episode 6
「だぁあああ!! 専横派の野郎共ムカつく!」
その日の夜,行きつけの酒場でナロゥは空にしたグラスを叩き付けた。何杯目かは数えていないが,大分酔いが回ってきたようだ。飲み過ぎないよう気を遣ってやった方が良いだろう。しかし構わずメアリはナロゥの空いたグラスにエールを注いだ。
「高難易度の依頼を熟しているため強くは出れないですけど,組合側も彼らへの対応には苦慮しているようですね。聞いた話では横取りに関し禁止事項を定めるよう求める陳情が増えているとか」
技術的に難しそうですけれど。そう付け加えカットしたステーキを頬張る。左手におかれたグラスを見ると,シードルは半分ほど減っている。ペースは遅いが下戸というわけでもなさそうだ。カクョムは串焼きに齧り付く。
「しかしこれまで暗黙の了解で済ませていた慣習を明文化した規則として定めなきゃ,今後も専横派の横行は続くぞ。俺らはまだ他の依頼で損失分を回収する余裕はあるが,他のサーバーはそういうわけにもいかない。以前よりエスカレートしていることを考えると被害は益々大きくなる可能性も高い」
「そもそもの疑問なんですけど,専横派と優和派ってどういう経緯で対立するようになったのですか?」
メアリの問いに思わずカクョムと顔を合わせる。当事者である俺達にとっては自明のことだが,考えてみれば勇者でない立場からするとそう疑問に思うのも当然のことなのかもしれない。カクョムは一旦エールを呷った。
「現在レヴァルに拠点を置いて活動している勇者は7人,内4人が優和派で残る3人が専横派だ。派閥を問わずキャリアが最も長いのが俺で,その次が各派閥のリーダーであるチィトとオレツェだ。この2人はほぼ同じ時期に転移したんだが,初めの内は派閥なんて存在しなかった。派閥のようなものができ始めたのは,元はオレツェとライバル関係にあったザマァが奴と組むようになってからだ。それまでは横暴に振舞っても勇者同士で牽制し合っていたのが,奴らが徒党を組んだことで勇者1人では抑えられなくなった。本格的に派閥に分かれたのはテンセィが頭角を現した辺りだったか」
カクョムの言葉に俺は記憶を掘り起こす。当初はカクョムとは言葉を交わしたことのある顔見知りという程度の関係だったし,オレツェは馬が合わない感じの悪い奴という認識だった。各々が単独で行動することが多かったから,そもそも接触する機会自体少なかったのだ。
「そもそもの話をすれば,俺らは互いに自ら派閥を名乗ったわけじゃない。奴らが身勝手に振舞いその被害を受けたこっちの住人や転移者に頼まれて,俺らが初めて抑止に動くというようなことを繰り返していた。ただ奴らの利己的な振る舞いがやがて常態化し,放っておくと俺らにまで害が及ぶようになってからは,頼まれずとも自発的に動くようになった。要は利他的にというよりも自分達の利益を守るため動かざるを得なかったわけだな。奴らに対抗するためには単独では対応できない。ならこっちも初めから組んで対抗しよう,って流れで優和派が結成した。ナロゥがこっちに来る頃には,転移者の間ではすっかり専横派と優和派の名称が定着してたってわけ」
「へー。何となくは知っていましたけど,派閥結成の経緯をはっきり聞いたのは初めてです。優和派の方が先にできたのかと勝手に思っていました」
つまみの燻製肉を齧りながらナロゥは感嘆する。彼は優和派の新参側のため,派閥の対立があって当然の認識なのだろう。
俺達は優和派と呼ばれているが,別段確固たる思想や意思があるわけではない。最終的には回り回って自分達の損益に繋がるから,この世界の現住人や転移者と調和的な関係を築こうとしているだけだ。もちろん困っている人を見れば助けるし,そこに初めから見返りを期待しているわけではない。ただただ当たり前の,困った時はお互いさまという互助の精神。折角前世では不遇の死を遂げたのだから,この世界では自らの望むように清々しく生きようという,当たり前の感覚を共有しているだけだ。
しかし専横派は違う。あいつらは既に一度死んでしまったのだから好き勝手生きても構わない。そんな一種の破れかぶれの考えが根本にある。しかしそれだけに,強烈な欲求を充足するという点で連帯感がある。
一度死んだ後勇者という圧倒的優位な立場に転移できたのだから,欲望を満足させるために能力を駆使して何が悪い? 現住人や他の転移者は欲望を成就させるための駒,見下し搾取することの何が悪い?
そんな考えが透けて見える。真実か否かは定かでないが,奴隷制が禁じられているここレヴァルにおいて金に物を言わせ性奴隷同然の扱いを受けた者もいるという噂を耳にしたこともある。
同じ勇者である優和派を害するだけならまだ我慢できるが,それ以外の職業から搾取するような暴虐は看過できない。これまでは衝突のリスクを避けてきたが,全面闘争も視野に入れなければならないかもしれない。
「素人質問で恐縮ですが,専横派と優和派の戦力図はどんな感じなんです?」
ステーキを食べ終え,メアリは両手でグラスを持ち少しずつシードルを口に含む。その愛らしい仕草に微笑みそうになるのを堪えつつ,俺は両派閥それぞれのランクを思い返す。
「純粋な戦闘力だけで言うなら,頭一つ抜けているのはオレツェだな。単純に過去最高ランクの5Sで体力・魔力共に図抜けている。魔法具や戦術も考慮した場合そことトントンに持って行けるのが4Sの俺・カクョム・ザマァの3人か。両派閥新参側は驚異的なペースでSランクに到達しているが,3Sを2人擁している優和派がやや戦力的には優勢かな。テンセィは2Sだがステータスの振り方が謀略タイプだし,専横派はオレツェをカリスマとする専門家集団といったところか。対照的に,優和派は全員得手不得手のない万能家集団と言える」
「成程。……商人の立場から正直に申し上げると,思想や能力面でも安定的な協力関係を築きやすいのは優和派の皆さんなんですよね。ギルドや組合側へ規則の見直しを働きかけたことはないのですか?」
「改定が必要じゃないかと内々で議論したことはあるんだがな。俺を含め生憎戦闘バカばかりで政治に疎い連中の集まりだから,具体的な政略を練れずにいつも棚上げに終わっているんだ」
「まぁ。今回の築けるレヴァルでのコネクション次第ですけれど,それでしたらわたしが渉外役を担当しましょうか? 料金は別途見積次第ですが」
「商売上手だな。こっちが適正価格か判断できないことは分かっているんだろう? 足下見ないでくれよ」
俺の軽口にメアリはクスクスと上品に笑う。ナロゥも調子を合わせ「依頼はもちろん,魔石収集にも精を出さないといけませんねー」と笑った。
「……マジな話をすれば,当面はクエストより規則改正に向けた資金稼ぎが優先か。ギルドにしろ組合にしろ,働きかけるには金が要るだろう?」
さすがに状況が読めているらしいカクョムの冷静な提案に頷く。
今日回収した魔石をメアリに通常価格以上で買い取って貰ったが,クエストの準備費用はもちろんクライアント側に働きかけるにも魔石売買だけでは何年かかるか分かったもんじゃない。Sランク以上の依頼を熟さないと話にならない。つまり現状のルールの下専横派に先んじて依頼を受け,横取りされず報酬を稼ぐ必要がある。カクョムはグラスに残っているエールを呷る。
「かったるいが,明日から真面目に軍資金稼ぐか」
「ええっ!? カクョムさんの辞書に真面目という言葉が載っているんですか!?」
「あのな,魔石売買で出し抜こうとした前科がお前にはあるってことを忘れんなよ。万が一明日Sランクの依頼があった時,俺かチィトの監視付きだからな」
そう言ってすっかり酔いが回ったらしく顔が赤いナロゥの頭をカクョムは叩く。卓上に残っていた瓶から空になったグラスへエールを注ぎながら続けた。
「ま,そういうわけで明日は朝一からギルドに顔出すわ。こいつはともかくお前まで酔い潰れるなよ」
「ナロゥほど弱くねーから余計な心配だな」
俺の返しにカクョムはカラカラと笑った。
これが,カクョムとの最期のやり取りになるとは,この時の俺には知る由もなかった。




