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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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【1年 4月-15】愛情表現

 家に帰ると、制服姿のままの綾菜がリビングでゲームをしていた。春休みにカジノで大損して、結局クリアせずに放置していたRPGだ。


「遅かったね、どんな用事だったの?」


 綾菜には「後で説明する」とLINEしただけだ。さて、どこまで説明しよう。採用されたら若色さんと同じ職場で働くと伝えたら、綾菜と若色さんの仲がまた微妙になったりしないかな。


「……もしかしたら、俺、バイトすることになるかも」

 

「はあ?」


 綾菜がコントローラーをソファーの上に置いた。……いや、半分叩きつけた。


「そんなこと、これまで一言も言ってなかったじゃん。どうしたん、急に? どこで?」


「ま、まだ採用かはわからないんだけど……。実はネットで調べてたら、良さそうなのがあって、さっき面接してきた。明日合否がわかる」


 俺は咄嗟に嘘をついた。若色さんの紹介だと今バラせば、火に油と酸素を注ぐ。話すなら、もう少し落ち着いてからだ。ちゃんと働いて、俺の目的が若色さんじゃないと示せたあとなら、話しても――大丈夫なはず。


「で、どこ?」


「まだ言いたくない。不合格かもしれないし、すぐクビになるかもしれないから。情けないところを隠したい男心をわかってほしい」


「……まあ、それはわかるよ。というか、けんこーはバイトする必要なくない? 本気を出せば親孝行しながらニートできるレベルなのに」


 親孝行ニート。一般人には成り立つはずのない矛盾語法オクシモロンも、金の力があれば実現可能なのだから、世の中は不条理だ。


「でも、働いている人にとってのお金の価値は体感しておくべきだと思うんだよ。それに漫画のプロジェクトもあるから、長期間やるつもりはないよ。あんまり短いのも駄目だと思うけど」


「ふーん……。放課後の遊び、いろいろ考えてたんだけどなぁ。キャバクラごっことか、Vtuberごっことか、会えるアイドルごっことか。『応援ありがとうございます~』みたいな」


 それ、俺の現金も『ごっこ』で済むなら……ちょっと揺らぐ。

 

「あ!」

 不満そうに顔を曇らせていた綾菜が、急に口元を緩めて、前に身を乗り出した。

「……ね、そのバイト先ってあたしも働けるかな」


 うーん。最近の綾菜のこのグイグイくる感じ、本当に苦手だ。


「そこはいきなり高校生の新人2人は無理だと思うし、無理じゃなかったとしても、俺が無理。仕事は仕事として割り切れる人じゃないと、一緒に働きたくない」


「ちゃんと割り切って考えてるよ」


「それは嘘だろ。じゃあ俺と同じ職場である必要ないじゃん」


「……」


 綾菜が怒っている。俺が丹精込めて作ったケーキがあったら、それを俺の顔に投げつけるレベルで怒っている。


「とりあえず飲み物用意するよ。何飲む?」


「そうやって機嫌取ろうとするの嫌い」


「ご機嫌取りじゃなくて、綾菜に飲み物がなかったから。家に来たお客さんに聞いただけ」


「……じゃ、アイスココア。濃いのね」


「了解」


 難易度が高いのを選んできた。これ、下手すると何杯も作らされるぞ。とりあえず常識の範囲内で限界まで濃いめにして、綾菜に渡した。


「うん、まあ、おけ」


 よかった。アイスココアを作っている間に、綾菜も少し頭が冷えたのかもしれない。


「けんこー、あのさ……」


「何?」


「あのさ……。うーん」

 綾菜は少し口をつけただけのコップを、指先でしばらく弄んでから、テーブルに置いた。


 ゲームのBGMが延々とループしている。ちらっと振り返ると、テレビの中の主人公が退屈そうに背伸びをしていた。

 俺はリモコンを取って、テレビを消した。


 喉が渇くような、ひりついた静寂。


 綾菜は唇をきつく結んだまま、視線を落としている。


「俺がバイトについて相談しなかったのはさ、綾菜に相談すべきものだという認識がなかったんだよ。その職場は好条件だったから、俺の中では面接に行く一択だった」


「そうじゃなくてさ……」

 と言ったきり、また綾菜が黙り込む。


「……ごめん、綾菜が何が言いたいかわからない。バイトは成長する良い機会だと思うし、俺は綾菜に応援してほしいと思ってるんだけど」


「そうだね、ごめん。応援する」


 なーんか、すっきりしないな。


「言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。ごめんけど、俺は馬鹿だしコミュ障だし、そういうの察せないから頼むよ。このままだとモヤモヤする」


「……」


 綾菜は目の前に立っている俺を見ようとせず、何も映していないテレビの方をただじっと見つめている。


「綾菜がもし——」「あのさ」


 小さな声が被さった。


「最近のあたし、ウザいと思ってる?」


 ……即答できない。何と言えば正解なんだ。


「漫画プロジェクトも、あたしを切るかもって言ったり、今日のお昼もさ。あれはあたしが悪いんだけど」


「若色さんは気にしてなかったよ。俺の考え過ぎだった。ごめん。あと、プロジェクトについては、林さんに怒られて反省してる。切るんじゃなくて、どうやったら綾菜が参加できるようになるか、林さんと話し合うべきだったと思う」


「……で、あたしについて、どう思ってる?」


「それは……。ウザいんじゃなくて、戸惑ってる。綾菜のしたいことがわからないから、俺はどうしたらいいのかわからない。察するとか配慮するとか、俺には無理だよ」


「……本当はバイトやらないでほしいっていうのも伝わってない? 言わなきゃわかんない?」

 綾菜は俯いて、制服のスカートを皺になるくらい強く掴んでいる。


 ……こんな綾菜は、今まで見たことない。


「それはさすがにわかるけどさ、理由がわからないから、やらないとは言えない。面接したのにキャンセルとか、理由もなしに他人に迷惑はかけられない」


「この前の頼みごと、『バイトやらないで』にしたらどうする?」


「本気で言ってる? 俺が成長する機会を潰したいってこと? ちょっとそれは……俺には悪意にしか思えないから、承諾できない。結婚とは全然質が違う」


「……」


 綾菜は、怒っているのか、泣きそうなのか、あるいはその両方だ。相変わらず目を伏せるばかりで、俺の顔を見ない。


「どうせ結婚も嫌でしょ。自分でもわかる。めんどくさいよね、こんな女」


 ……。


 これは「嫌じゃないよ」と言わせて、自己肯定感を保ちたいだけのように思える。相手の気持ちより自分を優先する、『魔女の言葉』だ。


 もし、綾菜が俺のバイトに反対する理由が、自分に都合のいい金持ちの男を手放したくないからだとしたら。結婚の話も、俺の気を引くような態度も、そのためだったとしたら。


 ……そう考えれば、全部辻褄が合ってしまう。綾菜は『魔女』ってことになる。


 いや、違う。綾菜は違うって。こんな考え、消えてくれよ。

 

 頼むよ。


「俺が……。俺が結婚したいと思うような女性はさ、俺がその人を好きなのは大前提として、『俺を愛してくれる女性』だよ。他にも細かい条件はあるけど、一番の条件はそれ」


 ——魔女は、嫌だよ。


「面倒臭いのが嫌なんじゃなくて、応援してほしいんだよ。俺、成長しようとしてるんだから。綾菜が応援してくれないのは……何というか……寂しいよ」


「……うん。ごめんね。応援するよ」


「ありがとう。……あ、でも、愛情表現が頭突きだったら、ちょっと結婚生活は難しいかもね。綾菜がもしそうだったら、結婚3年目ぐらいで、『あれ? これちょっと無理かも』とはなると思う。頭突きじゃなくて尻突きなら、痛くないからギリ耐えられそうだけど」


 綾菜は少し笑って、アイスココアを一気に飲み干した。なんとなく何かが吹っ切れたようだ。


「……けんこー。ちょっと首見せて」


「首? うん」


 俺は綾菜の前に座って背中を向けた。


「なっ」


 首に軽い衝撃が来た。


「『手突き』やってみた」


「それ手刀じゃん。恐ろしく速い手刀。見逃したけど」


「へへへ」


「あのさ。今、このシチュエーションに最高に合う言葉を思いついたから、言いたい。言わせて」


「なに?」


「突きが綺麗ですね」

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