episode 22
「……一時はどうなるものかと思いましたが,何とか鎮火できたようですね」
息を弾ませながらゾーイは額の汗を拭う。勇者を除き,レヴァルを拠点に活動しているサーバーの中で最高ランクの彼女がこのエリアに居住していたのは僥倖だった。そうでなければもっと鎮火に時間を要したことは間違いない。
「君のおかげで助かったよ。駆け付けた勇者が俺だけじゃ,もっと被害も大きくなっていただろうから」
「議会との契約もありますし,手伝ってもらったのはわたしの方でしょう。それよりチィトさん以外の勇者は一体何をしているんだか。特に専横派の連中は契約違反を問われかねませんよ」
彼女は勝気に鼻を鳴らすもそれだけでは満足できなかったらしく,続けざまに舌打ちする。転移者であれ現住人であれ,融和派以外は専横派にどうしても委縮しがちだ。しかし戦闘に長けたSランクの狩人である彼女は最悪小競り合いになっても手傷を与えられるだけの実力があるからだろう,これまでにも専横派に対し臆することなく不満を表明している。苛立たし気に赤茶色の髪をかき上げる仕草に,改めて気の強い美人という印象を抱いた。
時刻はもう昼近いだろうか。一応残り火がないか警戒し辺りを見回すも,遠巻きにこちらの様子を伺う野次馬以外には炭化した家々の残骸と延焼を逃れた議会商人の住宅くらいしか視界に入らない。当然のように,遅れて駆け付けるナロゥやオレツェはもちろん今鎮火を終えたばかりの自宅が全焼したにも関わらずザマァも姿を見せない状況に,悟られないよう溜め息を吐く。ほぼほぼ事態は決したと見て良い。
やがて野次馬達をかき分け,深紅のブリオーを纏った壮年男性が俺達の方へ近づいてきた。その男性は背後に召し使いを10人程引き連れている。ブリオーの袖に施された独特の模様の金の刺繍に,自ずと背筋が伸びる。
レヴァル首長であるプラエセスは,険しい表情で口髭を撫でながら俺達に告げた。
「緊急事態だ。オレツェが死んだ」
「はぁ!? 死んだってどういうことですか!?」
ゾーイが驚きよりも呆れの方が強そうな声音で尋ね返す。一方俺は予想通りに展開する事態に内心薄暗く自嘲する。これではまるで,俺達勇者は彼女の掌の上で踊る道化ではないか。
「招集要請を出しに使いの者をオレツェの自宅に向かわせたが,呼びかけに応じなかったため一旦不在と判断したらしい。その報告を受けたがどうも私には先月の東部エリアの火災と状況が似過ぎるように思えてね,再度使いを複数人送ったのだ。すると相変わらず応答はなかったが玄関が施錠されていないことに気付き,家の中を検めたら斬殺されたオレツェの遺体を見つけたというわけだ」
「斬殺? 他殺ということですか? はんっ,自業自得ね」
「……君のこれまでの貢献を考慮し今の失言は聞かなかったことにするが,慎みたまえ。トラブルメーカーではあったがオレツェの死がレヴァルにとって大きな損失であることに変わりない。問題は遺体の状態だ。非戦闘員の私から見ても明らかにSランク越えの魔法攻撃を受けて斬り刻まれていた。急遽ペリトゥスを招聘し鑑定させたところ,Sランク越えの魔法による他殺は確定事項だが,複数の魔力が混在し殺害犯の特定には至らないと報告を受けた」
ジロリと,最早隠そうともしない露骨な疑いの眼差しをプラエセスは俺に向ける。勇者の数が減っていくに連れ俺に対する容疑を強めることも,彼女の計画の内なのだろう。しかしそうそう思い通りに話を進ませてたまるものか。
「最後にオレツェの生存が確認されたのはいつか分からないのか? それが今日の午前中なら,朝っぱらから消火活動にあたっていた俺を疑うのはいくら何でも無理筋だぜ」
「少なくとも現時点で今日オレツェの姿を見たものはいないな。いつ死亡したのかも含め,エラリーに調べてもらっているところだ。向こうの実況見分が終わったらこっちに合流する手筈になっている。その前に我々でもできる仕事を片付けておこうというわけだ」
プラエセスが何気なく口にしたその名にゾクリと背筋が凍った。
この件でもエラリーが捜査を担当しているのか……プラエセスの口振りからそれなりに信頼していることが伺える。この調子なら証拠をでっち上げられても疑うことすらしないのだろう。こっちが証拠を揃える前に鉢合わせるのは回避しないと。
内心の焦燥を隠しつつ,勘付いていない振りをして向こうの出方を探る。
「仕事ってのは何のことだ?」
「ザマァの遺体の捜索だ。出かけている可能性も完全には否定できないが,先月テンセィの自宅全焼のことを考えるとザマァも殺害された可能性が高い。ペリトゥスによる魔傷痕鑑定の結果次第だが,遺体が見つかり魔力も混在していれば同一犯の犯行でテンセィとザマァの死亡は確定と見て間違いないだろう」
粛々と,有無を言わせない説明に黙らざるを得なくなる。
ダメだ,完全に疑われてしまっている。レヴァルトップを敵に回すのは旗色が悪い。容疑をかけられた状態で証拠もなく犯行を否定しても,心証を悪くするだけだろう。潔白の証明か真犯人の糾弾ができる証拠を手にするまで余計な発言は慎むべきだ。
だが間に合うだろうか? こちらが気付かない内に最有力容疑者に仕立て上げられてしまっている。俺が犯人であることを示す証拠を捏造される前に,エラリーこそが真犯人であると告発できるだろうか。向こうは少なくとも議会商人から信頼されるほどの(その真偽性はともかく)証拠集めの専門家なのだ。窮地に立たされた今の状況を正攻法でひっくり返せるとは到底思えない。
何も完全でなくても良いのだ,俺に向けられる疑いを少しでもエラリーに逸らせるような証拠の収集が現実的か。となると動機と思しき金の流れを追うか? いや,エラリーからすると焦る理由がない。俺を殺害してからいかようにも動けるのだ。
エラリーの捜査が作為的であることを示せれば風向きは変わりそうだが……アイリーンのギフトが切り札となるか? 彼女のギフト『虚偽検出』は相手の嘘を見破ることができる。それ単体では証拠となりえないが,上手く情報の真偽を精査していけば真相を見抜くことも不可能ではないはず。
最早カクョムとツィホゥの敵討ちを考える余裕すらなかった。何ら対策を講じず指を咥えて事態の推移を眺めていれば俺自身が絞首台に送られかねない状況だ。それ以前に,エラリーに殺されてもおかしくない。なりふり構っていられない。
懸命に面には動揺が表れないよう努めたが,背筋はぐっしょりと冷や汗で湿っていた。
「そういうわけだ,2人共鎮火を終えたばかりで済まないがザマァの遺体捜索にも手を貸してもらえるか?」
断ることなどできるはずもない。そしてそれが分かった上で申し出ているプラエセスの態度を苦々しく思いつつ,俺は頷くしかなかった。




