episode 5
「武神の大太刀!」
頭上からカクョムの声を遮り魔法名を叫ぶ男の声が聞こえた。
ハッと顔を上げると,空中で大剣を地上に向けた男が加速しながら落下し始めるのが見えた。男が両手で柄を握る大剣は,猛スピードでドラゴンの首に突き立てられる。そのまま男は速度を弱めることなく,大量の血飛沫を周囲に撒き散らしながらドラゴンの首を切り落とした。
「何横取りしてんすか!?」
血飛沫が治まるのを待ち,ナロゥはドラゴンの首を切り落とした男に抗議する。その男,オレツェは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ギルドの規則に討伐の最中獲物を横取りしちゃいけないなんてルールあったか? サーバーが重複して同じ依頼受けることはあるし,クライアントは成果主義だ,原則現場には口出さねぇ。早い者勝ちはギルドの暗黙の了解だろ」
「……同じ依頼を受けることがあっても,討伐が始まっているなら横取りしないのが最低限のマナーだろう。それにお前が首を切り落とせたのは俺達が先に攻撃して弱らせていたからだ。徒に魔力を浪費するだけで報酬ゼロになるリスクを考えれば,真面目に依頼を受けず横取り合戦に参戦する方がどう考えたって得だ。大多数のサーバーがそう考え最適化を図った場合,真面目に依頼を受けるサーバーは拠点を移し達成率の低下からクライアントもやがて依頼を出さなくなる。横取りを認めれば需給バランスの崩壊は馬鹿だって予測できる,ギルド側がそれを看過するとは思えないがな」
「チィトさんともあろう方が意外ですねぇ」
オレツェに反論すると,不意に背後からキンキンと甲高い嘲笑いが鼓膜を震わす。残念ながら今朝のお呪いに効果はなかったようだ。眉を顰めながら振り返ると,案の定金魚のフンのテンセィがニタニタ嫌な感じの笑みを浮かべていた。その背後にはザマァが眠そうに欠伸を噛み締めている。専横派勢揃いらしい。
「魔物に止めを刺した者の魔傷痕が,ギルドが討伐の成否を判定する唯一の基準です。いくら詭弁をこねくり回そうと,ギルドがオレツェさんのドラゴン討伐を認可することは分かり切っているでしょうに」
いかにも虎の威を借りる狐らしく,安全圏から正論を述べるテンセィに思わず舌打ちする。
ただやつの言うことも尤もだ。魔物を魔法攻撃で仕留めた際,仕留めた側の魔力が痕跡として残る。これを魔傷痕と言い,いわば元の世界における指紋のようなものだ。
魔傷痕が残るのは最後に止めを刺した魔法攻撃のみで,それまでに他の者がいくら魔法攻撃でダメージを与えようと魔傷痕が残ることはない。つまり,このドラゴン討伐における俺達の貢献を主張する手立てはない。
手柄を横取りするだけならオレツェだけで十分だろう。にも拘わらずテンセィとザマァを連れてきたのは,こちらと戦力を拮抗させることで俺達が無駄な衝突を避けると踏んだからだろう。実際オレツェ1人だけならともかく,ドラゴンとの交戦後消耗した今の俺達がこいつらに勝てる見込みは低い。無駄に手傷を負うくらいなら損切りでも身を引くのがどう考えても賢明だ。
ただそうと分かってはいても,こちら側から折れると見越して端から報酬を横取りするつもりだった専横派に対する怒りは治まらない。特に一番ランクが低いくせに,オレツェおべっかを使っているだけで何かを成し遂げたつもりのテンセィに舐められるのは気に食わない。
「……ここで派閥争いの決着をつけてもいいんだぞ」
只ならぬ気配を感じたか,ハッとテンセィの顔に緊張が走る。俺は左腰に差した剣帯から抜刀する。背後から「チィトさん!!」とナロゥの呼び止める声が聞こえるも,聞き流し剣を構える。
「武神の一閃」
唱えると同時に剣を振るった。途端魔力を帯びた見えない斬撃が次々放たれる。目に見えずとも,Sランク以上の勇者なら検知は容易い。己の方へ向かってくる斬撃を知覚できたのだろう,テンセィは怯えた表情で「ひいっ」と腰を抜かし倒れ込む。
けれど斬撃はテンセィに衝突する直前上昇し,垂直方向にターンするとドラゴンの死骸に突っ込み粉塵が舞う。砂埃が治まると,四肢と尾,両翼が切り分けられたドラゴンの死骸が現れる。ギルドに登録したサーバー同士の争いはご法度だ。しかしこの程度の脅しなら攻撃とは見なされまい。
「運搬・加工がしやすいよう切り分けただけだが,何をそんなに脅えているのかな?」
テンセィの顔が屈辱で歪みサッと赤くなる。これで鬱憤がすっかり晴れるわけではないが,いい気味だと鼻を鳴らした。
「弱い者いじめはその辺にしておけ」
呆れたように制止するオレツェの声に「どの口がほざいてやがる」と反論が口先まで出かかる。専横派にだけは「弱い者いじめ」呼ばわりされたくない。
「何のことやら? 礼を言われども文句を言われる筋合いはないはずだが?」
「あー分かった分かった,ねちっこいやつめ。ここらで手打ちだ,さっさと去ねや」
言われずともこれ以上不快な連中と同じ空気を吸うつもりはない。変わらず上から目線のオレツェに苛立ちつつ「タラリア」と唱え空へ飛び立つ。ナロゥとカクョムがついてきているか確かめることもせず,衝動に任せてレヴァルへの帰途を飛行した。




