episode 14
俺達がギルドに戻った時には,すっかり空は茜色に染まっていた。ギルド前には依頼の報告を終え報酬を受け取ったらしいサーバー達の姿が数多く見える。これから仲間内で飲みに繰り出そうとする者もいることだろう。
「出張っている間に溜まった仕事の量を考えると戻りたくないのう」
ペリトゥスは心底気重そうに溜め息を吐く。ギルドの鑑定人の中でも重鎮なだけに,彼にしかできない鑑定依頼も多いのだろう。報酬は別途受け取っているとはいえ,正規の業務を一旦停止し証拠集めに駆り出させているのはこちらなのだ。
「まぁそう言うな。この件が落ち着いたら高級店に飲みに連れて行くからさ。鑑定頑張ってくれよ」
「年代物のワインが飲みたいのう」
そういやこの爺さん酒豪だったな。厚かましい要求に「分かった分かった,店探しておくよ」と苦笑する。
ギルドへ入ると,やはり雑多な喧騒で屋内は騒々しかった。受付終了間近とあって,いつものように今日中に依頼完了の報告を済ませようとサーバーが列を成している。
エラリーはこの後遺留品整理や葬儀の手配を予定しているらしいが,俺とナロゥはどうしたものか。食堂で夕食を手早く済ませ,今日はもう帰るか?
そう思った矢先,ナロゥが叫び声を上げた。
「あっ,ツィホゥじゃん! いつ帰って来たの!?」
ナロゥが叫んだ先へ目を向けると右手の食堂厨房前のテーブル席を1人独占し,大量の料理を掻き込んでいるツィホゥの姿が見えた。ナロゥの声でツィホゥも気付いたようで,慌てた様子でタンカードを呷り口に含んでいた料理を流し込みこちらへ駆け寄る。
「チィトさん,ナロゥさんっ,お疲れ様です! 今日の午後遠征から帰りました。ってそちらの方は……?」
エラリーの姿を目に留めたらしくツィホゥはソワソワと落ち着きを無くす。ナロゥもそうだが,エラリーは近い世代の異性の気を惹きやすいタイプらしい。当の本人は困ったように眉を寄せ俺に助けを求めている。
「……ペリトゥスの爺さんは仕事に戻っても大丈夫だよな? だそうだ,また何かあったら鑑定頼むよ。……こいつは優和派のツィホゥで,ナロゥと同じく3Sランクの勇者だ。王室直属の命令で両帝国に長期遠征に駆り出されていたんだが,今日その仕事が終わり返って来たところらしい。で,こちらはレヴァル南部エリアに在住のエラリーだ。占い師を兼任する探偵なんだが,一から説明すると話長くなるな。エラリー,こっちで事情は説明しておくから諸々の手配任せて良いか?」
「もちろんです」
「それじゃあ頼むわ。説明がてら晩飯も済ますか」
仕事を残しているペリトゥスとエラリーを見送り,俺達優和派はツィホゥが独占している厨房前のテーブル席へと向かう。席に着くと俺とナロゥはウェイターを呼び注文を済ませた。
「……今までの経緯を一から説明するが,最後まで話を聞くと約束しろ。俺が言えた立場じゃないが,話の途中で専横派を切り殺しに向かうのだけは無しな」
「はぁ」
意図が読み取れないのだろう。曖昧に頷くツィホゥに,俺はこれまでの経緯を話した。
「……剣を譲ってもらえますか?」
俺が話を終えるとツィホゥは義憤に満ちた表情で,しかし静かに申し出た。その落ち着いた声音は却って奥に抑え込まれた憤怒を伺わせた。俺は剣帯ごとカクョムの剣をツィホゥの前に差し出すも,すぐには渡さず忠告する。
「少なくとも正攻法で専横派の息の根を止める可能性が残っている内は,連中とやり合わないと誓うなら譲ってやる」
「一番悔しいチィトさんが堪えているのに,それに水を差すほど冷静さは失っていないつもりです。その代わり許可してください。専横派を絞首台送りにできなかった時,僕がカクョムさんの剣で連中の首を撥ねることを」
声は何とか平静を保っていたものの,ツィホゥはギリギリと歯を喰いしばった。優和派の中では最も遅く転移し,当初は専横派のように身勝手に振る舞っていたところをカクョムに諫められ心を入れ替えたのがツィホゥだ。調子の良過ぎる面があるものの,本質は義理堅く熱い男なのだ。カクョムに対する恩義を忘れられないのだろう。
……ここは俺が折れるしかないか。
「分かった,約束しよう。だが忘れるなよ。お前が真っ当に生きることを誰よりも望んでいたのは他でもない,カクョム自身だ」
「もちろんです!」
力強いツィホゥの言葉に,俺は相棒の遺品を託した。




