episode 13
「チィトさん,勇者であれば鍵のかかった扉を魔法を使って開けることはできますか?」
「その勇者のランクにもよるが,Sランク以上なら開錠できない方が珍しいだろう」
「それでは逆に物理的な鍵を使わず施錠は?」
「魔法を使えば同様に可能だ。開錠できるなら施錠の魔法も使えると思っていい。それが何か関係あるのか?」
「関係があるどころか大問題ですよ」
玄関扉前にしゃがみ込んだエラリーは刷毛で板張りの床の上を掃き始める。
「客観的に確かな事実と認められることが2つあります。1つは先ほど指摘した通りカクョムさんは魔力を回復途中に殺害されたこと。もう1つはこの家の玄関が施錠されていなかったことです。タンブラーの中身を零したのが想定外の事態に見舞われたからだとすると,その事態とは自身に対する予想外の攻撃と見て良いでしょう。問題はそこに至るまでの過程です。帰宅したカクョムさんは入室後玄関の鍵をかけたはず。それなのにお2人が遺体を発見した時には鍵がかかっていなかったんですよね? つまり誰かが開錠したことになりますが,問題は開錠されたのが内側からなのか外側からなのか,です」
「……外側からなら単純に魔法で開錠しただけじゃないか?」
「だとすると開錠の魔法を使える勇者相当の実力者に,カクョムさんが丸腰で不意を突かれたことになります。戦闘には完全に素人の意見ですが,開錠から攻撃を受けるまでの間に少なくとも抜刀できるのではありませんか?」
エラリーの指摘はもっともだ。専横派の奇襲を受けたのだとしたら,やつらが鍵を開けて攻撃するまでの間に少なくても防御魔法を使う時間があったはず。ただ,酔っていて咄嗟の判断が遅れたのならそこまでおかしな話ではない。エラリーは内側から開錠された可能性も疑っているようだが,だとするとカクョムが自ら開けたことになる。専横派相手にそれはあり得ないからそもそも考える必要がないだろう。
「不自然なのはそれだけじゃありません。お2人が最初に遺体を発見した時に施錠されていなかったこともおかしいです」
「どういうことだ?」
「鍵がかかっていたと仮定して考えてみてください。ノックしてもカクョムさんが出てこず返事もない場合,チィトさんはどう対応したでしょうか?」
「通信魔法で呼びかけただろうな」
「それでも返事がない場合は?」
「……起き出すのを待っただろうな」
「そうですよね。その時点ではまだ緊急性を認識していないため魔法で開錠しようとは思わないはずです。『いくら何でも遅過ぎる。何かあったのではないか』という段になって初めて無理やり立ち入ろうとするのではないでしょうか。つまり鍵をかけておけば殺害の発覚を遅らせることができたはずなのに,実際には鍵はかけられていませんでした」
エラリーはそう言うが,彼女の懸念に今一つピンと来なかった。殺害発覚を遅らせてもいずれ俺達がカクョムの遺体を発見する見込みが高い。態々魔力を消費し鍵をかける必要性を感じなかっただけではないだろうか。それにいくら人気がないエリアとはいえ,犯行現場を目撃されたら言い逃れできない。物理的な鍵を探す手間も惜しんで逃走したのではないだろうか。
「それで,それは何をしているんだ?」
「砂礫を集めているんです。カクョムさんの靴に付着していない砂礫があれば犯人を特定する手がかりになるかもしれませんから」
「……指紋は検出できないのか?」
エラリーの存在を知らない転移者は,この世界で向こうで言う警察の鑑識のような分析がなされているとは想定していないだろう。指紋を付けないよう注意して犯行に及ぶとは考えにくいから,検出できるのならそちらの方が手っ取り早い。
そう思っての質問だったが,エラリーは立ち上がり頭を振った。
「検出できますし一応残っていそうな場所は調べるつもりですけど,望み薄でしょうね。金品ならともかく殺害そのものが目的なら,家の中を物色する必要がありません。物理的な鍵も使っていないようですし,室内には指紋が残っていない可能性が高い。唯一残っていそうなのは玄関扉のドアノブですが外に面しただでさえ保存環境が悪い上,カクョムさん自身やナロゥさんの指紋と重なり判別は不可能でしょう」
そう簡単に犯人を特定できる証拠が集まるわけではないらしい。我慢強くエラリーの捜査の進展を待つしかないようだ。
エラリーはその後集めた砂礫をポーチから取り出した小瓶に入れた。カクョム遺体の靴底からも同様に砂礫を収集しペリトゥスの鑑定にかけたところ,エラリーの睨んだ通り大きさの異なる砂礫が混じっていることが判明した。
他にも血溜まりにカクョム以外の血液が混じっていないかペリトゥスの鑑定にかけたり,他の部屋を含む目ぼしい箇所に,鉱石を砕いて作ったという粉末を振りかけ指紋を浮かび上がらせてみたりしたものの,犯人の存在を示唆する痕跡は砂礫のみしか手に入らなかった。
「一先ず今できる捜査はこれで終了です。カクョムさんにご家族は?」
2階の部屋を調べ終え,ペリトゥスと共にダイニングに戻って来たエラリーが何気なく問いかけた。予想だにしない質問に泡を食うも,一応カクョムとの会話を思い返してみる。
「いや,独り身のはずだ」
「ではお2人に決めていただいた方が良さそうですね。葬儀・埋葬の手配はどうします? 必要ならボクの方で遺留品の処分含め業者手配しますけれど。費用は遺留品の販売で賄うのでかかりませんし」
「だったらまとめて頼む」
「あっ,ちょっと待ってください!!」
それまで玄関脇の壁に寄りかかり遺体を見ないようにしていたナロゥが突然エラリーとの会話に割り込んだ。
「カクョムさんのマントルだけはもらえませんか。その……形見として」
エラリーは突然の申し出にキョトンとした表情をしていたが,やがてふっと柔らかく微笑みマントルを手に取る。
「相続する権利があるとすればそれは皆さんですし,もちろん構いませんよ。他にも譲り受けたい品があれば申し出てください。チィトさんも」
「いえ,マントルだけで十分っす」
エラリーから受け取ったマントルをナロゥはぎゅっと抱き込んだ。
「なら,ツィホゥの分も含めて俺は剣と剣帯を譲り受けよう」
剣と剣帯を俺に手渡したエラリーは,ペリトゥスと共に外に出て現場検証の途中見つけた鍵を使って玄関の錠を下した。鍵をポーチに仕舞い手袋,マスク,スカーフを取り外す。
「鍵は一旦ボクが預かります。遺留品の整理が終了した後,過不足分を清算した上で遺産はまとめてチィトさんにお渡しするので,遺産分割をどうするかは皆さんで決めてください。また葬儀の準備が整い次第業者から連絡するよう手配しておきます」
「契約はあくまで証拠収集なのに……何から何まで済まないな」
「ま,このくらいはサービスの範囲内ということで。それより,一先ずギルドに戻りましょうか」




