【1年 4月-13】お前こそ真の三國無双だ
「えー、どうも。こちら、若色さんです」
「若色愛美です。よろしくお願いします」
か細い若色さんの声が、火曜の漫画文芸部の部室に響く。
声色から内心の緊張が痛いほど伝わる。
そして室内には、そんな彼女の緊張にやすりを当てるような、ザラついた空気が充満している。
「林千歌です。千の歌と書きます。よろしくお願いします」
林さんはバネじかけなのかと思うくらい素早くお辞儀をしたあと、明らかに俺を睨んだ。
キッと睨んだというより、もはやキッと言っていた気がする。
「あの、えーとですね。若色さんにプロジェクトの話をしたら、興味を持ってくれまして。意見が多い方がいいと思ってですね」
それは建前で、若色さんを連れてきた本当の理由は別にある。
1:林さんの暴走の制御。俺、綾菜、林さんの3人だけであれば、今日も林さんは麦わら帽子を被りそうだが、第三者がいればそこまで酷くもならないだろうと考えた。
2:若色さんの雰囲気を見るに、俺がいないとき、若色さんはひとりで昼食を食べている。陰キャ仲間として誘うべきだ、という意識が働いた。
3:綾菜は若色さんに対して少し敵対心めいたものがある気がする。若色さんは俺が綾菜についてどう思っているかを知っているので、ちゃんと交流することで、そのあたりのわだかまりを解きたい。
本当は、これを全部説明できればいいんだけど。
綾菜は表面上は歓迎した顔をしている。だが、放っているオーラは触れると髪の毛が抜けてハゲそうだ。
「まぁ、座ろうよ。忌憚なくボコボコにしてもらっていいから」
……あ、プロットについて、って言うの忘れたけど大丈夫かな。
昨日と同じく、俺が入口から見て手前左の角の席に座ると、若色さんが俺と壁の間を通って、俺の左隣に座ってきた。
まるで電車で空いた席に座るみたいに、躊躇なく。
なるほど。確かに、この長細い部屋と椅子の配置は、電車っぽくなっている。だからそういうノリになっちゃったんだろうね。……そうだよね。
林さんと綾菜の頭の上に『!』の文字が見えた気がする。俺も出たと思う。
「あっ、林さんは初対面だから、私の正面に座ってほしいな」
そう言ったあと、若色さんは俺の顔を見てにっこり笑った。目を一瞬引きつらせたのはウインクだったかもしれない。
……わかる、わかるぞ。
若色さんはきっと、カップルがカフェで対面する場面をイメージして、俺と綾菜にパスを出している。
長テーブルをふたつ挟んだ向かい側なのでちょっと遠いが、俺も最初にここに来たとき、綾菜と向かって座る方がいいか悩んだくらいだ。
若色さんは、隣でお弁当シェアとか、こっそり足をツンツンとか、そんなイチャイチャは想像だにしていない。
悲しいかな、経験がないからだ。
俺も陰キャ仲間だから、よくわかるよ。
「あー、俺も、かわいい綾菜の顔を真正面から見れると嬉しいな〜。あはは」
俺が言葉を無理矢理絞り出すと、若色さんは少しドヤ顔だった。あとで何か奢れ、みたいな勢いだった。勘弁してくれ。
アラートモードが解かれたようで、林さんと綾菜は俺たちの要望どおりに座った。
俺はウェットティッシュを机の真ん中に置いて、それからプロットが印刷された紙をみんなに配った。念のため1部多めに刷っておいて良かった。この状況で若色さんと資料をシェアとか、洒落にならん。
「では、食べながらで」
俺が弁当箱の袋から弁当を取り出すと、若色さんが無言でその袋に自分の手を拭いたウェットティッシュを入れて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
……いや、これ、隣同士の陰キャの距離感だからさ。加減がわからないんですよ。そんな目で見ないで、綾菜さん。
俺はウェットティッシュで、手だけではなく顔を拭いた。冷や汗を拭きたかったからだ。そうしたら、若色さんが
「もー、マキくん、定食屋のおっちゃんみたい」
と、耐性がなければ一撃で撃墜される威力のほっこりする笑顔で言ってきた。
昨日、ぼっちを呂布に例えたが、間違いだった。呂布になれるぼっちは、選ばれし者だけのようだ。そして今、ホンモノの呂布が隣にいる。
「えー、それでは、おっちゃんも食べます。いただきます」
弁当の蓋を開けると、若色さんが「あっ」と声を上げた。
「マキくんのお弁当、普通だ」
そうか。若色さんは白飯でおかずを挟んだ、おにぎらずインスパイア弁当しか知らない。
「ちゃんと料理しようと思ってさ。味はまだ自信ないけど」
「へー。すごいなぁ。私なんて、いつもコンビニ弁当だよ。……ね、味見してみようか」
呂布だああああああ!
「あ、味見してもらうほど、まだ自信ないからさ。今日は鯖の味噌煮だから、難易度高いし」
「そう? ……あ、そっか。白駒さんにお弁当作ってもらったから、お返ししたいんでしょー。白駒さんに味見してもらいなよ」
あれ? 急に友軍になるやん。
「あ、じゃあ、綾菜、よかったら」
俺が弁当を差し出すと、綾菜は無言で鯖を少し箸で分けて取り、口に運んだ。
「……生姜入れてないの?」
「昨日が豚の生姜焼きだったから」
「あたしは生姜入りの方がいいな」
林さんの眼鏡の奥の瞳が居場所を失って泳いでいる。若色さんはごくりと唾を飲み込んで壁の一点を見つめている。
空気が最悪だ。
「まあ、今日は『しょうがない』よね。ははは……は……」
…………。
——さっきの俺は、最悪を知らなかったようだ。
「ごほん。まず、登場人物の説明をお願いできますか」
咳払いをして、林さんが空気をリセットしてくれた。もう誰が敵で誰が味方かわかんないよう。
「了解。あ、その前にまずタイトルなんだけど、ストーリーの内容そのまま『幼馴染がアンデッドになった』でいこうかな、と思ってる」
「少々インパクトに欠ける気がしますが……。まあ、今は(仮)ということで、それでいいと思います」
「略して、『幼アン』だね」と若色さん。
「お、いいね『幼アン』。それ貰うわ。——じゃ、登場人物の説明をするから、渡した紙を見てみて」
主人公:ヒーラー。14歳前後。アンデッドちゃんと同じ村出身。師匠にアンデッドちゃんを人間に戻せるかもしれないと教えられ、ヴァンパイアの心臓、セイレーンの喉、メデューサの髪など人間を超えた人型生物の部位を探す旅に出る。
アンデッドちゃん:村で何者かの遠隔魔法でアンデッドにされかけたが、主人公の回復魔法により、中途半端に人間性が残る。アンデッド化により赤い目で肌がくすんでいるため、普段は包帯で目を、ローブで全身を隠している。知能低下があり、声帯の変化により喋れない。
師匠:男性のような女性。主人公たちの状況を知り、アンデッドちゃんが人間に戻るかもしれない方法を教える。まずは先々代エルフ王の死体を異空間から出して、その肌をアンデッドちゃんに移植する。正体はイモータルという(ほぼ)死なない人間。強い。イモータル同士の戦争に巻き込まれ途中離脱する。
——以下は話の進捗次第で仲間にしたい——
ヴァンパイアちゃん:日光に当たっても弱らない高位ヴァンパイア。人間の血を吸わないと徐々に弱る。心臓と脳以外は失っても復活する。前衛アタッカー。
ヴァンパイアちゃんの相方:体格のいい無口の男 or 長身で細いチャラ男。ヴァンパイアちゃんを助けるけれど、それが愛なのか同情なのか読者をやきもきさせる。後衛の魔法使いか射手。
「無口の男かチャラ男ですか……」と林さん。
「男性ウケを狙うなら無口、女性ウケを狙うならチャラ男かな、と思ってる」
「無口な男もかっこいいと思いますけどね」
「でも、チャラ男ではなくても、イケメンで自分に自信がある男がグイグイくるのが、少女漫画の定番だと思う。女性ウケを狙うなら、ヴァンパイアちゃんの相方はそんな感じに俺はしたい」
「ヘタレは魅力ないもんねぇ」と、チクッと言う綾菜。
「わかるけど、ヘタレがそれを自覚して一念発起するならいいじゃん。……ストーリーとしては」
「一念発起の内容にもよるけどねぇ。女の子が求めていない独りよがりの頑張りをする主人公って、少年漫画に多いよねぇ」
「主人公の頑張りを応援できないヒロインは、もうヒロインではないんだってばよ!」
「まあまあまあ」
と、林さん。
「そもそも、話の進捗によってはヴァンパイアちゃんコンビは参加が難しいんですよね。その場合、メインキャラ数が3人、のちに2人となりますが、ちょっと寂しくないですか?」
「そうだね。そこは懸念点だ。主人公コンビをサポートする男キャラを入れようかと思ったけど、ストーリー上の位置づけがピンと来なくて。だったら結局、2人入れて4人の方がいいんだよ」
「あ、マキくん。じゃあ、普通の女の子のキャラを入れたら? 主人公とちょっといい感じになるみたいな三角関係を作れば、話としては盛り上がるよ」
呂布が突撃してきた。赤兎馬に乗って方天画戟を振り回し、戦局を変える無双の強さである。
ただテメェ、倒しているのは味方だけどな!
林さんと綾菜の顔が引きつっている。
漫画なら林さんの眼鏡が割れ、綾菜の持っている箸が折れるような雰囲気だ。
もう、そうなってくれないかな。
そうしたらギャグとして成立するんだが。
——いや、わかっている。若色さんに裏の意図はない。今までメタっぽく話していた俺らが悪い。でも、この空気で「それいいじゃん」とは、さすがの俺も言いにくい。
「それでもいいけど、負けヒロインが出ちゃうのが俺は好きじゃないかな」
「負けヒロインが出るのは良くないです。絶対良くないです」
賛同する林さんの声に熱がこもっている。
若色さんが閃いて手を叩く。
「ラストで、普通の女の子が死んじゃって、その子の体を使ってアンデッドちゃんが人間に戻るのはどう? あ、ここまでアイデア出しして良かったのかな、マキくん」
「そのアイデア、大歓迎だよ」
もう本当に、色んな意味で。
「……でも、それも広義には負けヒロインじゃないかと俺は思う」
「負けてはいないよ。主人公とアンデッドちゃんの役に立ってるんだから。白駒さんはどう思う?」
「あたしは……それを良いラストとも悪いラストとも言えないかな。感動的ではあると思うけど。でも、とりあえず、若色さんが良い人なのはわかった」
若色さんが照れて顔を赤らめた。
結局、登場人物とプロットは悪くないということで、それのブラッシュアップが俺の当面のタスクとして決定した。若色さんの案を採用するかはまだ保留だが、俺が決断したことに林さんと綾菜は反対しないそうだ。
メタ要素は置いておいて、主人公とアンデッドちゃんの関係を刺激する存在は確かに面白いと思う。だが悲しいラストは俺好みじゃないから、そこが悩みどころだ。より良いラストがあるといいのだけど、今のところ思いつかない。
林さんと綾菜は少なくとも1学期中は基礎的な絵の修行をする予定なので、結論を急ぐ必要はない。俺としても時間をかけて考えたい。作画されるギリギリまでラストの展開は保留でもいいのかもしれない。そっちの方がプロっぽい。
◇ ◇ ◇
放課後は、綾菜とデジタルの作画道具を見に家電量販店に行った。林さんも誘ったけれど、タブレットは既に持っているし、『デート』の邪魔はしたくないと断られた。その代わり、夏休みの読書感想文並みの文字数の助言がスマホに送られてきた。イケメン過ぎるよ林さん。
林さんの助言が具体的かつ的確だったので、一応いろいろ見て回ったものの、林さんの助言どおりのストレージ容量は低いが高リフレッシュレートのタブレットとデジタルペンシルを買った。
かなり高額だった。こんなに高いのに、なんでリンゴが齧られているのだろう。父にチャージしてもらっていた電子マネーが一気に吹き飛んだ。父のポイントカードにもポイントががっつり入った。父の日のプレゼントはこれでいいか。
帰り道の吊り橋効果は絶大だった。ふたりで周囲を警戒し、高額商品を妄想上の強盗から守る、現実と虚構のあいだの高揚感の共有——。
バカップルなら、すれ違うおばあちゃんすら心臓の鼓動を早めてくれる。いや、バカとは言えないか。『ターボババア』という都市伝説があるくらいだから、『ババアが速いかもしれない』という恐怖は大衆の心に根付いているはずだ。
自宅に近くなり、警戒が薄れると、安心感と夕日がふたりを包んだのもなかなかにエモかった。達成感と期待感で疼いて「へへへ」と笑う綾菜がかわいかった。
ただそれ、今はまだ貸与だからな。忘れるなよ。




