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俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい  作者: 沢尻夏芽
1年生

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【1年 4月-9】綾菜パパの心、子知らず

 服を買うデートで、想像と大きく違って新鮮だったのは、互いの外見を何度も褒め合えることである。綾菜はこういうときに臆さず言うタイプなので、辛辣な言葉だけでなく、褒め言葉も本心だとわかる。


「これ、いいじゃん。かっこいい」

「うーん、これはイマイチ」

「けんこー、姿勢が悪い。モデルみたいに背筋伸ばして。そう、それならいい感じ。写真撮りたいくらい」

「あ、萌え袖してみ。うーん。しゃがんで上目遣いしてみて。……やばー。かわいい」


 一方、俺が綾菜について言うと。


「……かわいいよ。ガーリー? だよなそれ」

「似合ってる。オシャレで」

「かわいいけど、その肩は……。何でもない。かわいい」

「それもいい。……げ、芸能人みたい」


 語彙が消失している。ただでさえ美的センスがないのに、コメントも陳腐で何の役にも立っていない。綾菜には「どの服でもいいと言われるとわかんなくなる」と怒られた。俺も正直わかんなくなってる。みんなちがってみんないい。


 結局、俺は薄手で大きめのグレーのパーカーとオリーブのカーゴパンツを買った。綾菜もグレーのパーカーを選んで、俺がプレゼントした。お揃いというわけではなく、グレーは色んな服に合わせやすく一番無難な色らしい。


 まだ予算には余裕があったけれど、一度に買い過ぎると後悔する確率が高いという綾菜の忠告に従った。そう言ったときの綾菜の目は、戦場で誤った判断をして、多くの兵を死なせてしまった将校のようだった。


 もうお昼になっていたが、ピーク時間を避けるために、一旦本屋に併設されているカフェに入った。綾菜はお昼を抜いてストロベリー&チョコレートタルトを食べるか死ぬほど悩んだが、結局ふたりともアイスラテだけを頼んだ。


「いいな。ここ。俺、こういう雰囲気結構好きだわ」


「本に囲まれて静かな感じ? けんこーらしいね。無料でそういう雰囲気が楽しめるところがあればいいのにね」


 それは図書館って言うんだよ。


「綾菜はもっと騒がしいところが好きそうだよな」


「みんなで遊ぶのも楽しいけど、最近はそうでもないかな」


「へー意外。何で?」


「最近はみんな恋バナが多くて。付き合ったとか別れたとか誰が好きだとか、そういうのばっかり」


「女子はそういうの好きだよな」


「菜月も彼氏できたから、ちょっと取り残されている感じ」


 菜月とは、綾菜の同じクラスの親友、早瀬川菜月のことである。綾菜とは中学でも3年間ずっと同じクラスで、今年も同じになったのは奇跡だと綾菜は喜んでいた。「あたし運いいよね」と10億円が当たった俺に同意を求めるくらい喜んでいた。


 さて。『取り残されている』という綾菜の発言を深読みすれば、これは裏を返せば『彼氏欲しい』だ。そもそも手作り弁当からの買い物デート自体、それが目的ではなかろうか。


 ここで俺が少女漫画的最強イケメンであれば、最適解の返しは「じゃあ、追い付いてみる?」だ。


 俺が10億円を持っていなかったら、ギリギリそれを言う勇気があったかもしれない。仮にそれで俺がフラれたとしても、相手は毎朝一緒に登校して、放課後も一緒に遊んで、弁当作ってもらって、手繋ぎデートした幼馴染だぞ? 誰が聞いてもメシウマ心理シャーデンフロイデフットンデ、同情するレベルだろ。


 だが、俺は10億円を持っている。そして綾菜がこんなあからさまなアプローチめいたことをし始めたのは、俺が10億円を手にしてからだ。


 10億円は恋愛を吹き飛ばすほど魅力的な金額だ。金を搾り取って捨てようとか、適度に飼い慣らしてATMにしようとか、そういう女が出てくる金額だ。


「好きです、付き合ってください」


 魔女Aの嘘が、呪いのように脳裏に蘇る。冷え切った指先で頬を撫でられたような感覚がして、叫びたくなる衝動を必死で堪える。


 そうだ。人は、平気で嘘をつく。他人の心を弄んで利用することもできる。


 ……でも、綾菜は魔女Bではないはずだ。綾菜は違うだろ。


 違う。違う。違う——。

 けれど、俺がそう思うことは、現実がそうであることを意味しない。

 どんなに「綾菜は違う」と心の中で叫んでも、何も変わらない。


 俺は……どうすればいい?



「あ、思い出した、ここにニンニクたっぷりの美味しいラーメン屋があるらしいよ」


 俺がどのくらい無言でいたのか、わからない。綾菜は話題を変えた。気遣いなのか、気まぐれなのか……。一旦頭を真っ白にして、俺は綾菜に乗っかることにした。


「へー。綾菜、お昼、そこにしたい?」


「いやー。食べたいけど、ニンニクだから……」


「そういうので幻滅するような付き合いの長さじゃないじゃん、俺ら。気になるなら口臭ケアの何かをあとで買えばいい」


「でも、服にもニオイが染み付きそうだし……」


「ついでに香水プレゼントしようか。時間あるし、パーカー思ったより安かったし」


「それ、いいかも。でもニオイ消えるのかな。うー、めっちゃ迷う」

 頭を抱え込む綾菜。普段俺が二択を与えたら『どっちも』を選ぶ綾菜にとっては難題なのだろう。


「じゃあ、『明日死ぬとしたら後悔するか』で決めたら? 俺は本気でどっちでもいい。男女が互いにニンニク臭を気にしないのは仲の良さの証明でもあるし、笑い話にはなるんじゃない?」


「うーん、無難にパスタか定食屋かなと思ってたから……もうちょっと考えとく。まだ混んでいるだろうし」


「了解。じゃあ、そのラーメン屋の場所だけスマホで調べとくわ」


「気が利くじゃん。ありがと」


 スマホを取り出して俺が調べるあいだ、綾菜は頬杖をついて、ただ物憂げに俺を見ていた。


 ……スマホと自分を往復する視線がキモかったか?

 あ、ちょっと笑われた。

 スマホに集中しよう。

 えーと、1階の……。


「……ねぇ、けんこーはさ、明日死ぬとしたら、一番したいことは何?」


「……え? 一番……? 一番かぁ。——よし、場所はメモしといた」


 俺はスマホをポケットにしまった。


「よく旅行したいとは言ってるけど、実際旅行したらしたで、貴重な時間をこれに使って良かったのかなって思いそう。今は欲しいものもないし、これだけは食べておきたい、ってものもない」


「ふーん。欲がないね」


「我ながら、不思議だ。……あ、そうか。綾菜の作った弁当を食べられたから、それで物欲と食欲は満たされてるんだ、俺」


「ちょっとそれ、どこまで本気?」


 綾菜は呆れたように笑いながら、昨日の弁当の中にあったミニトマトを思い出させるくらいに顔を赤らめている。


「エッチなことでも言うのかな〜と思ってたのに」


「そりゃ男だから、そういう欲はあるよ。でもリアルな話をすると、明日死ぬってわかってて楽しめるかというと微妙。ハグならいいかもね。それで満足しそう」


「……キスは?」


「がぶふっ」

 むせて、飲もうとしたラテを少しこぼした。


 どういう意図で言っているんだ。上目遣いをして少し恥じらいながら、「キスは?」なんてさ。今まさにストローを咥えている綾菜の口元を意識してしまうじゃないか。


 さっきから綾菜の様子がおかしい。話をエッチな方向に誘導している気がする。俺の考え過ぎか?


「大丈夫? 口拭いてあげようか?」

 綾菜がショルダーバッグからポケットティッシュを取り出す。


「……大丈夫。大丈夫だから——」


 綾菜が席を立って、俺の隣に来る。


「動かないで」

 

 ……ふきふき。


 顎を掴まれて、俺はなすがままだ。普段とは違う綾菜の穏やかな笑みと、周りの視線。逃げ場を奪われているようで、身が竦んでしまう。


「ちょっと服についてるよ。黒いシャツでよかったね」


 新しいティッシュで、服とテーブルまで綺麗にしてくれた。


「あ……りがとう」


 綾菜が自分の席まで戻った。


「まったく、世話がかかるなぁ」

 綾菜は、やんちゃな子供の相手は疲れる、と言わんばかりに小さく笑った。


 いつもは俺が世話をする方なのに。

 どうして今日に限って? と聞きたい衝動を、俺は必死で堪える。

 ……答え合わせが、怖い。


「……あ、世話といえば、弁当のことなんだけど」


 いい話題を思い出した。


「綾菜は次もあるかも、みたいな話をちょいちょい言ってたけど……そのあたり、どうなの?」


「え、普通に毎日作ろうと思ってたよ」


「ま、毎日?」


「パパとママの分も作るかわりに、お小遣いを増やしてもらうって話になってて、そのついでだから、3つも4つも変わらないよ。それに早起きして生活リズム変えるのもいいって思ったし」


「早起きはいいことだけど、毎日は——」


「あ、そうだ。このあとパパ用の新しいお弁当箱買いたいって言うの忘れてた。この前、けんこーのお弁当に使ったの、あれ本当はパパのだったから。ずっと使ってなくて新品同様だったけどね」


「えっ、そうなの?」


「笑えるのが、あたしが朝、お弁当2つ用意してたら、パパが1つは自分の分だと勘違いしてさ。『手作り弁当なんて久しぶりだ、しかも娘が作ってくれるなんて』って感激してたから、『パパの分じゃないよ』って言ったらガチ泣きしちゃって。でも、残ったおかずでおにぎり作ってあげたら喜んでた。感情ジェットコースターだった。ウケる」


 綾菜パパ、いろいろとごめんなさい。


「それ、パパさんは俺用の弁当だったって知ってるの?」


「そこまで聞けるような精神状態じゃなかったよ」


「それは良かった……のかな? でもごめん、毎日となると、俺は嫌だ。してもらうばっかりになるし、それだったら逆に俺も作る。まだ下手だから、練習してからの話だけど」


「いい心掛けじゃん。どんなお弁当になるかな。楽しみにしてる」

 綾菜が目を細めてまた保護者モードになっている。俺だって、ちゃんとやろうとしたらできるよ。


「……あ、じゃあこうしない? 水曜日は英語で『hump day』……週の真ん中で『山場の日』って呼ばれてるんだ。だから、毎週水曜に綾菜の弁当があったら、それだけで一週間頑張れる気がする。残りの日は俺が練習する。……あ、でも無理はしないで。体調優先で。冷凍食品も大歓迎だから」


「……わかった。けんこーがお弁当作りに慣れたら、交互に作る?」


「それがいいと思う。交互なら、費用も気にしなくてよくなるし」


「学校、楽しくなるね」


「……そう、だね」


 頑張って笑顔を作ったけど……。楽しく……なるのかな。

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