episode 25
ところが予想に反し,特に何事もなく更に3週間が経過した。エラリーが勇者殺しの犯人として俺を告発することも,俺を逮捕するためプラエセスが憲兵を派遣することもなかった。遅からぬ時期に必ずエラリーは仕掛けてくると踏んでいただけに,却って嵐の前の静けさを思わせ落ち着かない日々が続いている。
この間もエラリーの関与を裏付ける情報を得ようと聞き込みを続けていたが,相変わらず成果は思わしくない。最も有力な証拠になりそうなのはツィホゥかナロゥにエラリーが回復薬に見せかけた猛毒を手渡している場面の目撃証言だが,今の所得られているのはティモシーの証言だけで,直接その場を目撃したという証言は得られていない。
誰かから貰ったことは確かだが,それが女性らしいというだけでエラリーの関与を主張するのは無理がある。アイリーンも悟られない範囲でそれとなく当人に探りを入れているらしいが,はぐらかすばかりで尻尾を見せてくれない。
今はそういった直接的な目撃情報も継続して聞き込んでいるが,並行してエラリーが創薬の知識・魔法に長けているかや,薬師と過去に取引をしたことがあるか等,周辺情報も集めているところだ。聞き込みを続ける中で初めて知ったのだが,占星術師は創薬魔法の習得適性が高いらしい。
この話を聞き思いついたのが,間接証拠を集めることで俺に向けられる疑いを少しでもエラリーに向けさせるというアイディアだった。エラリーが実際に勇者を殺すことのできる猛毒を生成できたこと,あるいは生成できるレベルの薬師と接点があることを証明できれば,多少はプラエセスも俺の主張に耳を傾けてくれるのではないか。
そんな一縷の望みに縋り,エラリーにも2人の殺害が可能だったことを示す間接証拠の収集に力を入れていた。
それ以外の観点からも一連の事件については捜査を続けているが,そちらの方面は期待できないのではと薄々感じ始めていた。
金銭的な動機なら確実に記録が残る金の流れを追ってみたが,融和派の遺産は全て俺が相続したし遺留品の処分にも特に不自然な点は見られない。
専横派の方も調べてみたが,相続人が存在しないため遺産は全て議会に帰属することとなった。まだ殺害後の俺の遺産を狙っている可能性も否定できないが,少なくとも今現在分かっている範囲でエラリーが得た収入は融和派と議会から依頼された事件の捜査報酬だけだ。
議会と交わした契約の詳細は不明だが,恐らく俺達と交わした契約から類推するに,前金だけ受け取り実費はエラリー持ちと思われる。融和派と専横派の勇者殺害が動機だとすると,どう考えても報酬だけでは割に合わない。
融和派の遺産は是非とも総取りしたいところだろうが,あからさまな横領を議会は見逃さないだろう。自ら逮捕されるリスクを犯してまで融和派の遺産を狙う必要性はなさそうに思える反面,俺の遺産目当てでないとした場合動機が見通せなくなる。
毒殺以外のこれまでの勇者殺害方法を振り返ると,Sランク越えの炎系または切断系魔法が使われたと推測される。これらの魔法に対する占星術師の習得適性はそこまで高くないしエラリーのランクを考慮すれば,勇者を殺害できるだけの魔法を習得しているとは到底思えない。職業やランクなど表示されるステータスを改ざんしている可能性も考えられなくはないが,その方法に全く見当が付かない。
何より炎系の魔法で殺されたと目されるテンセィとザマァの殺害時刻は共に未明,切断系の魔法で殺されたカクョムとオレツェの殺害時刻は不明だ。カクョムの死亡推定時刻についてはエラリーによると深夜1時以前という証言があるが,その真偽以前にそもそもカクョムの自宅周辺は人気が全くない。いずれのケースにおいても,犯行に関与していそうな行動を目撃している証言者自体存在しない可能性が高いのだ。
魔法の習得可能性やステータスの改ざん方法,犯行を示唆する目撃情報の入手は現実的に不可能と見るべきだろう。せめてエラリーがこれまでにSランク越えの勇者と同じレベルの魔法を使ったことがあるという証言を得られれば多少なりとも容疑を向けられるかもしれないが,ランクの付かない初級魔法を使った場面を目撃した証言者すら見つかっていない。
唯一疑わしいのはオレツェとザマァのSランク超えの攻撃を受けて無傷だったことだが,いくら中立な立場のメンテースの証言であってもそれだけで彼女が高ランク魔法を使えたと主張するのは無理がある。
率直に言えば,猛毒を生成あるいは入手した線でしかエラリーの関与を主張できないというのがこの3週間で導き出した結論だった。だからここ10日程はアイリーンによる継続調査はもちろん,更に人手を雇いエラリーの関与を示唆する情報の収集に尽力している。
融和派の遺産を全て相続したため金銭的には彼らを雇用してもまだまだ懐に余裕はあるが,エラリーにこちらの動きを悟らせないため俺自身は日々ギルドに通い依頼を熟していた。魔石の買い取りに加え生存している勇者が俺だけになってしまったため,高ランクの依頼もほぼほぼ独占状態だ。
精々依頼で消費した魔力を補うため回復薬を購入するくらいだから,着実に金銭面での余裕は増している。その反面ギルドの依頼と並行した情報収集と,いつ襲いかかって来るかもしれないエラリーによる弾劾への恐怖は確かに俺の精神をすり減らしていた。
エラリーが動かない理由は分からず不気味だが,会敵までの時間の延長は願ってもない状況だ。アイリーンを始め雇った捜査員の報告をまとめると,エラリーは一連の勇者殺害事件の調査を続けているらしい。定期的に調査経過を議会へ報告しているとのことだが進捗はあまり良くなさそうだ。
もう一方の依頼主である俺にも報告しようと接触を試みているようだが,当然アイリーンらから上がって来た情報を基に接触を回避しているから,今の所顔を合わせずに済んでいる。
膠着状態は望むところだが,エラリーが証拠をでっち上げず進捗のない捜査を続けている理由が全く分からない。グダグダと今の状況が続けば,場合によっては融和派との契約期日も見えてくる。
……損切りは避けたいだろうから,その前に動くはず。
いつものように依頼を終え,報酬の受取とアイリーンから今日の分の調査報告を受けるためギルドへと向かいながら,何度も繰り返し思案し導き出した結論を確かめる。エラリーの狙いが見えない点が唯一不安だが,とにかくあちらが動き出すのと俺達が情報を掴むのとどちらが早いかのスピード勝負だ。
1ヶ月半前に新調された扉を開きギルドの中に入る。すると今日の商談は早めに終わったのか,右手の食堂で手持ち無沙汰に腰掛けていたメアリが俺に気付きこちらへ歩み寄って来た。
「お疲れ様ですチィトさん,お待ちしていました」




