episode 34
「その場合十中八九融和派は恩を着せて来るでしょうね。君は男の子だからピンと来ないんだろうけど,連中の目には明らかに『圧倒的に有利な立場ながらも原住民や他の転移者と対等に接してやっている』ことへの見返りを期待する下心が混じっていたわ。それも自分達から返礼を要求した時の非難を恐れた,責任逃れの受動的な打算がね。彼らが首尾一貫しているのは自ら責任を負ったり追及されることを極端に厭うものの,転がり込んでくる恩恵にはしっかり与かろうとする卑怯者の発想よ。さも自分達は異世界でハーレムを構築することに興味はありませんって澄ました面していたけど,周りが勝手にチヤホヤしてくれることを望んでいたのはバレバレ。融和派と協力していた場合要求がエスカレートしていくことは目に見えていたから,アイリーン達が彼らの殺害も決めたのは英断だったわ」
「うーん,そういうものなのかなぁ」
ボク自身はそういった視線を感じていなかったので,メアリの言う通り今一つ納得いかなかった。「君自身も似たような目線は向けられているはずだけどね」とメアリは肩を竦める。
「それに融和派を活かしていた場合,専横派という対抗勢力が無くなった影響が予測し辛いという懸念もあった。派閥争いが無くなった融和派が増長しないという保証はどこにある? 2つの派閥の区分は物理的な差や魔法・魔力に由来する具体的なレギュレーションに基づくものでもない,あくまでメンタル面での勇者以外に対する接し方の違いだった。それならいつ逆の態度に宗旨替えしないとも限らないわ。転移前の世界で言うところの核が分かりやすいかしら? 突出した存在というのは反対勢力がなくそれ単体で存在しただけで周囲を不安にさせるものよ」
「そっちの理由の方がまだ納得できるかなー。まぁ,自分達に危害を加えかねない存在は出来る限り取り除いておきたいという考え自体は理解できるしね。ただ,それにしてもリスクを負うことには変わりないよね。勇者殺害の実行犯として身を潜め続けなければならないわけだから」
いつ絞首台に送られるとも分からない恐怖を抱えた生活ではストレスも尋常ではないだろうと思ったのだけれど,メアリは今までボクが目にした彼女の表情の中でも最も冷酷な嗤い顔を浮かべた。
「ここから話す内容は直接アイリーン達から聞いたわけではないわたしの推測に過ぎない。根拠はないし深入りしたら命の保証はないわ,長生きしたければ聞かなかったことにするべきね。……この件でアイリーン達が逮捕される可能性は著しく低いはずよ。わたしや君に支払われた報酬含め,アイリーン達の資金源を遡っていくと十中八九レヴァル議会に辿り着くでしょうから」
「はぁ!? どういうこと?」
予想外の言葉に驚くも,エストラント王国を取り巻く国際情勢を考えるとその理由も容易く推察できた。
「……そっか,地政学上の影響を勇者のオジサン達は考えなさ過ぎたんだ」
「ご明察。文字通り出る杭が打たれたわけね」
メアリは皮肉そうに唇を弧の字に歪めたまま,芝居がかった仕草で拍手する。肯定する彼女の言葉で事件の裏に隠された面白くない事情が次々と察せられてボクは興が醒める思いがした。
レヴァルが自治を認められているのは王国と隣接する2大帝国との交易を介したエストラント独立への貢献が認められたからだ。裏を返せば,エストラント王国はそれだけ両帝国による侵略の危機に曝されてきた歴史を有するということ。
王国単体でどちらか一方の帝国に立ち向かうだけの軍事力すらないし,これまで存続できた一因はレヴァル商人が国際情勢を正確に読み取り両帝国貴族の懐を潤してきたことに依拠する。圧倒的な軍事力を有する両帝国の顔色をレヴァル中心に伺うエストラント王国という絶妙な関係性があったからこそ,平穏がどうにか維持されていたのだ。
そんな状況でレヴァルに立て続けに勇者が現れた場合,どのような影響が生じ得るだろうか。深く考えを巡らせるまでもないだろう,これまで保たれていたパワーバランスが崩壊する可能性が極めて高い。
両帝国に領土を接し国際情勢を睨みながらどうにかこうにか薄氷を歩いてきたレヴァル商人にとって,派閥を問わず勇者の存在はこれまで懸命に守ってきた3カ国のバランスを崩す傍迷惑な存在でしかない。その名声がエストラント国内に留まっていればまだ情報を統制することができるかもしれないが,国境を越え帝国にまで届くようになれば事態は一変する。
エストラント王国が単独で帝国の軍事力に対抗できる戦力を有していることが伝わってしまうと,両帝国は王国が自分達に反旗を翻すことを警戒するだろう。対立する帝国同士が表立って手を組むとは考え難いが,一方と王国が争っている間漁夫の利を得ようと混戦に持ち込まれることは十分あり得る。
そうなると衝突や紛争のレベルでは収まらず,他の国を巻き込んだ大戦に発展する可能性だってある。その結果の如何は予測が難しいものの,間違いなく中心地であるエストラント王国は消失しているだろう。帝国に併合されるか属国となるかは不明だが,王室存亡の危機であることは明らかだ。そうなるとレヴァル商人だって多大な損失を被ることになるし,将来に渡る事業機会を失うだろう。商人達の立場からすると,戦争に発展することだけはどんな手段を使っても避けなければならない。
しかしエストラント王国の軍隊では勇者1人にすら太刀打ちできない。勇者に王国を出て行って貰うことが代案として考えられるが,レヴァルよりも市民の権利や自由が制限される帝国への移住を勇者達が受け入れる確証はない。
しかも移住すれば全てが解決するというような単純な問題でもないのだ。どちらか一方の帝国に移っても当然パワーバランスがそちらに傾き王国滅亡の危機となる。ではそれぞれの派閥が別々の帝国に移住した場合はどうなるだろう。帝国戦力としては確かに拮抗するだろうが,只でさえ太刀打ちできない軍事力に勇者と言う強大な力が加わるのだ。帝国の出方が読めず王国にとってはそれも不安が残る。
そもそも帝国へ勇者の存在が知られた時点で,水面下で戦力を貯え反逆を企んでいたと難癖を付けられかねない。他の国を候補に入れても事情は大きく変わらないだろう。強大な戦力が移動するのだ,国際情勢の不安定化は避けられない。他の可能性以上にエストラント王国への影響が予測できないのだ。
結局のところ,帝国に勇者の存在を知られない内にいなかったことにしてしまうのがレヴァル商人達にとって最も理想的な選択肢だったのだ。そうと分かると専横派の性奴隷を獲得する試みも,議会は詳細の把握とまではいかなくとも蛮行を見て見ぬ振りをすることくらいはやっていたのではと疑わしくなる。




