな?」


「そんな許可要らないよ。ここは誰のものでもないっしょ。でも、誰と来るつもり?」


 あー、そういう系の噂話のネタを収集したいのかな。だとしたらちょっとがっかりだ。言える範囲で言うけどさ。


「できればこの人、ってのはいるよ」


「ごめん、これは俺のお節介なんだけど、マキくん、若色さんとはどういう感じ? 見てて気になってて。昼休み、よく勉強教えてあげてるよね?」


「あれは……ただの手助け。中間がヤバそうだったからさ」


「手応えはどうだった?」


「本人的にはそこそこだって。赤点回避ではありそう」


「それは良かった。でもマキくんの本命は別の人だよね? 前に騒いでいたのが聞こえてきてさ。たまにこっちのクラスに来る——」


「白駒綾菜。付き合ってはないけど」


「そのあたりが、その……大丈夫なのかな、と思ってさ。これは完全にお節介なんだけどね」

 片瀬くんは自分でも買わないものを売っている営業マンのような苦笑いをした。


「白駒さん——いつも綾菜って言ってるけど、綾菜もただの手助けだってわかってるよ。3人で勉強もしたし」


「そっか。マキくんから見た、白駒さんはどんな感じなの? 脈アリ?」


「うーん。正直、何が何やらわからない。綾菜が良い気しないかもしれないから、勝手に何があったかは言えないけど」


「マキくん、いい人だね。じゃあ先に俺の秘密ひとつ喋るわ。——俺、中学のときにバスケ部でアキレス腱を痛めててさ」


「ブチッてなってかなり痛いってやつ?」


「断裂ではなくて炎症で軽かったんだけど、それやってから急に体を壊すのが怖くなって、バスケ引退しちゃったんだよね。それで病んで、YouTubeに歌を投稿してた時期があった。『宵闇よいや』っていうチャンネルで」


 どうしよう。今すぐスマホのメモ帳を開きたい。……チャンネル名、覚えててくれ、未来の俺。


「しかも、イタいことしてた。別アカで自分の歌を褒めて、本アカでお礼したりとか。掲示板とかで、中学生ですが才能ありますかって聞いて回ったりとか。俺なりに頑張ったから、チャンネル消したくはないけど、あんなことはやらなきゃよかった。掲示板のコメント、消せないんだよ」


「ははは」


「これ、俺の彼女にも言ってないからね。だから俺、口は堅いよ。『宵闇よいや』をバラされて報復されたくないからね」


「ははは。ありがとう。じゃあお互い、ここだけの話ということで」


 俺は綾菜との関係を大まかに説明した。片瀬くんはその間、時折頷きながら黙って弁当を食べていた。

 俺が話し終えると、片瀬くんは空を仰いで雲を見つめた。


「それは……俺の手に負えないわ」


 ふたりで笑った。


「白駒さんが気を持たせるようなことをしているのは事実だと思うけど、マキくんの告白の仕方が悪かったっていう白駒さんの言い分もわかる。ただ、もうそんな感じなら白駒さんから告白しろよ、とも俺は思う」


「それもよくわからなくてさ。手を繋いでくるし、ハグもお願いされたし、弁当も作ってもらってるけど、告白はされそうにない」


「キスは?」


「それは……。判定が微妙」


「どういうこと?」


「幼稚園の頃はよくやってたんだよ。綾菜が大人のキスはこうだって言ってきて、大人から隠れて舌をベロベロするようなのもしてた」


「ませてるな。でも幼稚園だったらノーカンじゃない?」


「それが——確か、小5のとき、綾菜が『大人のキスってどんなのだったっけ』って言ってきて」


「なにその熱い伏線回収!」


 片瀬くんはまるでおやつの鶏ササミをもらう柴犬のように身を乗り出して喜んで、慌てて咳払いをした。


「小5って、もう思春期入ってない? 特に女子はさ」


「どうなんだろう。俺としては、どうせファーストキスは綾菜だし、特に躊躇もなかった。で、お互い歯磨きして、口臭チェックして、やってみたんだけど」


「すごいな、君ら」


「結論としては、どっちの感想も『気持ち悪いね』だった」


「ははは」


「でもそのときのノリが今も有効そうな気がする。試してないけど。付き合うとか関係なく、綾菜は俺と手繋ぎやハグができるんだから、たぶんキスもできる……はず」


「試してみれば?」


「試して通っちゃったら、俺は次は何を目指せばいい?」


「もうそれ、付き合わずに子どもの成人式までやりそうだな」


 きっと、プロポーズしても拒否されて……。うーん、そう言われると、なくはなさそうに思えてくる。

 

「今のままだと、冗談にならないかも……。結局、綾菜次第で決まるからさ」


「メンドクサっ」


「綾菜も自分が面倒臭いという自覚はあるみたい」


「だったら面倒臭くなくなればいいじゃん、と俺は言いたいけどね。マキくんが冷めたら白駒さん、めちゃめちゃ後悔しそう。そっちの方がふたりの成長になるかもしれない」


 俺が冷めるというのは俺の考えていた選択肢にはなかった。冷めることって本当にあるのだろうか?

 

「でも、もう1回……いや、俺の心が続く限りは何回でも、タイミングがあったら告白しようとは思う」


「いいじゃん。何かさ、向こうからのサインみたいなのはないの? 『告るなら今だよ』みたいなさ」


「……ないかな。最近俺はバイトばかりだし、会っても綾菜はいつもと変わらないし」


「そのままモジモジしてすれ違って終わりになるとしんどいよ。勢いは大事だって」


「片瀬くんはどうだった? どっちが告白した?」


 片瀬くんはまた空を見上げ、眩しそうに目を細めてから、自分の首筋を恥ずかしそうに撫でた。


「俺のときは、向こうが男子に告られたって相談してきて、奪われたくなくて、俺にしないかって言った。当時はそれがサインだとわかってなくて、めちゃめちゃ勇気出したよ。それまでは俺もモジモジしてたし、その時間はもったいなかったと振り返って思うよ」


「綾菜も去年何回か男に告白されたらしいけど、俺は全く知らなくて、最近初めて聞いた。サインっぽいことはなかったな」


「うーん。そのときから毎朝一緒に登校していたんだよね? それはもうマキくんに決めていたからなのかな。あるいは、男に気を持たせて告白させて遊んでるとか?」


「綾菜はそんな風に楽しむタイプではないよ」


「マキくんに対しても?」


「それは……」


 どうなんだろう。冷静に考えれば考えるほど、綾菜の行動がおかしすぎて自信がなくなってくる。


「俺はマキくんにもっとプライドを持ってほしいけどな。……もう若色さんに変えたら? 気持ち的に難しいのはわかるけど、俺はそうアドバイスしたい」


「そんな簡単なものじゃないよ」


「わかる。けど、恋愛って判断力鈍るじゃん? 主観じゃなく客観的に考えたら、若色さんの方がよくない? 若色さんもかわいいし、もっと穏やかな恋愛ができると思うよ」


「……そもそも若色さんは俺にそういう気はないと思う」


「若色さんと距離感近い男子、マキくんだけじゃん。少なくとも好感は持ってるはずだって。マキくんの方は若色さんをどう思ってる?」


 若色さんのことは……。うーん。


「そこ、黙っちゃう感じ?」


「いや、その……。言い方が難しいと思って。若色さんが聞いていたとしても嫌じゃないような表現にしたくてさ」


「ははは。マキくん優しいね。ここだけの話なんだから、言葉を飾らないで言ってよ」


「上から目線になるけど……見た目も性格も、許容範囲ではあるよ。だから、若色さんに『付き合って』と言われたら、綾菜の存在以外で断る理由がない。……でも、俺は綾菜が好きなんだよ」


「理屈じゃないんだ」


「そう。理屈じゃない。綾菜がいる限り、絶対揺らがない」 


「なら、若色さんはマキくんを好きになった方が幸せかもね」


「えっ?」


「ほら、若色さんって危ういじゃん。あのタイプは絶対悪い男に捕まるって。それならまだ一途な片思いの方がマシっしょ」


「そういうもんかな」


「そうだよ。俺はマキくんに『自分がいい男の見本を若色さんに見せてあげるんだ』くらいの気概でいてほしい。そう振る舞ってほしい。あの騒ぎのときみたいに。俺にはキミらがまるで自覚せずに爆弾を作って放置しているように見えててさ。それでお節介しちゃったけど、でもそれが不発弾なら、それはそれでいいと思うよ。俺はね」


 爆弾、か。

 

 そのつもりはなかったけれど、言われてみれば、そう見えても仕方がない。


 ……でも、爆発するなら性格的に綾菜のほうじゃないか?


 そう思いながら、弁当のミニトマトをつまんで口に放った。

 噛むと、ぷちゅっと中身が弾けて、酸っぱかった。

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