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ミステリオタクですが異世界転移しちゃいまして  作者: 阿久井浮衛
Prologue 勇者はN人もいらない

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24/30

episode 24

 出廷する可能性に言及されたからだろう,それまでのんびりとした口調だったティモシーは途端狼狽える。不安そうな彼女に自らの拙策を恨んだ。


「いや,混乱させて済まない。あくまで万が一の場合の話だから,そう身構える必要はないよ」


 それでも取り乱した彼女を何とかなだめすかし店を出た。逸る気持ちを抑えたった今得た情報の価値を精査する。


 できれば個人名まで伝わっていれば完璧だったが,この際贅沢は言うまい。回復薬(ポーション)をもらった相手が女性であるという情報は,ある意味ナロゥが残した最大の置き土産かもしれない。


 その女性がエラリーであることは間違いない。となるとアイリーンがナロゥへ回復薬(ポーション)を渡したか否かエラリーに問えば真相は明らかになるが,それは最後の手段として残しておくべきだろう。十中八九この後ナロゥの鑑識もエラリーが担当する流れになるだろうから,疑われることを恐れ回答を拒否するはずだ。


 アイリーンの虚偽検出(ピノキオ)も万能ではない。あくまでアイリーンの問いに対する回答が嘘か否かを知ることができるギフトだ。はぐらかされたり沈黙されたりした場合は嘘を吐いているかどうかは分からない。


 それでもプラエセスなど議会重役の商人立ち合いの下であれば俺に向けられている疑いの何割かはエラリーに向けることができるかもしれないが,如何せん物証の乏しさが心許ない。彼女の犯行を裏付ける直接証拠は無理にしても,向こうがでっち上げてくるであろう証拠に対抗できるだけの間接証拠は最低限集めておく必要がある。エラリーが直接ナロゥに回復薬(ポーション)を手渡している場面を目撃した証人を見つけられれば形勢逆転も十分狙える。当面はそれに類する情報を収集すべきか。


 実際にそういった情報を入手したわけでもないのに,俺は興奮と高揚で痛いくらい脈打つ心臓を治めるべく深呼吸する。けれどこれまで真っ暗闇の中手探りだった環境に突如一筋の光が差し込んだのだ。ようやく見えた勝ち筋に興奮はなかなか治まってくれない。カクョム,ツィホゥ,ナロゥの敵討ちができるかもしれないのだ。昂るなと言う方が無理難題だろう。


「向かいの武器屋はナロゥの御用達でな。店主とは俺も面識があるから聞き込んで来たんだが,ナロゥは昨晩帰宅後外出していないと見て間違いないらしい」


 怪訝そうな顔でこちらの様子を伺っていたゾーイに聞き込みの結果を伝える。壁に寄りかかっていた彼女は身を翻すと再度ナロゥ宅のドアノッカーを鳴らした。


「つまり招集要請に応じずこうして来客にも対応していない現状は明らかにおかしいということですか。因みに,以心伝心(モイライ)は使いました?」

「いや,流石に消火で魔力消費が激しいから使っていない。ただ緊急事態と見なすべき状況を鑑みると,もっと直接的に確かめるべきだろう」


 言外の意図を察したらしい。ゾーイは玄関扉から脇へ退く。俺はナロゥ宅の玄関前に立つと右掌を扉に向けた。


女神(アドヌートゥス)()逢引(ヘカテース)


 かちゃり,と軽い金属音が鳴る。ドアノブへ手を伸ばすと抵抗なくノブは回転した。


 何気なく振り返りゾーイの様子を伺うと,緊張した面持ちで彼女は頷く。言わずともこちらの覚悟は伝わったのかもしれない。余計な口を開かない彼女は存外気を遣う性格なのだろうか,と内心これまでの印象を軌道修正する。


「俺の指紋はどうせ検出されるから素手で触るけれど,原則室内の物には触れないようにしてください……毛髪や砂礫は今まで検出できていないことを踏まえると無理だろうな」


 ゾーイとプラエセスの召し使いに,ナロゥ宅へ踏み入る前に忠告する。付け加えた言い訳がどこまで通用するか甚だ疑問ではあるが,保険は多いに越したことはない。俺を疑い出しているプラエセスの使いに期待しても無駄だろうから,精々ゾーイが覚えている可能性を祈ろう。


 全員異論がないことを確かめると,俺は玄関扉を開けた。


 思えば,俺が融和派の中で最も自宅を訪問したことがあるのはナロゥかもしれない。扉を開け見知ったウェイティングルームの光景を捉えふとそう思う。カクョムとは互いに明言しなかったものの親しき中にも礼儀ありの関係性を堅持していたから,年下で転移者としては後発組のナロゥの方が忌憚のない話ができていたような気がする。


 玄関から入って直ぐのこの空間には木製の長机が中央に置かれ,四方を6脚の,これもまた木製の椅子が取り囲む。玄関に対し,長机の長辺が水平に向かい合う配置だ。


 客人によってはここで軽食を取りながら用件を済ませるこの部屋には他に家具らしい家具はなく,特段異変が生じているようには見受けられない。それでも,最早遠慮や躊躇を覚える必要性を感じなかった。勝手知ったるウェイティングルームを左手に進む。直結しているダイニングルームに続く松材の扉を開けた。


「えっ,ナロゥさん!!?」


 扉を開けた瞬間,背後でゾーイがはッと息を呑む。けれど対照的に,あまりにも予想通りの光景に俺は微塵も動揺することなく()()を見下ろした。


 ダイニングには最大で6人掛けくらいの大きさだろうか,中央に木製の食卓が置かれている。そのすぐ手前,ウェイティングルーム側の食卓の足下にナロゥは俯けに倒れていた。倒れているナロゥの頭の上には木製のタンブラーが転がっている。中身が零れたのか床が少し変色していた。


 脈を取るまでもない,ナロゥは明らかに殺害されていた。状況からツィホゥと同じく回復薬(ポーション)を模した猛毒を摂取したことは間違いない。残る問題は毒の入手経路だが,専横派がいなくなってしまった今,考えられる可能性は1つしかない。


 ……次は,俺か。


 ナロゥの遺体を見つめ内心仄暗く自嘲する。


「ちょっと,ナロゥさん大丈夫――」

「待った。迂闊に遺体に触れない方が良い。恐らく今後の流れとしてはエラリーが調査を担当するだろう。下手に現場を荒らせば要らない疑いを招きかねない」


 遺体に駆け寄ろうとダイニングルームに入室しかけたゾーイを制す。単純に親切心によるものだったのだが,ゾーイは別の受け取り方をしたらしく冷ややかな目で俺を見上げた。


「遺体って……お仲間が倒れられたのに随分と冷静なんですね」

「その言い様だとツィホゥが亡くなったことを知っていたとしても,詳細までは知らなさそうだな。先月テンセィの自宅が全焼した時にツィホゥにも招集要請が出されていた。だけどツィホゥは要請に応じず鎮火後そのことを不自然に思った俺達が自宅を訪ねると,今と似たような光景が広がっていた。今朝火災の知らせを聞いた時点で状況の類似性には気付いていたからある程度覚悟できていたってだけだ。どうしても現場に踏み入りたいというなら止めはしないが,このナロゥ変死の件もプラエセスが指揮を執ることが今の段階で予測できていないならもっと経験を積むべきだな。俺の立場からすると何度も入室した痕跡の残るナロゥ宅を荒らす第3者は殺害容疑を散らしてくれるありがたい存在でしかない。そうと判断していれば態々入室を制止していないはずだ」

「……拙速だったことは謝罪します。ですが,それにしても冷静過ぎるように見えますよ」


 ゾーイは意気を落とすも,彼女らしく反骨精神を覗かせる。その指摘が存外的外れでないと自覚している以上,敢えて反駁する必要も動機も見つけられそうにない。


「……内心を悟られないよう感情を抑える習慣のせいだろう。面には出ていないんだろうけど,これでも精神的にかなり参っているんだ。悪いが帰って休みたいから,プラエセスにはそう伝えもらえますか? 少なくとも今日1日は外出せず待機しておくので,何かあったら招集要請を出してください」


 後半はプラエセスの召し使いに向けて頼みつつ玄関へ向かう。力関係からこれ以上俺がこの場に留められないことは織り込み済みだ。メンタルに来ているのは確かだが,いつエラリーが濡れ衣を断罪しにくるか分からない状況なのだ,魔力を浪費した状態での会敵だけは何としても避けたい。


 ……場合によっては自宅にストックしてある回復薬(ポーション)全て消費してしまうかもしれないな。


 背中に向けられる視線を感じながら,最早物言わぬ亡骸となったナロゥ宅を後にした。

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