【1年 5月-2】最強のふたり
若色さんの勉強が危険水域だ。このままでは中間テストの点がヤバいことになりそうである。特に理数系がわからなくなっていて、一回ちゃんとしたおさらいが必要だ。
英語については「継続しないと取り返しがつかない」と昼休みに脅しながら教えていたので、そこそこできるようになっていて、それが救いにはなっている。
ちなみに、高得点を狙うなら高校入試レベルで2500語、大学入試レベルで6000語以上を覚えている必要がある。逆算すると高校では1日3単語を目安に覚えていかないと間に合わない。1日サボるごとにノルマは増えていく。
そして記憶の特徴として、付け焼き刃ほど忘れやすい。なので実際は1日に何十、何百という単語を復習し、忘れていたら覚え直すという作業が必要である。洋書読みをすると勝手にこの作業ができているのでオススメ。文法も感覚でわかるようになる。
話を戻そう。
俺の他に若色さんの助けになれそうな人物はいない。前の席の眼鏡トリオは人に教えられるほどの余裕はないそうだ。なので若色さんと話し合い、放課後一緒に勉強していいか綾菜に相談することになった。
[綾菜も一緒に勉強できればいいけど、もし綾菜が無理なら若色さんを勉強に誘うのはやめる。赤点取っても即留年というわけではないし]
[どこで勉強するの?]
[リラックスしたいから俺の家かな。若色さんの家も比較的近いから。できれば夕飯後まで一緒に居て、そのあと家に送る感じのまとまった勉強をしたい]
[若色さんの家がどこか知ってるの? あ、何か事件あったね。そのとき家に送ったのか]
うーん、バイト先が同じだってもう白状したいところだけど、話が拗れそうだし、都合良い勘違いをしてくれているから、一旦流そう。
[本当にただ送っただけで、若色さんには紳士的に振る舞ってるだけだよ]
[ふーん。けんこーの家族はなんて言ってるの?]
[まだ聞いてないけど、反対するような親じゃない。綾菜だってたまに食べに来てるじゃん]
[いつやるの?]
[今でしょ。じゃなくて、若色さんもバイトがあるから調整しないといけない。なんとか平日の放課後、1日か2日、可能かなってぐらい]
俺と若色さんのシフトは平日は大体3日入っていて、2人合わせて週に穴がないように調整されている。つまり、誰かに頼んでシフトを代わってもらわないと、2人とも休みにはならない。
綾菜の返信が遅い。悩んでいるっぽい。
[言い忘れていたけど、綾菜と勉強する場合、イチャイチャに見えるかも、とは伝えてある。林さんに怒られたから、反省して先に言っておくことにした]
[そっか。日付決まったら教えて]
そうして何とか日程調整が完了し、1日だけ俺の家で3人で勉強することになった。
綾菜と若色さんが玄関から家に入ってきたとき、2階に行こうとする妹の柚梨とちょうど鉢合わせた。
「お兄ちゃん、ハーレム作る気?」
「これがハーレムに見えるか?」
リュックを背負って両手にスクールバッグ、計3人分の荷物を持たされている俺の姿は、良くて従者、悪ければイジメである。
「あと、まずちゃんと挨拶しろよ」
「……こんにちは」
「こんにちは」と綾菜。
「こんにちは。妹さん? かわいいね」と若色さん。
「どうも」と柚梨は照れながら2階に上がって行った。
「妹さん、中学生?」と若色さん。
「そう。海外の大学行きたいからって猛勉強してる……はずなんだけど、意外と遊んでる。あ、上がって。リビングのテーブルを使っていいって親に言われているから」
「「お邪魔します」」
ふう。ようやく荷物から解放される。
おっ、若色さん、今度は綾菜が座った席の右隣に座ったぞ。綾菜と近接性効果で親密度アップ! 若色さんは俺と綾菜を対面で座らせる作戦を徹底しているようだ。
「コーヒー淹れるよ。綾菜はミルク2個だっけ? 若色さんは?」
「あ、アイスコーヒーがいい。私もミルク2個なの。ミルク多めじゃないと飲めない」
「それなら、あたしもアイスに変更」
「かしこまりました」
俺はミルク入りアイスコーヒーを3つ用意し、綾菜がいつも使うシリコン蓋をコップにかけ、ストローを刺す。
「なにこれ。こぼれないようにするやつ? 便利だね」
若色さんがテレビ通販のように驚いている。が、本番はこれからだ。
「ん」
綾菜の合図に合わせ、俺はコップを持ち上げ、ストローを綾菜の口に合わせた。
「!!!」
「ごめん、若色さん。綾菜とふたりだと大体こんな感じなんだ。今回それでいいということだったので」
「本当に普段こんな感じなの?」
「ごめん嘘。こんなもんじゃない」
「靴下脱がせて。あと、足拭いて」
俺は流れる手つきで綾菜の靴下を脱がして空いている椅子の上に置き、棚から足拭きシートのパックを取り出して持ってきた。いつもはソファーに足を上げてやるのに、椅子だとやりにくいな。
「はあー。気持ちいい」
ソファーでならイチャイチャに見えなくもないけど、椅子に座ってる綾菜にやるとほぼ靴磨きである。
「次、足舐めて」
「!!!!」
若色さんが息を呑む。
いや、やらないよ。やらないって……。しかしここで、新たなトビラが開くという可能性も……。
「嘘だよ。なにちょっと考え込んでるの。おしまい。ありがと」
最近魔女狩りが流行してたからね。新しいパターンがあるかもと思って。
「若色さんもやってもらう?」
綾菜がさわやかな笑顔で若色さんの方に振り向いた。
「はぎゅぶっっ」
若色さんの顔がトマトをぶつけられたぐらい真っ赤になった。
「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
甘えるの? え、甘えるの?
『人の厚意を無下にしてはいけない』という教えの適用範囲間違ってるって!
俺は綾菜の表情から正解を探ろうとする。
——愉悦している。
いいだろう、できらあ!
しゃがんで。若色さんの靴下の片方をスポーンと脱がせて。
もう片方もスポーン。
足をフキフキ。足指の間もフキフキ。
何この時間。何この空間。
冷静になると、むなしい作業だよ、これ。心がスンってなってる。
目線は下向き厳守だし。下手に前を向くとスカートとか胸とかに目線がぶち当たる罠だらけ。
「完了でございます」
「ありがとう。すっきりするね」
「でしょー。勉強の前はよくやってもらう」
「いいね。幼馴染ってすごいね」
若色さん、綾菜に洗脳されていろいろわからなくなってないか。
それからは、3人とも勉強を普通に真面目に頑張った。綾菜も若色さんも理系科目は結構頻繁に質問してくるので、俺自身の復習時間はそれほどなかったけど、まあ大丈夫だろう。
途中で、甘いものが食べたいという話になった。
綾菜が「けんこーにケーキ買いに行かせるけど、ケーキ食べる人?」と言うと、若色さんが「はーい!」と乗っかってくる。
結果、俺の意見すら確認されず、スーパーにケーキを買いに行かされた。柚梨の分も買って、お茶と一緒に2階の柚梨の部屋に持って行ってあげると、かなりガチめに心配された。
「ケーキまで買いに行かせられるって、お兄ちゃん、大丈夫? イジメみたいになってるよ?」
……さっき言えよ。
でも、綾菜がここまで若色さんに心を開いているのは、素直に嬉しい。……若色さんの常識がどんどん破壊されていってる感はあるけれど。
◇ ◇ ◇
母がピザをとってくれて、夕飯はピザパーティーになった。
両親と柚梨はソファーに座り、俺たちは勉強時と同じ席に座っている。ピザは6種類もあって、ソファー側とこちらで半々に分けた。
「「「いただきます」」」
みんなテンションが上がっている。
「んー、明太子、おいしーい」と若色さん。
「チーズんまっ」と綾菜。
では、俺もピザをひとくち……。
「あ、けんこーさ、フォークとスプーン取ってくれない? ピザの具が寄ってるから、綺麗にしたい」
「……了解」
俺はキッチンの棚からフォークとスプーンを取ってくる。
あれっ、俺の和風照り焼きチキンピザの具が増えてる。マッシュルームなんて乗ってなかったぞ。
若色さんがたまらず俺を見て噴き出している。
「綾菜、何か言うことないかな?」
「え、言うのはそっちでしょ、『ありがとう』って。手で取って置いてあげたから、手がチーズでベタベタなんだけど」
「好き嫌いせず食べろよ。『キノコ類は苦手なだけで、絶対に食べられないってほどじゃない』……そう言ってたよな」
「でもさ、なんかそれ見るとナメクジの死体を思い出して」
「……やめてくれ」
「あ、マキくん、私にもフォークとスプーン取って」
「えええ?」
しかし、一度に持ってこなかった自分が悪い。取ってこよう。
フォークとスプーンを持って戻ってくると、俺のピザは海苔とナメクジの死体だけのピザになっていた。
綾菜と若色さんが満足げに口を動かしている。
「キミたち! 成長期の男子からタンパク質を奪うんじゃない!」
「ナメクジはタンパク質……」
「ナメクジじゃない!」
うーむ。女子ふたりを相手にすると、俺が勝てるわけがないな。
「タンパク質を食べ足りないから、冷凍唐揚げチンするわ。食べる人?」
「「はーい!」」
綾菜と若色さんの声が重なった。




