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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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18/40

【1年 4月-16】母の膝枕の上で

 俺が風呂から上がると、ソファーに母が座っていて、


「健康、歯磨きはしてたよね。虫歯チェックしようか」と言った。


 真城家では、不定期で親が子どもの歯を見る習慣がある。両親ともに素人なのに、わざわざ棒の先に小さな鏡がついているデンタルミラーとライトを使って、念入りに歯の状態を調べる。


 また、それとは別に、4ヶ月に1回は歯医者で検診とフッ素塗布をする。歯は一生ものだから何より大事にしないといけない、『健康』の源でもあると両親にはよく言われている。


 母はもうミラーとライトを持っているので、こちらに拒否権はない。それにこれは内緒だけど、虫歯チェックは、まるで猿のグルーミングを受けているような、親から子への愛情を感じる。心がむず痒いけど……悪くはない。


 母の膝枕の上に頭を乗せて寝ると、母に頭を撫でられた。


「ねえ、綾菜ちゃんとはどうなった? 健康の人生はもう『普通』には戻れないから、親としてちゃんと知っておきたい」


「……」


 干渉してこないでよ、とは言えない。言うのは間違っているとわかる。母の言うように、俺はもう『普通』の思春期の男子高校生ではない。抱えている問題が自分の手に負えていない自覚もある。


「何か言いたいことはあるみたいね。何でも話してたら、マザコンみたいになるから嫌だっていうのはわかるよ。でも私は母親である前に、健康の倍以上の時間を生きた人生の先輩だよ。悩みを母親に言うのは恥ずかしいけど、『その恥ずかしさが無かったら、何をするのが正解?』」


 母がよく言う言葉。


『その恥ずかしさが無かったら、何をするのが正解?』


 俺が昔ぼっちで洋書を読んでいたのも、悪いと思うことを気後れせず指摘していたのも、その行動理由を掘り返していけばこの言葉が根幹にある。


 中学時代、同級生の会話の大半はくだらないと思っていたから、ぼっちで恥ずかしくてもそれでいいと割り切っていた。それに、『ぼっち』という立場を逆手に取れば、言うと恥ずかしくなるような正論であっても、自分の環境を良くするために躊躇なく口にすることができた。


 今の話も、母のアドバイスを貰わないより、貰うほうがいい。


 正解はわかっている。でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。今も頭を撫でられ続けているし。うーん。


 俺は大きく息を吸って、覚悟を決めた。


「実は綾菜が俺のバイトに良い感情を抱いていないみたいでさ。できればやらないでほしいみたい。口では応援するとは言うけど、明らかに納得していない」


「それって、綾菜ちゃんは健康と一緒にいる時間を削られたくないってことなんじゃないかな?」


「でも、仕事は仕事だから、それはしょうがなくない? 今の俺にとってはバイトの方が大切だと思う。労働は経験したいし、お金の重みも身に沁み込ませたい」


「確かにお母さんもそれは間違っていないと思うよ。お母さんが健康について本当に心配しているのは、恋愛の失敗じゃなくて、お金による人生の破滅の方だから。健康が最近よくお金を使うようになったから、アルバイトはこっちから提案しようかってお父さんとも話してたんだよ。保護者同意書にすんなり署名したのは、そういう経緯があったからなの。じゃあ、まず前歯見せて」


 口をライトで照らされ、指で上唇をめくられる。うう。粘膜を晒すのって、裸を見られているような気分。


「健康がやるべきことは、綾菜ちゃんに好きという気持ちをちゃんと伝えて、会えるならちゃんと会って、連絡もまめにして、不安にさせないよう努力することかな。それでも不安になる娘は不安になるから難しいんだけど。正直に言って、お母さんは、そういう精神が不安定な娘はおすすめしない。寂しいから浮気したり、寂しさを浮気の正当化の道具に使ったりするから。……前歯は大丈夫。次は奥歯ね」


 精神が不安定。最近の綾菜には、心当たりがありすぎる。浮気しそうなタイプではなくて、男に直接怒りそうなタイプではあるけど。

 母はデンタルミラーを俺の口の中に突っ込んだ。

 

「綾菜ちゃんは独占欲が強いタイプなんだとお母さんは思うな。独占欲は好きならあって当然の欲だけど、強すぎると破滅的にしか働かないよ。不可能を求めて、自分も相手もただ傷つけるだけだから。だから綾菜ちゃんもバランスを学ばないといけないのかもね。嫌なことは嫌ってちゃんと伝えて、お互いに要望のすり合わせをして、それでもうまくいかないなら……それはどうしようもない。合わない人は合わないから」


 合わない人は合わない……。俺と綾菜は……どうなんだろう。


「最初からぴったり合う人なんていないよ。お互いに自分を変えながら成長していかないと。逆に、どちらか片方だけが我慢したり、相手に合わせて変化し続けたりする関係なら、良い未来は待ってない。『この人しかいない』って考える人がいるけど、それは危険な思い込みだから。ちゃんと人と関わって、自分を磨いていれば、次は必ずある。特に健康は、お母さんとお父さんの息子だもん。今よりもっともっと、かっこよくなるよ」

 

 ううう。母親にこう言われるのは照れる。

 

「それよりお母さんの心配は別のこと。健康も男の子だし、女の子と……そういうことをしたい年頃だと思う。でも今の健康は特に、ちゃんと子どもを持つ覚悟ができるまでは、そういうことは避けた方がいいと思う。避妊が失敗することがあるのは事実だけど、私が一番言いたいのはそんなことじゃない。怖いことだけど——」



 母は手を止めて、デンタルミラーを俺の口から取り出した。

 銀色のミラーが蛍光灯を反射して、一瞬だけ、眩しい刺激が俺の目を襲った。

 母は氷の表情で、俺の目を刺すように見た。


「コンドームに穴を開けたり、危険日を安全日だと偽る女の子って実際にいるんだよ。綾菜ちゃんがそうだとは言わないけれど、そういう娘は確かに実在するから。相手が誰であろうと、自衛はした方がいい。大金を持っているのを知られるのは、それだけ怖いことだよ。どうしても欲に負けそうなときは、挿入じゃなくてもリスクのない範囲で楽しめる行為はあるから、そっちにしなさい。でも、精子の扱いだけは注意してね」


 ——母親の口からそのワードが出るとは。

 

 さすがこの母親、息子に性を語る恥ずかしい場面でも一切の躊躇がない。恐ろしい親。でも、他ならぬ息子の人生を、誰よりも一番に考えて発言しているのは痛いほど伝わってきた。


「お母さんは信じてるからね。右の奥歯、もうちょっとよく見せて」


 それからは母は無言で俺の歯を調べた。異常はなかった。どっと疲れて、もう頭が回らなかった。でも、これを言うべきなのは理解していた。


「ありがとう、母さん」

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