episode 3
「どうしてそんな価格で買い取れるんだ?」
「都合良過ぎて却って警戒しますよね。理由は私のギフトにあります。結論から言うと付加価値を付けて利益を上げることができるからです。デモンストレーションをご覧に入れましょう」
彼女の言うギフトとは勇者以外の職業に発現しうる特殊技能のことだ。通常習得できる魔法や技術では実現できない現象や性質を発生させ,魔力を消費することなく利用できるという。
こちらの世界の住人は極まれに発現することがあるが,噂によれば勇者以外の職業を選んだ転移者はほぼ全員ギフトを付与されているらしい。俺が知っている例だと,魔法の発動タイミングをずらしたりHPやMPがあるタイミングで完全回復するギフトが存在する。
因みに,勇者はギフトを発現できない代わりにHPやMPなど基礎能力が高く,また経験値も多く獲得できるため習得できる魔法や技術の数も相対的に多い(確かあの神様の話では,そうすることでこの世界のバランスを取っていると言っていたか)。
メアリは右掌を上に向け腕を伸ばす。短く「フレア」と呟くと,彼女の右手の上でボゥッと炎が浮かび起きた。
「釈迦に説法でしょうけれど,ランクすら付かない初級魔法です。同じく初級魔法に『カット』がありますが,どちらも精々調理にしか使えない魔法ですよね」
メアリの言葉に俺は頷く。フレアは拳大の炎を発生させる魔法だ。火力は弱いし発動中魔力を消費し続けるため効率が悪い。勇者クラスの魔力量があればそのまま利用し続けることもできるだろうが,その他の職業では火種くらいにしか使えないだろう。
カットも対象物を切断する魔法だが,人力でナイフを使った程度の切断力しかない。切断対象の硬度にもよるが,それこそ食材を切るくらいの威力しか発揮できない。どちらも職業を問わず,センスが良ければ齢1桁で使えるようになる魔法だ。
「私のギフトは併合です。簡潔にいうとこれは魔法やその性質同士を融合することができる特殊技能です。今発動しているフレアにカットの性質を併合するとこうなります」
彼女が「カット」と言うや否や,燃え続ける炎が左右に分裂する。大きさはどちらも分裂前と同じくらいで,メアリの右掌を中心にシンメトリーに揺らめいている。
「成程,複数の魔法をリアルタイムで併用できるわけか」
「併合に組み込まれるそれぞれの魔法単独の発動に必要な魔力はしっかり消費するので,商人程度のMPではすぐ底をついちゃいますけれどね。ただ,先程も述べた通り併合の本質は魔法の性質そのものを融合できる点です。魔力を蓄積できる魔石もその対象となり得る」
「……より蓄積容量の多い魔石も,魔力消費無しで生成できるわけだ」
魔石は魔力を蓄えることのできる自然鉱石である。MP消費時の魔力補給に利用できるが,実践的な蓄積容量を誇る魔石を入手することは極めて困難だ。そのため従来は蓄積容量の高い魔石を複数用いて魔法具が作られてきた。魔石を材料として作成された魔法具は,その蓄積容量に相当する魔法そのものを保存できる。
従って魔石の使い道も魔法具生成への利用が主であるが,勇者クラスになると実用に耐えうる魔法具には早々出会えるものでもない。ナロゥが武器オタクになったのもこのあたりの事情が遠因だろう。ただ,メアリの話が本当なら,彼女のギフトはゲームチェンジャーとなり得る。
「併合できる蓄積容量の最大値に限界はあるのか? 魔法具生成は受け付けていない?」
「どちらに対しても現状答えは一様に『ノー』です。前者に関しては理論的に限界値は存在しないはずですが,自然界で引き起こされる怪異現象が極まれに魔石由来であることを考慮すると,蓄積容量が大き過ぎる魔石の生成は私達にとってもリスクとなり得ます。逆に言えばそれを制御できる勇者御一行立ち合いの下であれば,そのリスクをコントロールした上で安定的に高品質の人工的な魔石が生成できます。後者に関して応えると,素材含め高品質な魔石自体を持ち込んで貰えれば個別に買い取る手間を省略できるのでこちらとしても願ったり叶ったりです。魔法具生成に人件費を中心とする諸経費を勘案することになりますが,蓄積する魔法自体の併合も受け付けていますよ」
「そりゃ凄いな」
ギフトに由来するなら強気の値段設定も頷けるし,何より魔法自体の併合も受け付けているのは魅力的だ。レヴァル滞在中に確かなコネクションを築いておいて,メアリがタリンに戻って以降も取引は継続していきたい。
「そういうことなら,俺も魔石集めておこうかな。場合によっては魔法具の生成や魔法の併合もお願いするかも」
「魔法具の生成と魔法の併合はタリンの工房で請け負っているので,私が戻ってからになります。見積もりはすぐ出せますし,魔石の買取は常時受け付け中です」
「それなら当面は魔石収集するか。依頼も精々Aランクくらいしか出ていないだろうし」
「ところが,そうでもないみたいだぞ」
俺の言葉にカクョムは掲示板の方へ向かう。発言の意味が分からないまま付いていくと,彼は掲示板の前に立ち1枚の依頼書を指差した。
「ほれ,ドラゴンの討伐依頼だ。国境沿いに居座っているせいで帝国との人の往来が滞っているらしい」
「ランクS6!? 報酬120万T!!?」
そのランクと報酬の高さに驚かずにはいられなかった。Sランクの依頼でさえ滅多に出されないのに,S5以上だと? それに報酬もランクに対し割高な金額だ。ランクを鑑みるに勇者クラスでも単独での討伐は不可能だろう。そもそもサーバー候補が見込めないから報酬を引き上げるのは理解できるが,それにしても高過ぎる。
「クライアントを見てみろ,レヴァル最大の商人組合だ。さっきメアリから聞いた話だと商人だけでなく物資の運搬にも著しく支障が発生しているらしい。場所はメリディエース帝国へと続く街道。エストラント側が魔物の討伐に注力し続けているおかげで,戦闘能力の低い商人でも比較的安全に行き交うことのできる交通路だ。王国商人が上手く立ち回り現状帝国貴族と利害関係が一致しているが,帝国側が常に侵略の口実を探していることに変わりない。組合からすれば取り返しのつかない面倒事に発展する前に芽を摘んでおきたいのだろう」
カクョムの推測に納得がいった。
エストラント王国は領土を2大帝国に接している。単純な武力では両帝国に到底太刀打ちできまい。それにも関わらずこれまで王国が存続できているのは,レヴァルの商人達のおかげと言っても過言ではない。
彼らは交易を通じ両帝国貴族に取り入り,財を齎すことを担保に王国の独立を確約させてきた。その見返りにレヴァルは商人による自治が認められたわけだが,それだけに両帝国にはレヴァルを介しエストラント王国を支配下に置きたいという潜在欲求が存在する。レヴァルは謂わば,両帝国による綱引きの中心地なのだ。ギリギリ保たれている安寧を脅かしかねない火種は,レヴァル商人からすると何としても揉み潰しておきたい案件なのだろう。
しかし,このランクと金額の設定は……
「実質,僕らがご指名を受けたということですよね。専横派に手柄をくれてやる筋合いはありませんし。報酬が3等分なら僕は魔石の買取分は今回は無しで構いませんよ」
俺の背中越しに依頼書を覗き込むナロゥもほぼ同じ考えらしい。一方的に条件を突きつけるその図々しさが一瞬引っかかるものの,俺とカクョムを出し抜こうとしたペナルティを自ら負ってくれるのなら,このくらいは見逃しても良いだろう。
ナロゥは乗り気のようだがカクョムはどうだろう。愁眉を送ると,カクョムはニヤリと笑った。
「確かに勇者といえども単独ではリスクが高過ぎる案件だが,俺達なら問題ないだろう? 強いて言えば,長期遠征に行っているツィホゥが気の毒ではあるな」
その言葉を聞き,俺はドラゴン討伐の依頼書を剥ぎ取る。カクョムとナロゥに向き直った。
「決まりだな。メリディエース帝国との国境沿いのドラゴン討伐に向かう。ドラゴンの討伐報酬は3等分する。途中回収した魔石は,討伐したドラゴンから採取する素材含め魔法具と共にメアリに買い取って貰い,その売り上げは俺とカクョムで等分する。異論はないな?」
カクョムは頷き,ナロゥは「ま,今回は仕方ないですね」と肩を竦めた。




