episode 18
「ツィホゥさん北部エリアに住んでいるんですね」
エラリーは物珍しそうにきょろきょろと周囲の邸宅を見渡す。
北部エリアはレヴァルの中で最も地価が高く,この付近で居を構えるのはほとんどが議会商人達だ。高級住宅街で邸宅の他は近隣住民の利用する商店くらいしか存在しないため,レヴァル市民であってもこの一帯に足を踏み入れたことのある者は限られている。
エラリーの様子から察するに初めて北部エリアを訪れたのだろう。かく言う俺もツィホゥの自宅を2,3度尋ねたことがある程度だが。
「この辺レヴァルのお偉いさんの居住エリアっすからねー,金持ちしか住んでいないっすよ。だけどそれだけに,何かあった時の対応要員として有力なサーバーは引き抜かれるんす」
先頭を歩くナロゥがエラリーに応える。
ナロゥの言うように,ツィホゥがこのエリアに住めているのも議会からの要請に応じ災害など緊急時の対応要員として働く契約を受け入れたからだ。議会商人達を優先的に護衛する義務が発生する代わり,報酬が支払われ更に家賃補助も出るらしい。ギルドの獲得賞金ランキング常連の大半がこの辺りに住んでいるとも聞いたことがある。
「お2人は引き抜かれなかったんですか?」
特に意図も他意も無さそうにエラリーは俺の顔を覗き込む。こちらの懐に入ろうとするその無邪気な振る舞いと先ほど見せた底知れなさのギャップに一瞬たじろぐ。
「……話自体は持ちかけられたけどな,支払いが良い分制約も多いんだよ。いくら金払いが良くても自由を制限された挙句息詰まる場所に住むのは願い下げってことで断ったんだ」
「僕も誘いは受けたんですけど,この辺りの商店日用品しか扱っていないんですよね。武器屋と工場ないので辞退しました」
「理由が自由人ですね」
カラカラと笑った拍子にエラリーのポニーテールが揺れる。その様子を眺め淑やかなメアリの笑い方とは対照的にエラリーは随分朗らかな笑い方をするのだな,とぼんやり思う。
エラリーに対する警戒は解けていないものの,彼女の言う通りツィホゥの姿が見えないことは気がかりではあったから,結局その提案を受け自宅を案内することにした。メンテースは火災対応で議会に出なければならず現場に残ったが,エラリーが鑑定が必要になるかもとペリトゥスも連れて来た。カクョムの遺体を検めに向かった時と同じ面子であることも,漠然とした不安が掻き立てられる理由の1つだ。
「着いたっすね」
ナロゥの声に顔を上げる。
ツィホゥの自宅の外観は白い壁に黒い木の柱を露出させた,典型的なハーフティンバー様式の一軒家だ。
屋根は赤い素焼き瓦で,建築当初は鮮やかであっただろうその色は雨ざらしのせいかすっかりくすんでいる。自然光を多く採り入れるためだろう,窓が一般的な家屋よりも多い。その数の多さから3階建てであることと,相応して部屋数も多いことが外から見ただけで分かる。
想像以上の大きさに圧倒されているらしく,エラリーはポカンと口を開きツィホゥ宅を見上げる。
「……ツィホゥさんって1人暮らしでしたっけ。広過ぎないんでしょうか」
「実際少し持て余し気味だって言ってたっすよ。議会との契約上遠征に駆り出されることも多いですし宝の持ち腐れっすねー」
勇者としてこのエリアに住む場合議会からの要請も負荷が大きくなり,それに応えるほど貢献も大きくなるが,問題は対価を有効に活用できないくらい契約に拘束されることだ。インフラだけに限ると最も住環境は良く報酬ももらえるとはいえ,ツィホゥ以外の優和派が議会と契約を結ばない理由も報酬に対する自由度の低さにある。
まだその辺の事情が飲み込めない内にツィホゥは議会からの引き抜きに応じてしまったから,最近は自由時間のあまりの取れなさに愚痴を零すことも多くなっていた。他のエリアに引っ越すのも時間の問題だろう。
「昨日そんなに飲んでないから酔い潰れてるってことはないと思うんすけどねー。あり得るとすれば遠征で疲れ果てているとかっすかね?」
そう言いつつナロゥは白い玄関扉のドアノッカーを3回打ち付ける。高く乾いたノック音は広い邸宅でも十分聞き取れるほど響いたように思われたが,返事はもちろん扉が開かれることもなかった。
「出かけているんすかね? ギルド以外に向かいそうなところ思い浮かばないっすけど」
ナロゥは腑に落ちないように頭を掻く。火事現場からここへ来る途中,中央エリアを通り抜けるついでにギルドへ立ち寄りツィホゥがまだ来ていないことを確認している。
遠征から帰って来たばかりで生活必需品の買い出しに出ている可能性もあるが……
「不躾かもしれんが鍵は?」
「かかっていますね」
一応確認するもナロゥはガチャガチャとドアノブを鳴らす。じわじわと,嫌な予感がゆっくりではあるが確実に胸の内に広がる。試しに以心伝心を発動するも,付近にツィホゥの魔力は感じられずそもそも接続ができない。
単純に外出しているだけの可能性は十分に残っているものの,得体の知れない焦燥に駆られ俺は強硬策を取ることにした。
「……ナロゥ,開錠魔法を使ってくれ」
「えぇー,勝手に開けちゃっていいんすかね?」
気兼ねしているらしくナロゥは躊躇う。互いの住居を把握するくらい気心が通じる仲とはいえ,さすがにこれ以上踏み込まれたくない私生活のラインは存在する。明確な共通認識があるわけではないが,許諾を得ない開錠魔法の使用はご法度という不文律が優和派にはある。
けれどこの期に及んでもまだ暗黙の了解を固持しようとするナロゥの態度に苛立ちを覚えた。
「ツィホゥがキレた時は全て俺のせいにすればいい。今はとにかく最悪の事態を想定して動くべきだ」
「……りょーかいっす」
ナロゥはいかにも不承不承といった口調で応じる。開錠に納得がいっていないことは明らかだ。
恐らく俺が今現在何を危惧しているのかすら理解できていないのだろう。勇者の中でも後発組で,自力で成り上がってきたナロゥにはまだカクョムの死すら異世界という’ゲーム’の展開を盛り上げるスパイスとしてしか認識していないかもしれない。
だが,俺達が存在しているこの世界は紛うことなき現実なのだ。
「女神の逢引」
ナロゥが魔法で開錠している様子を興味深そうに見つめるエラリーを,さりげなく視界に入れる。悟られないようそっとステータス表示を発動した。
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年齢:17歳
種族:人
職業:占星術師
Lv:31
ランク:D
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相変わらずアクセスできない情報の多さに鼻白む。魔力消費のない基礎能力だから文句が付けにくいが,Sランクを超えても閲覧できないということはランクやLvがアクセス権獲得の条件ではないということだろう。現状不都合がないから構わないが,やはり神様はちょいちょいズボラというか大雑把なところがあるようだ。
ともかく,エラリーの年齢の見立ては正しかったらしい。職業こそ少々珍しくはあるものの,ランクは平凡だし特に不審なステータスではない。一見すると本人の言った通りSランク越えの攻撃に無傷だったのはギフトが理由のように思える。
それとも俺が知らないだけで他人に見られるステータスを偽装する魔法が存在するのだろうか。一応占星術師が習得できる魔法を調べておいた方が良いかもしれない。




