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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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【1年 4月-18】ご冗談でしょう、綾菜さん

『女性は実体で、男性は反省である』——キルケゴール


   ◇ ◇ ◇


「あの、綾菜さん。これは……。あの……どういうことでしょうか」 


「これって何?」


「その……手がさ」


 俺たちは登校している。手を繋いで。いつもと同じく恋人繋ぎである。


「繋ぐって約束じゃん」


「いや、その……俺、フラれたじゃん」


「だから? 付き合ってないと手を繋いじゃいけないの? じゃあ今までのって何?」


 返す言葉がない。保冷バッグに入っている綾菜の水筒の中の氷が、俺を笑うようにいつもよりカラカラと鳴っている気がする。


「えー……。あのー……。変なタイミングで、家族の前で告白してしまってすみませんでした」


「それはいいよ、別に。エピソードとしては面白いし」


 そんな、10年後の飲み会の笑い話の種みたいな言い方やめてくれ。


「でも、その……。フィードバックがほしいです。何でフラれたのかと言いますか。何がまずかったと言いますか」


「自分で考えれば?」


「そうやって、ぼっちで自分で考えてばかりだったからこうなったわけでですね。他者の意見というのはやはり重要だと思うんですよ。特に今回の場合——えー、クライアントの要望に応える必要があるので、クライアントの意見が何より重要なんです」


「はあ」


 綾菜が肩を上下して大きくため息を吐く。


「自分に置き換えて考えてみれば? 例えば、女の子の部屋がぐちゃぐちゃで、けんこーが掃除してあげました。今まで何回も掃除しています。で、掃除が終わったら、女の子が言います。『好きです、付き合ってください』。どう?」


「あー……。ごめん。何となくわかった」


「そんなタイミングの告白、自分の部屋を掃除してくれるような恋人がほしいって言ってるようなもんでしょ?」


「俺はそういうのじゃなくて、俺のバイトを嫌がってたのにサポートしてくれたのが嬉しかったんだよ。だからその、そういうところが好きだなぁと思った」


「他には?」


 ……これ『全部』って言ったら怒るやつだ。


「えー。かわいいところ。綾菜が若色さんと自分を比べ始めたとき、正直びっくりした。綾菜はそういう比較は必要ないと思うくらいかわいいと思ってたから」


「他には?」


「性格も俺はかわいいと思ってる。だから『こういう女と結婚するの嫌でしょ』って言われても、本当は俺は『嫌じゃない』という返事しかできない」


「でも、めんどいじゃん。自分でわかるよ」


「それは、俺にとっては『乗り越えるべき壁』的な意味での面倒臭さであって、嫌ではないんだよ。なんでだろう……。綾菜のその自分に嘘をつけない感じが、俺自身の面倒臭さと似てるところがあるからかな」

 

「うん、けんこーもめんどくさい。譲らないところは絶対に譲らないよね。バイトの件もそうだし」


「……。俺は今の自分がダメダメだと理解しているから、成長が必要だと思ってる。結局、だからフラれるような告白をしたんだと思うし」


「まあ、成長は必要だね」


「あと、一番好きなのは綾菜の笑顔。あ、バイト代は『他』のお金と違って自由に使えるから、行きたいところとか、食べたいものとか、欲しいものとか、教えてくれたら、またデートしたい。綾菜を笑顔にしたい」


「……うん。ありがと。考えとく」


 人通りが多くなる道で、俺たちは手を離す。それがいつもの決まりごとだ。手を繋いでいるところを知り合いに見られるといろいろと厄介というのが主な理由だけど、歪な俺たちの関係をよく象徴している。


   ◇ ◇ ◇


 その日は、昼はいつもの漫画文芸部の部室で何もなかったかのように綾菜と楽しく弁当を食べ、バイトがなかったので、下校時も綾菜と一緒だった。


 放課後は、綾菜が今朝早めに起きて体調不良ということで、珍しく俺の家に遊びに来なかった。明日は早朝から初めての8時間勤務(うち休憩45分)なので、これは正直助かった。


 弁当箱だけ洗って綾菜の家に持って行ったけれど、綾菜は一瞬顔を出しただけの塩対応で、本当に体調不良なのか、別に何か原因があったのか、俺にはわからない。


 ……まさか、このまま綾菜が家に遊びに来なくなるなんてことないよな? 


 いや、今はそれを悩んでいる場合ではない。とにかく少しでも寝るため、俺はベッドに横になった。


   ◇ ◇ ◇


 8時間勤務からの帰り道。俺は徹夜明けみたいな足取りで歩いている。


 ヘロヘロだ。


 足の裏がじんわり熱い。レジの電子音がまだ頭の奥で鳴っている。目をつむったら、何かの粒子みたいなものがキラキラしている。休憩以外は立ちっぱなしで、覚えることも多くて、フィジカルとメンタルの両方を削られた。


 ……ま、この程度なら、機嫌が悪いときの綾菜よりはマシだけど。

 

 6時から始まる出勤の時に、深夜勤務明けの店長に初めて挨拶できた。スキンヘッドに眼鏡で、住職みたいだった。いかにも若色さんの父親らしい陰気さを静かに纏っていた。


 そのあとは、相変わらず空気がピリピリしている副店長に直接仕事を教えてもらって、ずっと気が休まらなかった。もうひとりシフトに入っている50代ぐらいの主婦の稲垣さんは優しくて、救いだった。


 陽気なおばちゃんは偉大だ。声を大にして言いたい。実現不可能な政策を掲げる政治家より、よほど世の中を救っているに違いない。


 12時に稲垣さんと交代で、大学2年の辻さんが入ってきた。綺麗なお姉さん枠で、癒やされた。おばちゃんが熱いお風呂なら、お姉さんは風呂上がりの夜風だ。じぶん、いくぶん、いい気分。


 14時退勤で若色さんとも少し会うことができた。仕事がそれなりにうまくいっていることを伝えると喜んでくれた。機会をくれたことの感謝を述べると、「休みが欲しいから、早く仕事に慣れてね」と切実な要求をされた。

 

 今日の出来事をぐるぐる思い返しているうちに、家に着いていた。


 いやー、とにかく無難に終わってよかった。横になって休憩すると逆にやばいと思ったので、シャワーを浴びてパジャマに着替え、歯も磨いた。もう寝る気満々だ。


 俺の部屋に入ったら、いつものスウェット姿の綾菜が俺の勉強机でタブレットで何か描いていた。林さんに教えてもらって通販で買っていたタブレット台が届いたようで、早速使っている。


「おかえり」


 振り向かずに綾菜が言った。


「ただいま。え、俺の帰りを待っててくれたの?」

 

「違う。台を取りに来ただけ」


 ずっと振り向かないな。昨日と同じく塩対応だ。でも、台を取ってすぐ帰るってわけでもないんだな。


「体調大丈夫?」


「なんとか。仕事大丈夫?」


「なんとか。何描いてるか見ていい?」


「ダメ。まだ下手だから」


 俺のバイトと同じ感じか。これは無理に見るとガチギレからの腹パンされるやつだ。小学校のときに履修済み。


「上手くなったら見せてよ。あと、欲しい素材集とかあったら教えてほしい。林さんが持ってるかもしれないから、相談しながらになると思うけど」


「うん。林さんと相談する」


「それと、仕事したからこそやっぱり思うけど、林さんと綾菜の絵の練習時間にも、ある程度手当を出そうか? 何もわからないバイトの新人にも給料が出るように、プロジェクトの土台になる練習にも給料は発生すべきじゃないかな」


「林さんはわからないけど、あたしはまだ普通の部活動レベルだから、それにお金を払うのはおかしいと思う」


「でもゴールが俺主導のプロジェクトだから……何かしたいよ。ありがたいし」


 綾菜は首をすくめて苦笑いをした。

「あたしはこのタブレットとかの道具一式が貰えたらそれでいい。林さんとは相談してみて」

 

「了解。あ、タブレットの使い勝手はどんな感じ?」


「良い……のかな。他のをよく知らないから」


「近いうち林さんにも触ってもらって、林さんがほしいってなったらもう1台買うのもいいかもしれないね。俺はバイトでしばらく時間調整が難しいから、ふたりで調整してくれない?」


「だからバイトは反対だったのに」


「でもいい経験になってるよ。継続して頑張ったら、自信にも繋がると思う。……ごめんけど、一旦寝る。眠い」


 俺はベッドに横になった。


「あと、帰ったら綾菜がいたの、俺はスゲー嬉しかったよ。明日も頑張れると思った。告白は変だったけど、何かをしてくれるから好きとかじゃないから。会えたらそれだけでも嬉しいんだよ、俺は」


 目を閉じた。そのまま、まどろみの中に入り込みそうだ。


 顎に変な感触があって目を開けると、綾菜が俺の顎を右手で摘んでいた。顔が近い。


「ヒゲ、伸びてる」


 これ、顎クイってやつ? クイっとはされてないけど。


「明日の朝剃るよ」


「なんか、かわいい」


 綾菜が顔を近付けてくる。え、これキスされちゃう? イケメンムーブに刺激されて、ないはずの乙女心がトゥンクする。目をつむったけどこれでいいのかな。


 数秒の沈黙。


 額に鈍い痛みが走った。


 ——頭突きじゃん、これ。


 目を開けると、思ったより痛かったのか、自分の額を片手で押さえ、メンチを切るヤンキーのような顔の綾菜がいた。

 

「バーカ、バーカ!」


 語彙力を喪失した綾菜が、タブレットを持って部屋を出ていった。


 受け身だったのがダメだったのかと反省しつつ、俺は綾菜の感触が残る額をさすった。

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