【1年 4月-22】ロマンティックあげるよ
木曜の放課後。
この日はバイトのシフトが入っていなかったので、綾菜とふたりで勉強をしつつ、吉森くんをどのようにシメるかについてもガッツリ会議を行った。
綾菜はデジタルの絵描きが楽しくなり過ぎていて、最近は勉強が追いついていないようだ。こっちについてもシメておいた。
そして翌日、金曜の昼。
吉森くんを単独で漫画文芸部に呼び出した。雰囲気作りに必要ということで、俺の弁当は例外的に綾菜に作ってもらった。
「吉森くん、キミは今日なぜ呼び出されたか、わかるかね?」
綾菜が両肘をテーブルの上に置いて指先を合わせる『尖塔のポーズ』をする。シャーロック・ホームズがよくやるポーズである。指を組むと碇ゲンドウになるが、ちょっとお祈りっぽくなるので会議で却下された。
「いえ……全くわかりません」
吉森くんが綾菜の圧に負けて敬語になっている。
「一昨日のことだよ。心当たりはあるかね?」
「いえ、全然ありません」
「はあ……」
綾菜がわざとらしくため息をつく。
「キミは一昨日、幼馴染に暴言を放ったね」
「体型の揶揄と女性性の否定。万死に値しますでゲス」
綾菜さん、この俺のキャラ設定、やっぱりおかしいと思うよ。
「『ダルマ男』ってやつですか? 体型については痩せないあいつが悪いし、男みたいなのは事実ですよ」
「事実ではないでゲス。往生際が悪いでゲスよ」
「そうだね、ゲッスー」
あ、俺、そんな名前なんだ。
「もし、本波さんか、男か、どちらかと付き合わないと死ぬとしたら、キミはどちらを選ぶかね」
「死にます」
即答すんなし。
「キミもしぶといね。では、死を選択肢から外そう。本波さんか、男か、どちらかね?」
「それは、男は誰でもいいってことですか?」
ん? ちょっと話がおかしくなってきたぞ。
「かわいい男の娘であれば、イけます」
吉森くんの性的嗜好ってそうなんだ。
「そ、それは……。キミの『シュミ』を決めつけてしまったこちらのミスだ。すまない。だがそれも男の『娘』であるから、女性的要素はあるだろう?」
「そうでゲス! そうでゲス!」
「選択肢は本波さんか、『男っぽい男』かの2択としようじゃないか」
「『男っぽい男』以外は男じゃないということですか? 性自認は男だけどかわいくなりたい人もいますよ」
くっ、こいつ、強い。ポリコレ的に勝てないぞこれは。
「ゲッスー。プランBだ」
「ゲッスー!」
吉森。お前はパンドラの箱を開いてしまった。素直に本波さんの女性性を認めればよかったものを。
「去年、けんこーがね、少女漫画を読んで、この漫画のように女の子は『かわいい』と呼ばれたら本当に喜ぶのか知りたいって言ってきたのね」
えー、ここからは白駒綾菜と真城健康でお送りいたします。
「指を挟む、血中酸素濃度計ってあるでしょ? あれで心拍数も測れるから、ちょっとやってみようってなって。どんな感じかというと——」
ふぅー。覚悟を決めないと。
「けんこー。今日ハーフアップにしたよ。どう?」
今日のために綾菜は髪型をいつもと変えている。俺はわざとちょっと照れながら綾菜に向かって言った。
「やばい。めっちゃかわいい」
「これが普通の『かわいい』」
綾菜が人差し指をクイクイと曲げて手招きをする。
俺が立ち上がって綾菜に近づくと、綾菜は座ったまま俺の方を向く。そのまま俺はしばらく綾菜を見つめ、綾菜の髪に少しだけ優しく手で触れて、そのあと、綾菜の耳元で優しく囁く。
「綾菜、この髪型すごく似合うね。……かわいい」
「これが『かわいい』を超えた『かわいい』。『かわいいレベル2』ってとこかな」
なお、髪を触っていいかはケースバイケースだそうです。
綾菜が席を立って空きスペースに移動する。俺は綾菜の背後に回る。
「そして……」
ハッタリだろ? 綾菜。そ……その上があるなんて。
「これが……」
「さ……さらにそれを超えた……」
よ……、よせ、綾菜。そ……そいつをやってしまうとお前の心が……。
俺は綾菜を背後からそっと抱きしめ、口を綾菜の耳元に寄せて、小さく囁く。
「綾菜のその髪型、かわいすぎるって。本当にかわいい。大好き」
大好きはアドリブ。
「こここれが『かわいいレベル3』」
綾菜の声が洗濯機ぐらい震えている。
「じじ時間がかかってごめんね。まままだこの『かわいい』に慣れてなくて」
昨日初めて練習させられたからね。どういうのが一番いいか、散々試されたよ。
吉森くんは真っ白になっている。
もはや無である。
「ま、まあ、こういうことされるとドキドキはするよね。そしてそれは男も同じ。吉森くん、その場で立って」
「えっ?」
「立ちなさい」
「はっ」
吉森くんがその場で立ち上がると、綾菜が吉森くんの隣まで移動した。息がかかるくらいの近さだ。
「動かないでね」
そしてそのまま綾菜は、吉森くんの手を取り、強引に恋人繋ぎをした。次におもむろに吉森くんに顔を近づけ、吉森くんの耳元で囁いた。
「吉森くんって、かっこいいよね」
ズギューン!
脳内でそういう音が確かに聞こえた。
吉森くんの顔がバグっている。血流量が増し、筋肉が弛緩している。
耐性のない吉森くんには、やはりクリティカルヒットのようだ。
俺、万が一に備えて心肺蘇生のやり方をネットでチェックしたからね。
「はわわわわ」
はわわわって言う男子、初めて見た。
吉森くんは耐えられず後ろを向いた。
綾菜が元の席に戻って座る。俺も座る。
「よかったでしょ♡」
「は、はひぃ」
「でも、けんこーみたいなことをできないと、逆もされないよ。女の子をあんな感じで侮辱する男子が、かっこいいなんて言われるわけないよ」
「ちなみに俺は、生涯で一度も幼馴染の綾菜の容姿を侮辱したことがない。親にそういう教育をされていたし、侮辱したいと思ったこともない」
……あとが怖いからね。
「言っておくけど、あたしらもまだ経験してないけど、あの先にもゴッドレベルとか身勝手に動くとかいろいろあるから。あの先の世界を目指して、吉森くんも変わっていかないとダメだよ」
ふう。
こうして魔女による狩りは終わった。
ただ、よく考えると俺だけ得してないよね?
ちょっとブルーだ。




