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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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【1年 4月-20】頑張れって感じ

 魔女狩りの最中の木曜日。

 今日は若色さんとシフトが重なっている。


 そういう日は、若色さんが先に席を立って教室を出て、俺は不審に思われない程度の距離を保ってそのあとを追うストーカーもどきになる。

 今日もそうなるはずだった。


「若色さん、今日放課後予定ある?」


 垢抜けないウェーブヘアの陽キャ男子が、席を立った若色さんに声をかけた。


「あ、あの……」


 若色さんが赤面してしどろもどろになっている。予定があるって言えばいいだけなのにな。


「ちょっとだけだからさ、いいよね?」


 雰囲気的に告白ではなく、ただの遊びの誘いだろう。

 しかし、「ちょっとだけ」というのは妙な理屈だ。嫌なことなら「ちょっと」だろうと嫌だし、楽しめることなら「ちょっと」で済ませるべきじゃない。


 俺が知る限り、彼と若色さんに接点はない。おそらく、「当たって砕けろ」「勇気を出さなきゃ何も始まらない」的なノリで誘っているんだろう。


「えーっと……」


 若色さんはまだ断ることができていない。断る方も、勇気が必要なんだよな。

 しょうがない。助け舟を出そう。


「若色さん、このあと予定あるって言ってたよね」


 バイトのことを隠しつつ、いい感じにはぐらかせたのではないだろうか。

 ……しかし若色さんは固まったままだ。

 俺の想定外の行動に、脳の処理が追いついていないと思われる。


「オメーには関係ないじゃん」


 ウェーブ男子が俺に噛みつく。

 この反応、俺が嘘で若色さんを助けようとしていると思われているっぽいな。


「いや、そうじゃなくて、ガチのやつだから。ガチで若色さんは予定があるって言ってたんだよ」


「だからオメーには関係ねーだろーがよ!!」

 ウェーブ男子がキレて叫んだ。


 ——え、伝わらない?

 騒ぎを聞きつけた別の男子が、間にすっと割って入り、ウェーブ男子を制した。こっちは陽キャの上位互換、リア充のオーラがする。


 リア充男子と目が合った。彼が目配せしてきたので、俺は無言で頷いた。

「若色さん、送るよ。この場を離れよう。キミも頭冷やせよ」


 俺が立ち上がると、若色さんはこくりと頷いた。


 若色さんが歩くのに合わせ、俺は彼女の盾になるような位置関係を維持しながら動いた。リア充男子がウェーブ男子の動きを止めてくれていたので、スムーズに教室を出られた。


 廊下に出てしばらくしてから「怖かったね」と若色さんに言ってみたが、若色さんは軽く頷くだけで、リアクションが薄い。俺の声、震えていてダサかったかな……と思ったけど、表情が固まっていて、それどころじゃなさそうだ。動揺が収まっていないのだろう。


「今日はこのままバイトに行こう。一緒に歩くの見られてても説明はつくし、大丈夫だよ。一回どこかで休む?」


 若色さんは首を振った。俺は若色さんのペースに合わせてゆっくり歩いた。

 

「深呼吸しよ。深呼吸。ヒッヒッフーって。あれ、これ出産だったっけ」


 若色さんはノーリアクション。


「何か飲む? 走って自販機に行って買ってくるよ。流石にあいつはもう来ないと思うし」


 若色さんが首を振って俺の制服の裾を掴んだ。仕方ないので、俺は若色さんの側を離れず、下駄箱まで着いた。


「やっぱりお茶とか一回飲んだほうがいいと思うよ。俺の水筒、出すわ」


 リュックから水筒を出して、蓋コップにお茶を注いだ。


「あ、まず一旦俺が飲む。ごめん」


 お茶で蓋の飲み口の部分を洗うために、蓋に口をつけないで飲もうとした。


「あびゃぶへ」


 ターゲッティングに失敗してお茶をこぼして大惨事になった。我ながら、イケメンになる才能ゼロ。


 とりあえず、濡れた蓋の縁をティッシュで拭いて、もう一度お茶を入れる。


「はい、ここのところは綺麗だから」


 洗った縁の場所を指差しながら蓋を手渡したとき、若色さんの受け取る手が少し震えているのが見えた。

 俺がティッシュを取り出して口の周りを拭いているあいだに、若色さんはひとくちだけお茶を飲んだ。


「あー、制服がビショビショ。ゆっくり飲んでね」


 制服についたお茶もティッシュで拭った。わざとゆっくりめに。その濡れたティッシュをどこにやるか迷って、結局ズボンのポケットに入れた。そのまま忘れて洗濯カゴに入れてしまうと、母にボコられる危険行為だ(綾菜が初めて弁当を作ってくれた日にやらかした)が、今は仕方ない。


「ごめんね」


 辛うじて聞き取れる小さい言葉で、若色さんが呟いた。


「喋ろうと……喋ろうと思ってたのに、喋れなくなっちゃってた。お茶飲んだら、喉が動くようになった」


「よかった」


「なんて言おうか考えてたら、頭がぐるぐるして、わからなくなってた」


 若色さんはお茶を一気に飲み干した。


「ありがとう、マキくん。もう大丈夫そう」


 それからの帰り道、若色さんはぽつりぽつりと過去の話をしてくれた。


 中学3年のとき、あまり親しくない男子とLINEのやりとりで予定を聞かれ、その日は予定があると断ると、予定がない日を聞かれたこと。断る方法がなくなって、予定がない日を教えて、仕方なくその日は男子とふたりきりで遊んだこと。全然盛り上がらなかったのに、帰り際にキスをされかけて、逃げ帰ったこと。


「だから断り方を考えてたら、わけがわからなくなっちゃって。ごめんね。助かった」


 女子ってそんなことされるんだな。俺も相手の嫌なこと、無意識にやってないといいけど。


   ◇ ◇ ◇


 バイト明けにスマホを見ると、綾菜からLINEが来ていた。


[なんか、かっこいいことしたらしいじゃん。若色さんのナイトみたいだったって噂だよ]


 うわー、やっぱりか。あいつが叫んだせいで注目されてたもんな。

 

[成り行きでそうなっただけだよ、しつこい男が悪い] 


[昔はただの毒舌キャラだったのに、成長したねぇ。ニヤニヤ]


[紳士になろうと努力してますから]


 綾菜もこういうときは怒らないんだな。わしが育てたみたいな心境なのかな。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝の金曜日、教室に入ると、若色さんと前の席の眼鏡女子が何やら話をしているのが見えた。俺が席につくと、その女子が俺に話しかけてきた。


「おはよう、昨日すごかったね」


「おはよう。まあ、すごかった」


「マキくん? だっけ? 漫画文芸部でしょ? 私と、この2人も漫画文芸部なんだよ」


 と、前の席の男女の背中をつついた。2人が振り返って会釈する。この2人も眼鏡だ。若色さんの前が、和井田さん。和井田さんの前の席が吉森くんで、その右隣が本波さん。


「キミ、幽霊部員だからちゃんと話したことなかったね」


「あ、そうなんだ。ごめん、幽霊部員で。林さんしか知らなかった」


「林さんは同中だよ。来年一緒に何かやるんでしょ?」


「うん、準備してる。もしかしたら何か手伝いをお願いすることもあるかも。そのときはちゃんとバイト代出すよ」


「お金出るなら歓迎する」


 そうして、お昼休みにいつもいない俺の前の席のホンダくんだったかホンマくんだったかを除く、前の席3人と仲良くなった。昼休みは俺がいないこともあるので、この3人に若色さんのガードを頼めたのも心強かった。


   ◇ ◇ ◇


 それから2日後の日曜日。その日のシフトに若色さんはいないはずだったのだが、途中から若色さんが入ってきた。


「お疲れ様です。若色さん、今日って確か……」


「お疲れ様です。辻さんがお休みになっちゃって」


 辻さんは確か大学生のお姉さんだ。


「遊びに行くの、キャンセルか。残念だね」


 若色さんと漫画文芸部の3人でコラボ商品目当てに回転寿司を食べたあと、映画でも見ようって昼休みに盛り上がってたのにな。


「うん、残念」


 さらっと言って笑顔を作っているけれど、友達も休みも少ない若色さんにとって、今日は貴重な日だったはず。


「また遊びに行けるよ」


「ううん、もういいや。最近勉強が追いついてないし、今日も本当は疲れてたから、出歩くのもそこまで気が進まなくて」


 本音半分、自分にそう言い聞かせているのが半分、という感じがした。見ているだけで心が痛む。


 退勤後に、若色さんに期間限定ポテチ(これは綾菜の話を参考にして、さり気なく欲しいか聞いた)とコーラとニキビ対策の栄養ドリンクを買ってあげた。これでストレス発散しなさい、と言うと


「ありがとう。でも私、ポテチには牛乳派なんだ」


 と言われ、追加で500mLの牛乳まで買ってあげた。おねだりできる程度には元気になったようだ。


「今度お返しに何か奢るね」


 若色さんは、喜ぶときも、悲しむときも控えめで、まるで凪いでいる海のようだ。それは性格のせいもあるのだろうけど、喜びには慣れておらず、悲しみは多すぎて慣れてしまったというような雰囲気がした。


 この娘、これから3年間ずっとこんな感じで過ごすのかな。


 綾菜にフラれて凹んでいた自分が恥ずかしく思えた。俺の悩みなんて、若色さんの悩みに比べたらゴミだ。ゴミの中でもザコ中のザコ、高温でさっと燃やせば解決する可燃ゴミのような存在だ。


 そう言えば、ズボンのポケットの中のティッシュ、取り出してないや。ちょうど今日洗濯しているはず。ボコられ決定で更に凹んだ。

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