episode 17
「テンセィが殺されたと考えているのか!!?」
エラリーの言葉の意図を理解し驚きが思わず口をつく。偶発的に発生した火災なら,態々魔傷痕を調べる必要はないはずだ。
予期せぬ事故による火災だとばかり思い込んでいた俺には,テンセィ殺害の可能性は全く予想だにしなかった発想だった。しかし一体誰が?
「おかしいとは思いませんでした? 聞いたところこの辺りの住民が火災に気付き始めたのは日が昇るか昇らないかといった時間帯だったそうです。いくら早起きの人でもさすがに寝ている時間ですし,実際多くの住民は火事の気配を察知して目を覚ましています。つまりテンセィさんも就寝中だった可能性が高い。それなのにどうして火事が起きるんです? 仮に起床し身支度をしている途中火事が発生したのだとしても,勇者であるテンセィさんならボヤ騒ぎ程度で済ませられるでしょう」
確かに,就寝中事故や不注意で火災が発生するとしたら精々タバコの火の不始末かランプや燭台の火が燃え移るくらいだろう。火の手が大きくなるまでに目を覚まさない可能性の方が低いし,寝ていようと起きていようとテンセィが火事の初期段階で鎮火できていない時点で不自然だ。
「この焼死体がテンセィさんか否かは判定は難しそうですが,激しく燃焼したことは確かです。先ず四肢や胴体に多数の裂傷が見られますが,これは高熱に曝露された際にできるものです。また四肢が屈曲し拳も強く握られています。このファイティングポーズのような姿勢は大規模火災で見られる典型的な特徴で,死後高熱に晒され続けることで水分が蒸発し筋肉が収縮することで見られる物理的な変化です。それほどの火災が不注意や事故により発生したと考えるよりも,意図的に引き起こされたと考える方が現実的ではないですか?」
ふと,火災現場に駆け付けた時のことが思い返される。俺自身ドラゴンの魔法攻撃を連想していたじゃないか。あの時の印象は正しかったのだ。
「でも,誰がそんなことを……」
戸惑うナロゥが何を考えているのか,俺には分かるような気がした。
客観的に見て動機の点で怪しいのは俺達優和派の誰かだろう。カクョムの復讐のため専横派を殺害したいが,まとめて殺害するのは難しい。それなら個別に奇襲をかけ殺害していけばいいというのはごく自然な発想だ。
しかしツィホゥ含め先ずは証拠を集め議会による死刑判決を勝ち取る方針で意思を統一済みだ。仮にナロゥやツィホゥが先走り正攻法を待たず直接手を下そうとしても,果たして夜襲できただろうか。
態々敵対する勢力に自宅場所を漏らすようなことはしないだろうし,現に俺は近所にオレツェが住んでいることを知らなかった。専横派の連中はカクョムの跡をつけ自宅を特定できる時間があっただろうが,俺達にそんな時間はなかった。
遺体の発見後俺とナロゥは互いにアリバイを保証できるし,ツィホゥがカクョムの死を知ったのは昨晩だ。さすがに時間がなさすぎるし,昨日の午後遠征から帰ったという証言が仮に虚偽だったとしても,俺達に察知されることなくその死を知り得たとは考えにくい。
唯一あり得るとすれば事前にテンセィの自宅を知っていた可能性だろう。そう考えると今姿を見せていないのも怪しく思える。
物理的にこの規模の魔法攻撃をできるという意味では,専横派の2人も容疑者になる。緊急時に備えて俺達のように住所は共有していたかもしれないし,譬え知らなかったとしても水面下で探るだけの時間は十分にあったはずだ。動機としては想像するしかないが,元々身勝手に振舞うことを良しとする連中なのだ。報酬の取り分を巡る仲間割れなどの内輪もめがあってもおかしくない。
他に考えられるのはこの遺体がテンセィではない第三者で,テンセィ自身が生きている可能性だが……
「ですから魔傷痕を調べる必要があるんです。この火災が人為的なものであるか否かと誰が引き起こしたのかが自ずと分かりますから」
「やれやれ,連日引っ張り出しおってからに。年寄り使いが荒いのう」
ペリトゥスはぼやきながらもルーペを取り出し魔傷痕の鑑定を始める。鑑定はそう時間を要さず終わった。
「魔傷痕は確かに残っておるが,これも複数の魔力が混じっておるの」
「今回も? そう何度もあることなのか?」
「いいや,魔力の混ざりあった魔傷痕を続けて鑑定するのは初めてじゃのう」
「特定されないよう意図的にそうしているかもしれませんね。ただ少なくとも,これが勇者クラスの魔法攻撃で引き起こされた火災であることは確定しました」
エラリーが思案気に呟いた時だ。急に野次馬がざわつき始める。何事かと目を向けると,野次馬を乱暴に押しのけるオレツェとザマァの姿が見えた。2人は憤怒に満ちた顔つきで俺達を睨み付け抜刀する。
「お前ら到頭やりやがったな!!!」
叫びながら斬りかかる2人に,俺とナロゥも抜刀し剣を受ける。俺に斬りかかったオレツェは険しい表情で口角泡を飛ばす。
「タイマン張る度胸無ぇお前らは夜襲するしかねぇよな卑怯者!!」
どうやらテンセィの焼死を聞き馳せ参じたらしい。俺達の犯行と決め付けるオレツェのその言葉にかッと頭に血が上った。
「卑怯者はお前達の方だろう!! 大方仲間割れしたのを口実に容疑を分散するためテンセィも殺したんじゃないか!?」
「ハッ,しらばっくれるつもりか」
オレツェとザマァは俺とナロゥの剣を払うと一旦後ろに飛び退け距離を取る。十字を切るオレツェと右手を上空に向け左掌をこちらに向けるザマァの仕草にぞっと背後を眦で見遣る。
この馬鹿共議会商人まで巻き込むつもりか!? マズい,もう防御魔法を使えるだけの魔力は……っ!!
「原始の灯」
「雷霆」
拳大の炎と雷が猛スピードで向かって来る。後方へのダメージを少なくするには体を張るしかない。
ナロゥに直接攻撃を受けるよう指示しようとした瞬間,エラリーが俺達の前に飛び出した。
「なっ!!?」
「エラリーさん!!?」
俺とナロゥは手を伸ばすも間に合わず,エラリーの体に炎と雷が直撃する。火山噴火のような電光と爆炎が上がり俺とナロゥは衝撃で吹き飛ばされる。
地面に叩き付けられる痛みが全身に走るも構わず顔を上げると,濛々と粉塵が立ち込めエラリーの姿は確認できない。
「あああああっ,エラリーさん!!!」
絶望に顔を歪めナロゥが悲鳴を上げる。
肉体を強化された勇者でさえ,防御魔法無しにSランク越えの魔法攻撃を受けたらただでは済まない。一民間人に過ぎないエラリーなら跡形も残らないかもしれない。
最悪の想像が脳裏に浮かぶ。徐々に粉塵は薄れ視界が晴れて行く。
「……勇者の攻撃といっても,こんなものなんですね」
けれどエラリーは平然とその場に立っていた。
まるで何事もなかったかのように,シュールコーについた埃を気にし振り払う。全くの無傷だ。何が起こったのか理解できず言葉を失う。
「……お前何者だ?」
さすがのオレツェも事態が飲み込めないらしい。驚愕した表情でエラリーを警戒する。
一方エラリーはお茶にでも誘われたかのごとく,華やかに微笑んだ。
「ただの町の占い師です。魔力を浪費するだけと予言しますけど,まだ続けますか?」
オレツェとザマァは不審そうにエラリーを睨んでいたが,警戒心が勝ったようだ。不服そうに鼻を鳴らすも何も言わず踵を返した。
「うわあああん,無事で良かったっすよー!!」
ナロゥがエラリーの許へ駆け付け両手を握る。しかし俺は素直に喜べず,警戒しながら歩み寄った。
「……どういうカラクリだ? Sランク越えの攻撃を受けてどうして無傷でいられる?」
「ボクのギフトの副次作用ですね。いくら強力だろうと攻撃魔法では傷を負わないんです。そんなことより気付いていますよね?」
俺の疑念を軽くあしらいエラリーは逆に問い返す。彼女の言わんとすることが分かり,益々警戒を強めた。
「専横派ですら火災のことを知っているのに,未だ現れない優和派の勇者がいるのは不自然です。招集に応じていない理由も気になりますし,今からツィホゥさんのお家へ案内していただけますか?」




