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ミステリオタクですが異世界転移しちゃいまして  作者: 阿久井浮衛


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19/19

episode 19

 露とも疑念を抱いていないらしいナロゥは白く塗装された木製の扉を開け室内の様子を伺う。


「おーいツィホゥ,いたら返事しろー」


 静かな邸宅の中にナロゥの呼び声が響く。在宅なら間違いなく聞こえているはずだが,しかし返事はもちろん衣擦れの音すら聞こえない。


「やっぱり出かけているんじゃないですか?」


 振り返るナロゥは明らかに,これ以上ツィホゥのプライベートな領域に踏み込みたくないようだ。


 だが呼びかけにも応じない時点でその予感はほぼ確信に変わっていた。


「家の中を調べるぞ。確か入って直ぐの右手が応接室だったか」

「マジっすか。どうなっても知らないっすよ」


 ナロゥの呆れ口調の抗議には取り合わず,俺はツィホゥの自宅に踏み入る。年季の入った楢材の扉を開けるも,応接室にツィホゥの姿は見えない。


 直ぐ扉を閉め今度は深紅の絨毯が敷かれた廊下を反対に進む。ナロゥやエラリー達も俺の跡に続いた。


 先頭の俺は突き当りにある扉を開ける。


 その場所は個人宅としては少々広過ぎるダイニングだった。


 中央に長い木製のテーブルが2つ揃えて並べられており,向かい合って食事が取れるよう木製の椅子が配されている。白地に金の刺繍が施されたテーブルクロスもかけられていることから,来客を出迎えるための部屋なのだろう。ダイニングというよりは食堂と表現した方が相応しいかもしれない。


「えっ,足?」


 不意にナロゥが困惑した声を上げる。


 見るとナロゥはテーブルの奥手,調理場へと続く扉の前付近に目を向けていた。テーブルの右手,深紅の絨毯の上には確かに人の両足が見える。見えているのは膝下だけで,そこから上はテーブルの陰に隠れ見通せない。胴体を隠すテーブルの上にはタンブラーが置かれている。


 ……ああ,やはりダメだったか。


 悟られないようポーカーフェイスを保ちながら内心落胆する。


 もちろん悲しみも動揺もあるのだが,近くに警戒しなければならない対象がいる以上あからさまなリアクションを見せるわけにはいかない。俺は黙ったままテーブルを迂回しその()()に歩み寄る。


 テーブルの奥にはツィホゥが倒れていた。


「そんな,ツィホゥ……っ!!」


 ナロゥが悲痛な叫び声を上げ遺体に駆け寄る。


 耳目がそちらに集まる隙に俺はエラリーの顔を盗み見るも,口許を両手で覆い目を見開く表情からは遺体を発見した驚きと動揺の入り混じる感情しか読み取れない。


「ダメだ,呼吸も脈もない。ああ,どうしてツィホゥまで……」


 自らの手でツィホゥの死亡を確認しナロゥは項垂れる。


 ツィホゥの遺体には目立った外傷はなく,ぱっと見では死因が伺えない。死相は想定外の事態に少し驚いているように見えるが,苦痛に顔を歪めているという感じではない。


 素人目には今にも「ドッキリでしたー」とふざけた調子で身を起こしてもおかしくないと思えるほど遺体は生前の姿を留めている。


 エラリーはマスクと手袋を着用すると,ナロゥの隣にしゃがみ込み遺体を調べ始める。


「……毒殺の可能性が高そうですね」

「「毒殺!!?」」


 遺体の顔周りを調べていたエラリーは,俺とナロゥの叫び声に一瞬ビクッと身を竦める。それから上体を起こすと,ツィホゥの腕を掴み上げ俺達に示した。


「ええ,見ての通り外傷はないですし,このように腕の死斑が通常よりも赤みがかっています。良く観察すると首筋に爪で引っ掻いたような痕がありますし,口許付近では僅かながらアーモンド臭がしました。これらはシアン化合物を摂取した遺体に見られる典型的な特徴なので,十中八九間違いないですが……そんなに驚かれます?」

「Sランクを超えた勇者が毒で死ぬことは先ずあり得ないんっすよ」


 ナロゥの返事に困惑したエラリーとペリトゥスは顔を見合わせる。魔物討伐や戦闘に参加しない職業(ジョブ)なら無理もないだろう。彼らのリアクションは極めて自然で,嘘くささや作為とは無縁のように見える。


 俺は溜め息を吐いて,ナロゥの言葉に説明を補足する。


「高ランクの勇者は『危機感知』というスキルを習得しているんだ。このスキルはダメージを受ける可能性のある危険が迫るとオートで発動し習得者に知らせる。魔物討伐や戦闘時の攻撃はもちろん,殺意や攻撃意図,敵対感情にも反応するから,習得者は普通状況を把握し具体的な危機を回避しようとする。当然毒も感知の対象だから,先ず毒殺は回避できるはずなんだ」

「毒に対してはどう発動するんですか? 毒そのものには殺意や感情はありませんよね」

「毒や呪具の場合接近したら発動する。本人が対象を認識している必要はなく,体感では魔法を使わず接近できる距離に対象が存在していれば発動する感覚だな」

「……因みに,今そのスキルは発動していますか?」

「? いいや,今は発動していない」

「おかしいですね」

「何がっすか?」

「毒の摂取経路が分からないことが,です。ツィホゥさんは毒殺された見込みが高いですが,反面お2人の『危機感知』は発動していない。素直に解釈すると近くにツィホゥさんを死に至らしめた毒物は存在しないことになる。シアン化合物は他の毒物と比べ致死潜伏期が短い部類ですから,ツィホゥさん自ら誤って摂取してしまった場合はご自宅にあるはずなんです。以上の状況から導かれる結論は,ツィホゥさんがご自宅以外で毒を誤って摂取もしくは飲まされ死亡後遺体を誰かが運搬したということになりますが,今度は玄関が施錠されていたことが問題になります。他に侵入経路がないか調べる必要はありますが,仮に例えば全ての窓や裏口が施錠されていた場合,ツィホゥさんの遺体は密室に運び込まれたことになる。物理的な鍵の有無も調査する必要がありますが,その場合魔法で外部から施錠できる方が少なくとも遺体の運搬に関与している可能性が高いですよね」


 エラリーは立ち上がると右手の人差し指をマスクの上から唇付近に添える。キョロキョロと何かを探すように食堂を見回すと,テーブルの上のタンブラーに目を留める。


「それは?」

回復薬(ポーション)みたいっすね」

「……ペリトゥスさん,一応成分を調べてもらえますか」


 ナロゥからタンブラーを受け取ったペリトゥスは,ルーペを取り出しタンブラーの中身を観察する。


 俺が手持ち無沙汰に居心地の悪さを覚え始めるほど長い時間をかけ観察した後「ううむ,そういうカラクリか」と呻いた。


「何か分かったのか?」

「極めて巧妙な細工が施されているから見抜きにくいがの,これはポーションに見せかけた猛毒じゃよ」

「あり得ないっす!! 毒なら『危機感知』が発動しているはず!!」

「お主らも確か『(アスペクトゥス)(・メティディス)』使えたはずじゃろ。発動して見てみい」


 2Sランクの解析魔法を使うよう促され,半信半疑ながら魔法を発動する。するとタンブラーの中身の解析結果が表示された。


 名称:ファルマカ・ヘカーテース

 種別:毒

 Lvレベル:93

 危険度:8S

 備考:構成成分の7割が回復薬(ポーション)と重複するが魔力に反応し性質が変化する。人体に極めて有毒


「危険度8S!!? 即死レベルじゃないっすか!!!」


 同様に(アスペクトゥス)(・メティディス)を発動したらしいナロゥが驚愕し叫ぶ。


 毒への耐性は個人差があるものの,勇者の肉体なら大抵の毒は効かないか療養に努めれば回復できる。解毒剤や解毒魔法さえ最後の手段といった認識だ。


 しかし危険度8Sの毒なんて耳にしたことがない。この危険度なら譬え勇者であっても解毒魔法を使う間もなく死に至るだろう。回復薬(ポーション)に偽装していることからも自然界に存在する毒とは考えにくい。明らかに悪意を持って生成された毒だ。


「遠征帰りのツィホゥは相当魔力も体力も消費していたはずだ。そうした状態でサーバーなら当然回復薬(ポーション)を使おうとする。大抵の毒は『危機感知』で検知できるわけだし,態々魔力を消費して高度な解析をしようとは考えなかっただろう」


 勇者は全ての職業(ジョブ)の中で習得できる魔法が最も多いが,同じランクの魔法でも消費する魔力量は異なる。


 戦闘に関係する魔法は全般的に魔力の消費が少ないが,それ以外の魔法は他の職業(ジョブ)よりも魔力の消費量が多い場合もある。これは職業(ジョブ)ごとに魔法の系統別の適正が存在するためで,(アスペクトゥス)(・メティディス)は勇者にとって適性の低い鑑定魔法の最上級魔法だ。


 ペリトゥスのような鑑定人ならそこまで魔力を消費しないのだろうが,正直勇者にとっては使い勝手が悪過ぎる。これから魔力を回復しようとする勇者が燃費の悪い魔法を使う理由は存在しない。

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