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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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13/40

【1年 4月-11】いつもとは違うこと

 翌日の日曜日。

 朝から家に来た綾菜はグレーのスウェット姿で、いつもの綾菜だった。

 いつものように俺の部屋のベッドを占領されて、いつものコーラを要求された。


 1階のキッチンでコーラを用意し、2階の俺の部屋に戻ると、綾菜はベッドに仰向けになって漫画を読んでいた。2階にある漫画専用部屋からパクってきたものだ。

 少女漫画か。好きだな、相変わらず。

 

 倒しても中身がこぼれないシリコン蓋にストローを刺した(ほぼ綾菜用となっている)いつもの黒猫のコップを綾菜の方に持っていくと、綾菜が起き上がる。

 ……が、手は動かさない。


 この場合、俺はストローを綾菜の口まであてがう。

 綾菜が一口飲んで「うむ」と言う。

 これは終了の合図なので、コップは丸テーブルの上に置く。

 ……この人、本当に俺に弁当作ってくれた人?


「けんこー、昨日疲れたから肩揉んで」


 いつも過ぎる。

 ちなみにこれ、要求を徐々に上げるフット・イン・ザ・ドアのテクニックで、結局は全身マッサージになる。

 おかげで女性の体を触ることに免疫できちゃったよ、俺。


 綾菜は椅子のように足を曲げてベッドに座るのに対して、俺は綾菜の後ろに正座して座る。


 妹が俺を奴隷と言っていたけれど、絵的には確かに明確な上下関係があるように見えるだろう。

 だが正直、昨日の関係より、こうして肩を揉む方が安心する。我ながら情けないけれど。


「もちょっと下の方、そう、そこ」


 ハグされると怖くなって、肩揉むと安心するって、どういう状況?


「首筋も。そうそう」


 綾菜、昨日買ったオレンジの匂いの香水をつけてるな。今、いい匂いとか言うのは、キモいかな。


「腕も揉んで」

 

 俺がMだからってわけでもないんだよな。してあげているというか、甘えさせてあげているような感覚に近い。


「手も」


 綾菜は親指の付け根と小指の下を揉まれるのがお気に入りだ。自分で揉んでみても、確かにこの部分は気持ちいい。


「次、背中ね」


 結局これは、綾菜に何かをしてもらうより、何かをしてあげる方が俺は落ち着くということなのだろうか。——でも、何で?


「次、腰」


 腰の定義が難しい。お尻と近過ぎる。思い切って下までいく方が明らかに気持ちよさそうなんだけど、毎回遠慮して様子を見てやっている。


「ふくらはぎも」


 俺という存在が求められているからかもしれない。考えてみれば、そういう機会自体、綾菜を除けば、ほぼ皆無に等しい。


「足の裏もやって」


 これは押すと痛そうなところを中指の関節で強く押すだけ。足ツボはよくわかってないが、綾菜は満足しているので、よしとしている。


「コーラ」


 ——はい、どうぞ。

 こうして甘えさせていることで、逆に優位に立っている感覚も少しある。親が子の世話をするように。あと、無意識に貸しを作っているような気もする。

 

「はー、満足。少し寝るからよろしく」


 本当は俺も寝たいけれど、黙ってベッドから出ていく。

 まあどうせ、例の漫画のプロジェクトについて、簡単なプレゼン資料を作りたかったからいいんだけどさ。


   ◇ ◇ ◇


 パソコンのある勉強机に向かったが、手が動かない。

 綾菜が残した、気の抜けたコーラを飲み干しながら考える。


 ……結局、俺は自己評価が低いんだよな。

 実際、社交性も協調性もないし、だから友達いないし、良いところがない。

 俺に人間的な魅力がないことは、俺自身が一番よく理解している。


 綾菜がアプローチめいたことをしてくるのが怖い一因は、おそらく、そこにある。

 人間不信もあるけれど、根底に、俺なんか人に好かれるはずがないという考えがあるから、金目的ではないかと疑いやすくなっている。


 腑に落ちた。

 だけど、これからどうしよう。

 脳細胞ひとつひとつを叩き回る勢いで考えた。


   ◇ ◇ ◇

 

 たっぷり睡眠を取った綾菜は昼に起き、一度帰って昼食を済ませると、また戻ってきた。

 綾菜が漫画の続きを読む間、俺は今度こそプレゼン資料を作った。


 そのあと、2時間ほど一緒に勉強した。

 綾菜はベッドの上に座椅子を置いて座る。いつもと違うガチモードだ。

 いつもなら俺に運ばせる丸テーブルも、自分で動かしていた。


 勉強にひと区切りついて、綾菜が「そろそろ帰る」と立ち上がった。

 俺は、声をかけるべきかしばし迷って、結局、綾菜を呼び止めた。


「待った。言っておきたいことがあって」


「……なに?」


 綾菜がベッドの上の座椅子に座り直す。

 俺の緊張を察し取って、表情が険しい。

 これまでの甘い雰囲気を壊していることに、胸が痛む。


 でも、ここまできたら、言わなければならない。


「実は、重過ぎでもないけど、軽くもない頼みごとがあって。でも一方的だと申し訳ないから、お返しに綾菜の頼みごとをひとつ聞く。……お金をあげるのは無理だけど」


「重過ぎでもないけど、軽くもない……ってことは少しは重いってこと? ごめんけど、やってあげるかどうかは、ぶっちゃけ内容によるよ」


「それはもちろんわかってる。俺からは言うだけで、どうするかは綾菜次第でいい。あと、エッチなことではないから」


「……それは先に言ってよ」


 綾菜の顔が少し赤くなった。

 ……勘違いさせて、すみません。


「でも、俺が先に言うとまずい事情があるから、まず綾菜の頼みごとを教えてほしい。限度はあるけど、無理めでも叶える。迷惑料だと思ってほしい」


「頼みごとかぁ。急に言われてもなぁ……」


「今すぐじゃなくてもいい。ただ、俺の話は綾菜の頼みごとのあとにさせてほしい。気になると思うけど、ごめん」


「無理めってどの程度? スキンヘッドにしてって言ったらする?」


「する」


「ガチじゃん。そのくらいのことなんだ。……もしかして、もう家に来ないでほしいとか?」

 泣き始める前の子供のような顔をする綾菜。


 不安になるよな。ごめん。

 

「綾菜が家に来るのは大歓迎だよ」


「……そっか」


 綾菜の顔は少し緩んだ。けれど、スウェットの裾をぎゅっと握りしめた指先は、血の気が引いて白く強張ったままだ。


「その頼みごとは、あたしにとって嫌なこと?」 


「嫌かどうか、俺にはわからない。嫌かもしれないし、もしかしたら全く負担じゃないかもしれない」


「全く負担じゃない……。あ、前に言ってた、一緒に世界旅行に行きたいとか?」

 綾菜の声に張りが戻る。


「それも違う。でも、それが可能なら、俺の頼みごとも解決するかもしれない」


「何だろう……。なぞなぞみたいになってるけど」


「話が先に進まないから、俺の頼みごとを当てようとするのはナシにしてほしい。でもその代わり、綾菜の頼みごとは結構重いものでも構わない」


「どのくらい大きい話なのか、まだよくわかってないから……。たとえば、あたしが結婚してって言ったらするレベル?」


「……!」


 それは想定していなかった。……でも、まあ。


「する。結婚する。ただし、その場合は『俺の頼みごとを必ず実行する』って条件になる。そうじゃないと、さすがに客観的に考えて条件が釣り合ってないから」


「ちょっと、ちょっと待って。あたしとけんこーが結婚するってことだよ? それをOKするレベルってこと?」


「うん。厳密には今は未成年だから婚約だけど。成人したら、ちゃんと結婚する」


「子どもが欲しいとかじゃないよね?」


「エッチなことじゃないって言ったじゃん」


「ごめんごめん。じゃあ、あたしの頼みごとはまだ保留にしていい? 結婚ですら通るんだったら、もっとちゃんと考えたい」


「わかった。悩ませてごめん。念のためもう一度言うけど、お金をあげるとか、高いものを買うとかは無理なので、それだけ候補から外してほしい」


「りょーかい。……ところでさ、昨日、罰ゲームするって約束したよね? 覚えてる?」


 そうだ。あのときも、なぞなぞみたいなことしてたっけ。


「覚えてる。軽いのって話だったよね。いいよ。やる」


「後ろからハグしてほしい。ぎゅーって。……実はそういうの、夢だったんだよね」


 ……えーと。罰ゲームの意味わかってる?


「ほら、ここ座って」


 綾菜が立って、自分が座っていたベッドの上の座椅子をぺしぺしと叩く。

 そこに俺が座って、綾菜が俺の脚の間に入る感じか。

 俺に拒否権ない流れのやつだ。


 ——あ、でも、待った。


「ごめんけど、何と言うかその……。男性特有の問題が……」


「それはわかってるし、気にしない。そんなこと気にしてたらあたし、一生結婚できないじゃん」


 俺が座椅子に座ると、綾菜は容赦なく俺の前に来て座った。


 ——もうどうにでもなあれ。

 

 綾菜が俺の腕を取り、自分の体に回す。


「はい。ぎゅーってして。ぎゅーって」


 ぎゅー。


「へへへ。ねえ、あのさ……」


 綾菜が俺の腕を握ってくる。


「何?」


「手を繋いで学校行こうよ。昔みたいにさ。これ、頼みごとじゃなくて、提案ね」


「うん。昔みたいにしよう」


「ねえ、あとさ……」


「何?」


「お弁当、やっぱり毎日でもいいよ」


「それは嫌。それが綾菜の頼みごとだとしても拒否する。俺もちゃんと修行したいから。一方的にやってもらうのは嫌」


「そっか」


 綾菜の手の握りが弱くなる。

 

「ねえ」 


「何?」


「どこにも行かないって言って」


「……」


 嘘は、言えないな。


「綾菜の頼みごとが終わるまでは、どこにも行かない」


「……そっか」


 綾菜の声から落胆が伝わる。


 こう言うしかないんです、ごめんなさい。


「このオレンジの香水、やっぱりいい匂いだね」


「……言うのが遅い。気付いてないのかと思った」

 

 ヘタレでごめんなさい。

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