episode 26
どうやら俺を待っていたようだが,その言葉に内心驚きを禁じ得ない。魔石の買い取りはこれまで偶然出くわした際に,その時点での収集分を都度査定し買い取り額と魔石を交換していた。特に日時や場所を示し合わせていたわけではないので,ここ1ヶ月半命を狙われる緊張が続く中思いがけずメアリと出会えることが唯一心が安らげる瞬間だった。
それだけに,彼女の方から態々時間を割いて会いに来てくれたという事実に心躍らずにはいられない。
「何か用事でもあるのか? そうだとすれば待たせたみたいですまない」
「いえいえ,待っていたのはこちらの都合ですから」
否定するように胸の前で両手を振ると,コホンと咳払いし居住まいを正した。こちらを見上げる真剣な眼差しに,思わずこちらも背筋が伸びる。
「予定していた蓄積容量分の魔石の買い取りを終えたので,近日中にタリンへ帰る予定です。そのため特にお世話になった方々への挨拶回りをと思いまして」
突如降って湧いた別れに,一瞬頭の中が真っ白になった。
自らの身と潔白を守りながら一連の勇者殺害の罪でエラリーを告発することばかり考えてきた俺には,メアリがレヴァルを去るという可能性自体頭から抜け落ちていた。
だが思い返してみれば確かに買い付けの目標量や基準に言及していなかったものの,タリンを拠点にしていてレヴァルには買い付けに訪れているという情報自体は初めに耳にしていた。十分な魔石の買い取りが済んだら王都に帰ろうとするのは,考えるまでもなく自明の話ではないか。
けれど,そんな当たり前の申し出もスッと受け入れられないほど動揺していた。メアリがレヴァルを去るという発想に至らなかった理由はもちろん,いざその事実に直面し異様なくらい狼狽えている自分を見つけ更に困惑する。何故こうもメアリとの別れにショックを覚えるのか。
「あの……チィトさん?」
突然身動ぎもせず黙り込んだ俺の目をメアリは覗き上げる。心配そうにこちらを伺う碧眼に,俺は理屈抜きで理由を悟った。
いつの間にか,メアリは俺の心の支えとなっていたのだ。
異世界に転移して初めてできた兄のような友人を失い,可愛がってきた後輩を含む勇者が次々と殺され遂には最後の1人となる中,何故殺害される恐怖に心折れず立ち向かうことができているのか。今始めてメアリとの別れを意識し,彼女の存在の大きさを悟った。
俺と同等かそれ以上の実力を有する勇者ですら殺害されているというのに,挫折することも正気を失うこともなくエラリーに立ち向かえているのは,魔石の売買にかこつけて彼女に会うことができていたからだ。魔石を査定している間交わす何気ない会話の1つ1つが俺にとっては細やかな希望だった。
……今俺が唯一生きる理由が,メアリだったんだ。
全てが腑に落ちる感覚と同時に焦燥が胸を占める。魔石買い取りという口実が無くなった俺に彼女を引き止める手立てはない。
「あの,大丈夫ですか?」
「……いや,何でもない。大丈夫だ」
咄嗟に取り繕うも必死に頭を回転させた。
何か,何かないか。何でもいい,とにかくメアリと会える理由が欲しい……っ!
けれど,いくら考えようともここ最近根を詰めて疲労し切った頭では尤もらしい理由を思いつけそうにない。
「レヴァルを離れることになるのでご相談なんですけど,以前ご興味を持たれていた魔法具の生成に関して具体的なお話をさせていただくことってできませんか? 商人としては長期契約も視野に入れたお話をしたいのですが」
だから焦燥に駆られ暗中模索する俺に手を差し伸べた彼女が,女神のように見えたことは言うまでもない。
「あ,ああ。魔法具生成には元々興味があったしそれは構わないが」
自分が中身の伴わないオウム返しを口にしようとしていることにも気付かず,脊髄反射で答える。声に出して初めて,魔法具の生成が対エラリーに有効な手段となり得る可能性に思い至った。
エラリーの意表を突けるよう、魔法具に予め魔法を仕込むことができるのではないか?
「これまでにどういった――」
「チィトさん! 急ぎの報告です!!」
過去の事例を尋ねようとした時,ギルド出入り口から俺の名を呼ぶアイリーンの声が聞こえた。
タイミングの悪さに自ずと内側に寄ろうとする眉の動きを抑え振り返ると,アイリーンが息を弾ませながら駆け寄って来る。その切迫した表情に、これまでの膠着状態に動きがあったことを悟りサッと緊張が走る。
アイリーンはちらりとメアリを気にするように伺う。俺の手を引き少し彼女から距離を取ると、聞こえないよう小声で耳打ちする。
「速報です、エラリーが一連の事件に直接関与していたことを示唆する情報が得られそうです!」
「何だと!?」
折角アイリーンが声を潜めたというのに想定外の報告に思わず声を上げてしまった。けれど、メアリの反応を気にしている場合ではない。
「直接関与というのは本当か?」
「あくまでそれを示唆する情報ですが。それに現時点ではまだ見込みの段階です、上がってくる情報を精査する必要があります」
調査の取りまとめ役のアイリーンとしては複数の情報源からの報告を照らし合わせるまでは断言を避けたいのだろう。しかしいつ首を吊るされないとも限らない立場からすれば、僅かな一筋の光明と思えた間接証拠どころか直接関与したことを示す情報は喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
「それはどういう類の情報なんだ? 殺害方法や金の流れに関する間接証拠ではないよな?」
「待ってください、まだ暫定的な情報です。議会に提出する証拠としてはまだ弱い。それに機密性を考えると場所を移した方が良いでしょう」
メアリだけでなく辺りの様子を伺いつつ再度アイリーンは声を潜める。興奮から知らず知らずの内に声を荒らげていたらしい。チラリとメアリを一瞥する。
しかしどうしたものか……最優先すべきはエラリーの直接的な関与を裏付ける証拠だ。ただ、メアリの魔法具生成がエラリーが襲撃など直接的な手段を取った場合のカウンターになり得るのもまた事実。できれば並行して進めておきたいが……
「……何か不都合でも?」
一刻も速い対応が望まれるのに黙りこくったせいだろう、アイリーンは怪訝そうに俺の顔色を伺う。
「いや、ちょうど前々から関心のあった魔法具生成の具体的な話をしようとしていたところでな」
メアリの方を指差すと、こちらの思惑を推し量ってくれたらしい。アイリーンはしばらく顎に手を添え考え込んだ。
「……それではこうしましょう。今から1時間後チィトさんのご自宅に伺います。わたしはその間可能な限り現時点での情報をまとめ、証拠として提出できるレベルまで固めておきます。メアリさんはチィトさんのご自宅をご存じないんですよね? それでしたらわたしがご案内しますよ。チィトさんのご自宅を訪問後は先ず収集した情報の整理と今後の戦略を練りましょう。その間メアリさんには別室で待機していただき、わたし達の話が終わった後魔法具生成の具体的な進め方を詰めるという進め方になります」
……どうやら俺はこの上なく優秀な諜報員を雇っていたらしい。
言葉にせずとも阿吽の呼吸でこちらの要望を読み取り最適な提案をしてきたアイリーンに胸が震えた。融和派にこそ仲間意識を抱いていたが、いつの間にか頼りになる人達に俺は恵まれたらしい。熱く込み上げる感動を何とか飲み込む。
「分かった。それで進めよう」




