episode 30
肝心のアイリーンの依頼とは,彼女を含むこの世界へ転移してきた女性達が結託して派閥を問わず勇者達を殺害している間,勇者達に事件の真相を悟られないよう彼らの推理を誘導するというものだった。
この内容なら確かにボクが勇者のオジサン達から殺人事件の証拠集めの依頼を受けたとしても,議会から共犯の烙印を押される見込みは極めて低い。要は単純に敵対する派閥こそが殺人犯と思わせ,ボク自身は証拠集めが難航している振りをするだけで良いのだ。
仮にレヴァル議会が勇者のオジサン達からボクが依頼を受けた事実を知り得たとしても,故意に進捗を遅らせていたと立証することはほぼ不可能だ。譬え立証できたとしても,アイリーン達との報酬の受け渡しの証拠を掴まれない限りボクの事件への関与を主張することはできまい。
唯一あり得そうなのはアイリーン側からの曝露だろうけれど,ボクの関与がリークされるのは彼女達が窮地に立たされた時くらいだろう。彼女達にとってもそんな本末転倒な事態に陥ることだけは何としても避けたいはずだから,この点は彼女達を信じて良いだろう。
依頼の承諾から2日後,アイリーンはメアリを引き連れて具体的な打ち合わせのため改めて訪れた。実を言うとメアリとはこの時初対面だった。
アイリーンによるとメアリも僕と同じく勇者殺害の主犯ではなく協力を要請された側らしい。というのもメアリはタリンを拠点に魔法具の生成・販売する傍ら転移者相手に万屋を営んでいるという。アイリーン達がメアリを頼ったのも後者の事業で契約を結んだとのことだ。
もっとも,ボクと違ってメアリは勇者殺害計画において初めから中心的な役割を担うことが決まっていた。魔力量や習得済みの魔法のランクの差などを踏まえると,誰がどう考えたって正攻法で勇者を殺害することは不可能だ。しかも殺害対象となる勇者は7名。一度に殺害することは物理的にも魔力・魔法的にも不可能。個別に殺害していく必要があるが,勇者が次々に殺されれば生き残っている勇者は当然警戒する。勇者以外の者による犯行だと疑わせないことが望ましい。
そこで白羽の矢が立ったのがメアリのギフトだった。
そもそも勇者の殺害と口で言うは容易いが,実際に職業が勇者でない者に勇者を殺害することは難しい。発動できる魔法の出力が根本的に異なる上,毒に対する耐性も含め勇者の肉体は頑丈過ぎる。アイリーン達も搦め手を使う必要性を理解していたから,計画を練り始めた段階でメアリへ依頼することを決めていたらしい。
メアリのギフトである併合を利用するメリットは主に2つある。先ずは1つ1つは出力の低い魔法でも,融合することで勇者を殺害できる威力を持たせることができる点だ。もう1つは,複数人による犯行だと疑われにくいことだ。勇者にしか使えないレベルの魔法で殺害されているなら,真っ先に疑うのは他の勇者による犯行だろう。付け加えると融和派と専横派で対立している状況も,勇者全員を殺害するには好都合だった。
ただメアリの協力をもってしても,この殺害計画には致命的な瑕疵が残る。
それは勇者1人を殺害する魔法を発動するには数十人頭数が必要なことだ。しかも勇者を1人殺害した時点でその共犯者全員の魔力が尽きてしまうから,次の犯行に移ろうとすると新たに数十人マンパワーを搔き集めなければならない。その上共犯者全員が全員同じ魔法を習得できているわけでもなかった。共犯者の個々の職業で習得できる魔法には制約があり,異なる魔法での殺害が必至だったのだ。
加えて,勇者殺害後魔力の回復を待つ期間を設けなければならないことも計画段階で予見されていた。実行犯が1人2人くらいなら回復薬を使うこともできたかもしれないが,数十人分の回復薬となるとさすがに金がかかり過ぎる。自ずと魔力の自然回復を待つ必要が生じ,長期の殺害計画となることが見込まれた。
アイリーン達の事前の試算の結果,1人の勇者を殺害するためには平均的に20名から30名の人手がいること,共犯者全員で実行可能な殺害方法は刺殺,焼殺,毒殺の3つに限られること,魔力の自然回復には最低3週間を要することが明らかになった。
アイリーン達が特に危惧したのは,殺害計画が長期に及ばざるを得ないことだ。殺害当初は派閥の対立から勇者達はお互いの犯行を疑い合うだろう。しかし数が減るにつれ勇者以外の者による犯行が疑われる可能性は高まって行く。想定される最悪のケースは勇者達が派閥争いを一旦棚上げにし,犯人捜しのため互いに手を組むことだった。さすがに結託した勇者達が相手では太刀打ちできず,実行犯全員が絞首台送りとなりかねない。
そこで勇者以外の犯行の可能性からオジサン達の意識を逸らすため,ボクにミスリード役が回ってきたというわけだ。依頼に来た当初アイリーンはボクのギフトを知らなかったが,結果的には直接勇者のオジサン達との交渉役としてボクを選んだのは最適な人選だった。譬え勇者が相手でもボクなら殺される心配はないのだから。
「……殺害計画そのものには一枚も噛んでいないから詳細は聞いていないんだけど,殺害順序にも意図があったんでしょ?」
一頻りメアリが笑い終えるまでのタイミングを見計らい疑問を投げかける。ボクの問いに彼女は笑い声を引っ込めるも,酷薄に唇を弧の字に歪めた。
「ええ,もちろん。わたしのギフトを使っても魔力上の制限から,短期的に連続して殺せるのは最大3人まで。その上対立する派閥に犯行容疑を向けさせ続けるためには,できる限り両方の派閥の勇者に生きていてもらう必要がある。それなら両派閥の勇者を順繰りに殺していくことになり,人数の多い融和派から狙っていく方が都合が良い。この条件下で最初にターゲットとすべきは明らかにカクョムだった」
「えーっと,一番勇者として経験を積んでいる人だっけ? ボク直接会ったことないんだけど,どんな人だったの?」
「派閥の別を問わず,勇者の中で最も頭がキレて最も警戒心の強いオジサンね。レヴァル西側の廃墟と化した地域に居を構えている時点で警戒心の強さが窺える。恐らく同じ融和派の勇者相手でも本心では信頼していなかったんじゃない? じゃないと敵襲に備えて態々生活の便の悪い西側エリアに住まないでしょうね」
「へぇ,メアリさんにそこまで言わせしめるとは。後回しにしていた場合,計画完遂の障壁に成り得たと考えているわけだ?」
「あくまでも脳足りんのオジサン達の間での相対評価でしかないけどね。それくらい他の連中が鈍感過ぎた……というより,勇者という職業に燥いでいたんでしょうね。あの胡散臭い神様とやらが何故ギフトを勇者以外の職業に与えたのか,その意味を良く考えていればまだ生き延びれた可能性もあったでしょうに。大方夢にまで見た異世界で勇者に成れると聞いて脊髄反射で飛び付いたんでしょ」
慌てる乞食は貰いが少ないってことね,とメアリは鼻で笑う。その口振りからあの自称神様による転移者への説明はどうやらお決まりらしいことが伺えた。ボクは転移した時のことを思い返す。




