episode 2
「その様子だとチィトさんまだお会いしていないようですねー」
「……何の話だ?」
「今月の僕は奢ってもらう必要がないって話です。3日くらい前からですかね,タリンから新進気鋭のやり手商人がギルドを訪れて魔石を中心に魔法具を大量に買い付けているんですよ。僕は一昨日初めてお会いして昨日まで依頼の途中で収集した魔石を買い取ってもらいました。まぁまぁ良い臨時収入でしたよ。しばらくレヴァルに滞在するみたいでしたし,後3,4日同じくらい買い取ってもらえれば今月は何とかなりそうです。チィトさんも稼ぐ必要があるなら,不要品処分すれば小遣い稼ぎくらいにはなるんじゃないですか」
「ふぅん」
我ながら気のない返事をしてしまい思わず苦笑する。生活費を稼ぎたいならまだしも,クエストの準備費用に充足させるには果たしてどれ程の魔法具を売る必要があるだろうか。依頼の傍らちまちま魔石を集めるくらいならランクの高い依頼を熟した方が余程手っ取り早く稼げるだろう。正直あまり気が乗らない話だ。
「まぁ,何はともあれ中に入ろうぜ。依頼を受けないことには始まらないからな」
「それはそうですね」
俺はナロゥを従えギルドの扉を開けた。途端,外の喧騒にも劣らないざわめきに包まれる。
早朝にも関わらずギルドは既に騒々しい。レヴァルに定住していない者のための臨時宿泊施設を兼ねているためだろう,宿泊客と思しき姿がちらほら見える。年齢には幅があるが,彼らの大半が受付右手に併設する食堂で朝食を採っているようだ。その中に混じり,レヴァルに住んでいるものの依頼そっちのけで朝から酒を酌み交わす飲んだくれの姿も見える。喧騒の6割は彼らに由来するものだろう。
玄関から見て部屋の奥手には受付に座るギルド職員と,列を成し依頼を受けようと希望するサーバーの姿が見える。俺自身は数回しか足を踏み入れたことがないが,受付の奥左手には臨時宿泊施設や事務局へと続く廊下が伸びている。サーバーの列はざっと20人前後といったところか。顔ぶれから,Bランク以下の依頼を希望する者がほとんどだろう。今日Aランク以上の依頼が果たしてどれ程出されているのかはこのメンツを見ただけでは判断しかねる。
「あっ,噂をすれば何とやらですよ。カクョムさんと話しているあの方が羽振りの良いタリンの商人さんっス!」
いつの間にか背後から右隣に身を滑り込ませたナロゥが袖を引く。彼が指差す先には,ギルド左壁の掲示板の前で金髪の女性と話すカクョムの姿が見えた。カクョムもこちらに気付いたようで,気だるそうに右手を上げこちらへ向かってくる。
「俺が言えた義理じゃないが,2人共こんな朝早くからご苦労なこった」
「こっちはどっちも入り用なんだが……珍しいな,お前がこんな早くから顔を出すなんて」
物珍しさからしげしげとカクョムの顔を見返す。
彼も俺やナロゥと同じく転移した勇者だ。年齢は俺の2つか3つ上で,ランクは俺と同じ4S。ただ俺がクエストをクリアしランク上げを積極的に目指している一方,カクョムは習得困難な秘伝魔法の収集に熱心なやり込み型だ。クエストの達成にもそこまで積極的ではなく資金面でも常に余裕があるから,いつもはのんびり午後ギルドへ顔を出し,高報酬の依頼があればそれを受けつつ秘伝魔法の習得資金をじっくり貯えるタイプだったはず。
「ん,まあな。面白い話が聞けそうだったから」
と,親指を立て背後にいる件の商人を指す。促され彼女はカクョムの隣に立つと恭しく頭を下げる。
「あなたが優和派のリーダーのチィトさんですね。お名前はかねがね伺っております」
優和派という言葉を知っているということは,彼女も転移者か。
深いオリーブ色のガウンの上に臙脂のサーコート,足下にはベルトとバックルの付いた黒いレザーシューズが見える。商人らしく腰に革のポーチを吊り,バックパックを背負っている。
ただ,何より目を引くのは彼女の容姿だ。年齢は俺よりも少し下だろう。目鼻立ちが通っており眉は切れ長で髪と同じく金色,目はアーモンド形で碧眼,顔の輪郭はシャープで肌も白く細やかだ。地毛らしい金髪は首筋辺りで纏められているが,降ろせば腰辺りまで届く長さではないだろうか。
元の世界で言う日本人離れした見た目だ。はっきり言ってかなりの美人。
「止めてくれ,別にリーダーでも何でもない。他が自分本位に動く連中ばかりだから,自ずとまとめ役の貧乏くじ引かされているだけだ」
「それでも,実績のある勇者の方々のまとめ役は誰にでもできることじゃないですよ」
彼女は柔らかく口許に笑みを浮かべ,微かに首を傾げる。美人に褒められ悪い気はしないが,正直調子が狂うな。どう返すべきか困り頬を掻く。
「あっ,チィトさん鼻の下伸びてる」
「伸びてねぇよ,いい加減なこと言うな」
明らかにイジっているナロゥにヘッドロックを決める。クスクスと上品に笑う彼女の仕草は1つ1つ絵になるほど優雅だ。
「申し遅れましたね。タリンを拠点に商いをしているメアリ・ウェストマコットと申します。メアリとお呼びください」
「改めて名乗る必要はなさそうだが,チィトだ。勇者をしている」
メアリが手を差し出し握手を交わす。ナロゥとカクョムとは既に顔見知りのようだから,俺が一番最後の顔合わせか。
というか転移者なのにまともな名前付けられてるな。やっぱあの神様,勇者のネーミング適当過ぎるだろ。こっちの住人には意味が通じないからまだマシだが,こうして勇者以外の転移者と出会うと正直気まずい。一時期調べまくったことがあるが,改名はどうやらできないようだし。
「それで,面白い話ってのは何だ? 例の儲け話か?」
「まあそんなところだが,多分お前の想像と少し違うと思うぞ。どうせナロゥからの聞きかじりだろ」
「どういうことだ?」
意味深な発言を不審がると,カクョムはメアリと顔を見合わせ案の定とでも言いたげに肩を竦めた。メアリも困ったように苦笑する。
「カクョムさんもナロゥさんから魔法具買取の話を伺っていたそうですが,正確に情報が伝わっていなかったようで……改めて私からご説明しますね。私はタリンから魔法具を広く買い取りに来ましたが,特に欲しいのが魔石です。純度にもよりますが原則蓄積容量1MPにつき3.5ターラーで買い取っています」
「3.5T/MP!? 相場の倍以上じゃないか!!」
業者にもよるが,普通優良なところでも高くて精々1.5Tくらいだろう。この価格なら確かに興味が湧く話だ。というかナロゥめ,肝心な部分を端折りやがって。さては俺が見過ごした分もワンチャン狙ってやがったな。恨みがましくナロゥを見遣るとわざとらしく明後日の方を向いている。
小言の一つでも言いたいところだが,今はメアリの話を優先だ。破格の値段であるがそれだけに身構えてしまう。話が旨過ぎる。正直裏があるとしか思えない。リソースを費やしても十分な確かなリターンがあると判断できる根拠が欲しい。




