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ミステリオタクですが異世界転移しちゃいまして  作者: 阿久井浮衛


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7/19

episode 7

「あ,チィトさん。お早いですね,昨日結構飲まれていたのに」


 翌日の朝。前日同様,ギルドが受付を開始して間もない頃に顔を出したらメアリに声をかけられた。態々拠点であるタリンから出向いているのだ,彼女にしてみればのんびり寝ている時間すら惜しいのだろう。弱いくせに限度を知らず飲みまくるナロゥはもちろん,朝一で顔を出すと言っておきながら姿の見えないカクョムにも爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。


「そっくりそのまま返すよ。量はそれほどとはいえ,度数の高い酒飲んでいただろ。案外強いんだな」

「商談の席でお酒を飲む機会も少なくないですし,自然と鍛えられただけですよ。そんなことよりも,ビッグニュースです」


 メアリはそう言って俺の右手を両手で掴み掲示板の前へ引っ張る。他意はないと分かっていても,その大胆な行動に内心の動揺を顔に出すまいと必死に取り繕う。


「ほら,ランクS5の依頼ですよ! 今度はオークの群生が確認されたようです!」

「報酬は100万Tか……!」


 連日のS5+ランクの依頼に自ずと固唾を飲んだいた。


 昨日横取りされただけにぜひともこの報酬は欲しいところだ。見たところ専横派の連中は今日はまだギルドに来ていない。やつらが気付く前に動き出したいところだが,生憎昨日のドラゴン討伐で魔力を大分消費してしまった。回復薬(ポーション)も使ったが全回復にはほど遠いし,仮に万全の状態だったとしてもランクから判断するに単独での討伐は難しいだろう。昨日と同じ編成で臨みたいところだが,ナロゥとカクョムが起き出すのをちんたら待っていたら専横派に先を越されないとも限らない。


「……仕方ない,こっちから迎えに行くか」

「ナロゥさんとカクョムさんのご自宅ですか? ご存じなんですね?」

「俺含め緊急時に備え互いに把握済みだ。基本プライベートには不干渉なんだが,何度か家飲みしたことはあるしな。さすがにS5+の案件を連続して専横派に持っていかれるわけにはいかない。文句言われようとも叩き起こしに行くさ」

「……午前中はギルドにいる予定なので,入れ違った場合の言伝は預かれますよ」

「頼みたいのは山々だが,今懐が寂しくてな」

「もうっ,このくらいで手数料取るほどケチじゃありません!!」


 俺の軽口にメアリはぷっくり頬を膨らませる。彼女の年齢よりもやや幼げな仕草を微笑ましく感じるのは,間違いなく転移前の人生を引き摺っているせいだろう。


「ごめんごめん,俺が悪かったよ。じゃあナロゥかカクョムが来たらここで集合するよう伝えてくれ。仮に専横派と出くわした場合はできるだけ時間を稼ぐようにも伝えてくれると助かる」

「分かりました」


 メアリの返事を聞くとすぐ踵を返す。2人の自宅は少々距離がある。ギルドを出て大通りまで急いでいる間,どちらから回ろうかと逡巡する。けれどギルドのある裏路地を抜ける頃には先にナロゥの方へ向かおうと決まっていた。すれ違いが起きる確率が高いのはどう考えたってカクョムの方だろう。


 大通りを南へ駆け抜ける。ナロゥの自宅があるのはレヴァル南城門入って直ぐの繁華街エリアだ。ギルド前の大通りでは帝国や王都商人相手の大規模事業の商談が交わされるのに対し,南の繁華街エリアは個人商店が多く集まる。食料品や日用品,魔法具店や武器屋など様々な小売店が中心だ。


 近隣住民の普段使いはもちろん,城門に近く宿も少なくないからレヴァルを訪れた商人や旅人も利用する。家賃も低く俺も駆け出しの頃はそちらに部屋を借りていた。ある程度収入が安定してくると都心部へ引っ越したくなるものだが,武器屋や加工場が多いためナロゥは今も住み着いているようだ。


 ギルドから走ること10分,ようやくレヴァル南部の繁華街エリアに到着した。このエリア最大の食堂の角を曲がった時,顰め面で頭を右手で押さえながらトボトボ歩くナロゥの姿が正面に見えた。向こうも気付いたようで力なく頭を押さえていた右手を上げる。


「あれ,珍しいですね。チィトさんがこちらにやって来られるなんて……(いて)て」

「思ったより二日酔いは酷くなさそうだな。付いて来い,カクョムを叩き起こしに行くぞ」

「えっ,どういうことですか?」

「S5の依頼が出ているんだ,詳しい説明は道中でやる。途中吐くなよ!」


 ナロゥの返事を待たず俺はまた走り出す。

 カクョムが住んでいるのはレヴァル西側,一応城門の内側だがほとんど都市の外れだ。この繁華街エリアとは対照的に,周囲に商店はもちろん民家すらない。生活するにはかなり不便な場所だが「騒がしい方がよっぽど面倒だ」と当人は全く気にしていない様子。本人が不便な分には勝手にすれば良いが,こうして会う必要がある時ははた迷惑だ。まぁ,そんな機会は年に数回あるかないかの頻度だが。


「へぇー,連日S5+ランクの依頼が出るなんてことがあるんすね。僕初めて聞きました」


 カクヨムの自宅へ向かう道中事情を話し終えると,ナロゥは感嘆も声を上げた。


 確かに,S5+ランクの依頼は通常月1回あるかないかの頻度だ。1月の内にというならまだしも,連日出されるなんて前代未聞。俺も初めての経験となる。それだけに,報酬を全て専横派に持っていかれるのだけは何としても避けたいところ。


 ナロゥも切迫した状況が飲み込めたのか無駄口を叩くのを止め走る速度を上げた。ふむ,この様子ならオーク討伐に二日酔いの影響はほとんど出なさそうだ。


 それから30分ほど走り続け,ようやく俺達はレヴァルの外れ,西側のエリアに到着した。


 道路も舗装されており建物も密集しているため,一見すると賑わっているように見える。だが俺達以外に往来を歩く人の姿はない。都市特有の喧騒もなく,ともすれば耳鳴りしそうなほど静まり返っている。


 聞けば,大昔レヴァルの中心は西側エリアだったらしい。老朽化に伴う首長官邸や議事堂の移転に合わせ都市機能が丸々中央エリアに移ってしまい,住人もいなくなってしまったそうだ。中央エリアに近付くとまだ点在して住人はいるそうだが,レヴァル最西端のこの付近はほとんどゴーストタウンと化している。朝方だからそんな印象を受けないが,今視界に入っている建物は全て廃墟だ,夜になると真っ暗で物悲しい雰囲気を纏う。


 だからこそ,人込みを嫌うカクョムはこの場所を気に入ったのだろう。俺も東エリアの閑静な住宅地に住んでいるが,さすがにここまで静かだと落ち着かない。それに生活の利便性を捨ててまで静寂さを求める神経は理解できなかった。


「カクョムさんが寝坊するのも珍しいっすね」


 西側の城門へと続くメインストリートを右に曲がり,細く影のかかる脇道を進みながらナロゥは両手を組み頭の後ろに回す。


 確かに珍しいが,お前だって二日酔いじゃねぇか。自分のこと棚上げして人にどうこう言える立場ではないだろうに。


 呆れを胸の内に何とか納めた時,ようやくカクョムの自宅に到着した。


 カクョムの住居は2階建ての戸建てだ。元の住人が去り空き家となっていたところを,この家の所有権を相続したその子孫を探し出し譲ってもらったとのこと。その子孫自体,自分が所有権を持っていることも知らなかったそうだから,カクョムの偏狭染みた執着心が窺える。


 ナロゥが玄関扉を乱暴に叩きながら声を張る。


「寝坊助のカクョムさーん!! お迎えに上がりましたよー!!」


 静まり返ったこの場所でその声とノックの音は派手に響く。けれど家の中から反応はない。文句の1つでも零しながら出てくるものと高を括っていたが,まだ寝ているのだろうか。ナロゥは引き続き扉を叩き叫んだ。


「もういい加減起きてくださいよー!!! S5の依頼出てるんですって!!! このままじゃ専横派に取られちゃいますよー!!!!」


 先ほどよりも大きな声だが,やはりカクョムは顔を見せない。できるだけ無駄な魔力を消費したくないが,以心伝心(モイライ)で直接呼びかけるしかないか。


「起きてきませんね。魔法で叩き起こすしか……ってあれ? 鍵かかっていない?」

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