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ミステリオタクですが異世界転移しちゃいまして  作者: 阿久井浮衛


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8/19

episode 8

 ナロゥはそう言って玄関扉を開ける。扉が開きその向こうの光景が露になった瞬間――


「あぁぁぁああ!!! カクョムさんっ!!?」


 ナロゥの悲鳴を,俺は漫然と聞き流す。突如として夢を見ているかのような,現実感のない,感覚の鈍麻した状態に陥っていた。今目の前に広がっている光景が全く理解できない。


 カクョムの家は,玄関から入って直ぐの空間はダイニングだ。リビングも兼ねており,部屋の中央にはテーブルが置かれている。


 何度か来て見慣れているはずの部屋の,そのテーブルの手前の床にカクョムはぐったりと座り込んでいた。両手両足を力なく広げ,その姿勢だけなら昨日帰宅後酩酊しそのまま眠り込んだのだと思ったかもしれない。だが嘲笑うかのように,その股の間にはカクョムの頭が転がる。


 カクョムは死んでいた。


 切られた首の断面が玄関を向いている。落ちた頭部は溢れ出た血に沈み赤く染まり,豊かな顎髭は既に乾きつつある血でぱりぱりと固まっている。


 不意にツンと鉄臭さが鼻を突く。床に付いていない側の左目と目が合い吐き気を催した。


 座り込んでいる遺体の腹部から胸元も血でべっとりと染まっていた。肉が抉られ胃か腸か,一部臓器がはみ出し切り裂かれた衣服と絡まっている。四肢にも斬撃を受けたらしく,左手の前腕は捻じれ血の滴る骨が見えた。右肩は繋がっているのが不思議なほどねじ切られている。両足も膝があらぬ向きに捻じれ血に沈んでいた。


「チ,チィトさん……これって……」


 驚きのあまり身動ぎできないでいた俺は,ナロゥの震える小さな声にはっと我に返る。目が覚めた時のように,グロテスクな現実がカクョムの血の臭いと共に突如脳に飛び込んで来た。


 ……明らかに斬撃系の攻撃魔法を受けて殺害されている。しかしカクョムだぞ? 俺と同じ4Sの勇者で,キャリアは当代随一。そこらの転移者はもちろん俺でさえ単独では殺せないだろう。ナロゥと協力してようやく可能性が出てくるくらいか。それほどカクョムは実力者だ。それなのに,そのカクョムにここまでの損傷を与えて殺すなんて離れ業,一体誰にならできる?


 連中の馬鹿にしたように嗤う顔が脳裏に浮かんだ。


「あのクソ野郎共っ!!」

「チィトさん!!」


 制止するナロゥの声に構わず,憤りのまま駆け出した。衝動に任せタラリアを発動する。ギルド目がけ空中を邁進した。


 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す。オレツェを殺す。テンセィを殺す。ザマァを殺す。


 ただ殺すだけで済ませてやるものか。足と手の爪を1つ1つ順に剥ぎ,次は関節毎にまた順に切り落とす。切り落とす前に四肢は当然折る。そうだ,骨が皮膚を突き破るまで肘と膝を逆方向に折ろう。その後は肩や腰の根本からねじ切ろう。


 四肢を切り落とした次は頭部だ。耳を切り落とし鼻を削ぎ目を抉り,歯を1本ずつねじり取る。生きたまま咽喉から腹まで割いて臓器を取り出さなければならないから,舌は敢えて切らずに残しておく。


 肋骨は邪魔になる。肺を傷つけないよう外側に折るか。心臓を残し肺を片方と食道を切り取る。胸部の次は腹部だ。取り出しやすい肝臓と胆嚢を先ず切り取る。小腸は面倒だ,切り出すのではなく引きちぎるか。それから胃と大腸,最後に膵臓と脾臓,左右の腎臓を切り取って,残しておいた心臓と肺を握り潰す。


 強化された勇者の肉体がどこまで持つか知らないが,状態維持魔法で無理やり延命してやる。考えられるあらゆるやり方で痛めつけ,カクョムを手にかけたことを腹の底から後悔させた上で殺す!!


 勇者の体で全力で走り続け30分以上かかる道のりも,魔力消費を厭わず飛行すればあっという間だ。ギルドが見えてくるとタラリアを解き,慣性に従い放物線を描きながら落下して行く。


 体勢を整えギルド前に着地した。着地の衝撃で舗装された路面が割れ,周囲の人々が驚く表情を浮かべるも構わず歩を進めギルドの扉を蹴破る。すわ何事かと驚きこちらを振り返る顔の中にクソ共を認め左腰に手を添え抜刀する。


「死ねぇっ!!」


 間髪入れず斬りかかるが,オレツェも素早く抜刀し俺の剣を受けた。オレツェは憎たらしく酷薄な笑みを浮かべる。


「よりにもよってギルド本部で斬りかかって来るとは……気が狂ったか」

「黙れ卑怯者!! いくら3人がかりでもカクョムがそう易々とやられるか! 大方帰り際を闇討ちしたんだろう!?」

「……何の話だ?」

「とぼけるな!! お前らがカクョムを殺したんだろう!!」

「はぁ!? 何言っているんですか? 訳の分からないでっち上げで難癖付けないでください!」


 オレツェの背後でこちらを睨むテンセィが叫ぶ。その隣に佇むザマァも険しい顔つきでこちらに目を向けている。


 殺害を認めないばかりかカクヨムの死そのものにも白を切るつもりか。身勝手でわざとらしいその態度に益々憤りを覚え,オレツェの剣を払い再度斬りかかろうと剣を振り上げる。


「チィトさん待って下さい!!」


 ナロゥの声が聞こえたかと思うと,背後から腕を抑えられた。身動きしにくい中首を回すと,追いかけてきたナロゥが羽交い絞めしている。


「ギルド本部でやり合うのはマズいです! 結果はどうあれチィトさんが罰されてしまいます!」

「カクョムの敵が取れるなら構うもんか!!」

「敵討ちなら合法的に取ればいい! 計画殺人は重罪です! 議会に訴えれば専横派を逮捕できるかもしれない!」

「掴まるとは限らないだろう! それに裁かれたところで下される罰なんて高が知れている!」

「だったら重い罰が下るよう証拠を集めればいい! 判決を下すのは議会商人達です! 悪質性を認めさせれば死刑を勝ち取ることも不可能じゃない! それにカクョムさんだって,こんな奴らのためにチィトさんが処罰されることは望まないはず!」


 ナロゥのこの言葉に,改めてカクョムの死が現実であることを認識させられた。


 あのアンニュイな声を耳にすることはもうないのだ。こちらに来て初めてできた,兄のような存在でもあった友人を俺は亡くしたのだ。


 カクョムの死に激高に駆られるばかりだったが,初めてぐっと喉が詰まる思いがした。


「何の茶番かは知らないが,身内のごたごたなら他所でやれや」


 ナロゥが割って入ったことで戦意が削がれたのか,オレツェは剣を剣帯に収め呆れた口調で悪態を吐く。


 飽く迄もしらばっくれるその言動に憤りが再燃するも,確かにナロゥの主張は理知的だ。正攻法でこいつらの息の根を止めることができるのならそれに越したことないし,俺が態々罰を受けるのも癪な話だ。それに直接手を下すのは死刑を勝ち取れる見込みが無くなってからでも遅くはない。


 極めて不服ではあるが,俺は一旦剣を収めることにした。ナロゥに羽交い絞めを解いてもらうと,舌打ちし出口へと踵を返す。「何がしたいのだか」とせせら笑うテンセィの声が聞こえるも,反駁せずそのままギルドを後にする。ナロゥと共にギルドから離れながら,代わりに3人を絶対に絞首台送りにすることを固く誓った。


「チィトさんっ,ナロゥさん! 待って下さい!」


 背後から俺達を呼び止めるメアリの声が聞こえた。振り返ると青ざめ焦燥した表情のメアリがこちらへ駆け寄って来る。


「ギルドでのやりとりを聞いていました。……カクヨムさん殺害の証拠を議会に認めさせるつもりなら,お役に立てる方をご紹介できるかもしれません」


 急いで俺達を追いかけて来たせいで肩で息をしながらメアリは胸を抑える。俺はこの発言の意図が上手く掴めず,彼女の息が整うのを待った。


「どういうことだ?」

「以前レヴァルを訪れた際仕事で知り合った方がいるのですが,その方がいわゆる探偵業を営んでいるんです」

「探偵ですか?」


 ナロゥが怪訝そうに問い返した。俺もメアリの発言に困惑を覚える。


 エストラント王国には元の世界でいう警察のような捜査機関は存在しない。逮捕権限は王国憲兵が有し公的被害が生じた場合は議会が調査団を派遣することはあるが,私人が被害を受けた場合その被害者が糾弾して初めて加害者が逮捕されるケースがほとんどだ。このため裕福な商人や実力のある勇者・狩人(ハンター)は自ら加害者を逮捕させるための証拠や情報を集めることができるが,一般市民や貧困層は泣き寝入りすることも少なくない。


 幸いレヴァルではあまりにも被害が深刻な場合手を差し伸べる有力商人が一定数いるし,俺達優和派は頼まれればタダで可能な限り加害者を捕らえてきた。しかし俺達素人にできるのは精々目撃者の証言から疑わしい者を洗い出すことくらいだ。物証を集め客観的に犯行を証明する公的機関は存在しないし,在野にそんな専門家がいるなんて噂耳にしたこともない。


「その方は普段占星術を中心に占いで生計を立てていますし,最近転移してきたそうなのでご存じないかもしれません。ただ既に何件も事件を解決していて,中には議会商人から依頼を受けたケースもあったとか。実際わたしが知り合った時も証拠を議会に提出して事件を解決に導きました。実績は十分のため依頼してみてはいかがでしょう」


 俺とナロゥは顔を見合わせる。カクョムの自宅周辺で目撃証言は期待できないだろう。証拠を集めると言っても,具体的なアイディアさえ持っていない素人には願ってもない提案ではあるが……


「そいつの名は?」

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