表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリオタクですが異世界転移しちゃいまして  作者: 阿久井浮衛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

episode 12

 エラリーは血溜まりを迂回しカクョムの遺体に近付く。血で汚れないようにだろう,ドレスのように裾の長いコットとシュールコーをまとめて摘まみ上げ,膝裏に折り畳むようにしゃがみ込む。切断されたカクョムの頭部の,左目の瞼を右手で広げた。


「白濁の程度から見て死後12時間前後を目安にした方が良さそうですね。昨晩何時頃まで飲んでいたか覚えていますか?」

「正確には覚えていないが,日付が変わる前に解散したのは確かだ」

「レヴァル中央エリアで飲んでいたんでしたね? その後どこにも向かわず徒歩で帰宅したとすると,帰宅して間もなく殺害されたなら計算が合う。死後硬直から見ても日付が変わり深夜1時までに殺害されたと判断して良さそうですね」


 エラリーはカクョムの左手の指に触れながら呟く。その発言から医学の心得があることが伺えた。エラリーは裾を気にしながら,後退り気味に立ち上がるとペリトゥスへ振り返る。


「ペリトゥスさん,魔傷痕の鑑定をお願いします」

「人でも魔傷痕の鑑定が可能なのか!?」


 エラリーの言葉に驚きを抑えられなかった。討伐した魔物の魔傷痕をギルドの鑑定人に判定してもらうことは日常茶飯事だが,人にも魔傷痕が残るなんて聞いたことがない。


 ペリトゥスはちらりと俺を一瞥すると,言われた通り血溜まりを迂回しながら話し始める。


「そもそも魔傷痕が何故確認できるのかは知っておるかの?」

「いいや,知らない」

「魔傷痕は魔物が自己に由来しない魔力により生命の危機に直面した時,その魔力に対し抵抗して初めて刻まれるものじゃ。そうした抵抗自体は絶命する時だけじゃなく,討伐の途中魔法で攻撃される時にも生じておる。じゃが抵抗が最も大きくなるのは死の間際のため,現在の鑑定技術では最後の抵抗の証ある魔傷痕のみ判別可能で,途中の抵抗の痕跡を判別することができん。じゃが理論的には途中の痕跡も残っておることは理解できるじゃろう?」

「今後鑑定技術が発達すれば,誰がどのくらい魔法攻撃を加えたか分かるようになるということか」

「そうじゃ。じゃがもう1つ理論的に導き出せる結論がある。魔傷痕はいわば魔力による外的魔力への抵抗の痕跡じゃ。つまり魔力を持った対象であれば魔傷痕が確認できるはずじゃろう?」

「人はもちろん,魔石や魔法具にも魔傷痕は残り得るわけか!」

「自己に由来する魔力を持っている場合に限るがの。通常魔法具は使用者の魔力を媒介しておるから魔傷痕は残らん。魔力を有する魔法具を扱えるのは精々勇者か狩人ハンターのトップくらいじゃろうの。それに当たり前じゃが魔力を持たん動物にも痕跡は残らん。人体に残る魔傷痕は鑑定人の魔力とすぐ混ざってしまうくらい繊細かつ微細じゃ。儂意外に干渉せず鑑定できる技術を持つ者の名を聞いたことはないの」


 逆に言えば儂が知る者による犯行なら犯人を特定できるということじゃ。


 と付け加えペリトゥスは取り出したルーペでカクョムの遺体を調べ始める。そしてもちろん,ギルドに出入りしている者が犯人ならベテラン鑑定人のペリトゥスには分かるはずだ。一気に決着がつくかもしれない。固唾を呑んで鑑定の結果を待った。


「……ダメじゃな,複数の魔力が混じっとる」


 しばらく遺体を観察していたペリトゥスは,やがて諦めたように呟き立ち上がる。ルーペを仕舞うペリトゥスの背に事情が飲み込めず思わず問いかけた。


「どういうことだ? 誰が犯人か分からないのか?」

「今の技術で識別できるのは魔法攻撃で最後に攻撃した《《個人》》じゃ。完全にタイミングが重なることは極めて珍しいがの,稀に複数人による同時攻撃が止めとなるケースがある。その場合魔力が混じり合いその時々特有の個人を判別できない魔傷痕が残ってしまうのじゃ」

「そういうことか……」


 結局専横派の犯行を裏付ける証拠は得られないということらしい。落胆し自ずと溜め息が零れる。


「ですが少なくとも,カクョムさんが自ら攻撃魔法を放ち自殺した可能性は完全に否定できます。魔法攻撃のタイミングを揃える難しさを考慮すると,勇者に等しい実力者複数人による共犯の可能性は依然として残っていると言えるでしょう」


 淡々と続けるエラリーの口調にぎょっとする。明言していなかったがカクョムの自死の可能性も密かに疑っていたらしい。しかし確かに,魔力が混在していることは寧ろ専横派の犯行を示唆する証拠となり得るはずだ。


 エラリーはカクョムの遺体から離れテーブルを右手側から回り込む。奥の椅子の背もたれにかけてあるマントルを手に取る。


「これはカクョムさんのものですか?」

「ああ。昨日も着ていた」

「こちらに置かれている剣と剣帯も?」


 エラリーはマントルを背もたれにかけ戻すと,今度はテーブルの上の剣を剣帯ごと持ち上げる。


「それもカクョムのだ」

「ということは,帰宅して殺害されるまでの間に荷を解くだけの時間があったことになりますね。ん? これは……」


 不意にエラリーはしゃがみテーブルの下に潜り込む。ちょうどカクョムの遺体の真後ろの場所だ。テーブルの下から出てきたエラリーの右手に握られていたのは見覚えのある木製のタンブラーだった。


「中に僅かですが水滴のようなものが残っていますね。ペリトゥスさん,成分を調べてもらえますか」


 エラリーからタンブラーを受け取ったペリトゥスはしばらく観察していたが「水に回復薬ポーションが溶かしてあるようじゃの」と短く答えた。


「このタンブラーもカクョムさんのものですか?」

「確証はないが多分そうだと思う。見たことがあるような気がする」

「ペリトゥスさん,こっちのシミも回復薬ポーションを溶かした水か鑑定してください」


 エラリーはペリトゥスを手招きするとテーブルの下を指差した。玄関からは何を指差したのか見えないが,ペリトゥスもテーブルの下に潜り込み何かを鑑定しているようだ。やがて苦労しながらペリトゥスがテーブルの下から這い出てくる。


「同じく回復薬ポーションを溶かした水じゃ。割合も完全に同じじゃから,タンブラーから零れたんじゃろうの」

「少しずつ状況が見えてきましたね。昨晩帰宅したカクョムさんは荷を解き,今日予定していた依頼の傍ら魔石収集による資金獲得に供え,魔力回復を目的に回復薬ポーションを摂取していたようです。タンブラーがテーブルの下に落ちていたことから,何らかの予期せぬ事態により落下したと考えられます。カクョムさんが存命の内に落下したのなら,タンブラーを拾わない理由がありません。それに飲み干す前に中身を零しているようです。つまり魔力を回復しようと回復薬ポーションを取っている途中に攻撃を受け殺害されたと考えられます」


 そう言いつつエラリーは部屋の隅へ向かうと背負っているバックパックを床に下ろす。その前にしゃがんだかと思えば中から刷毛と木製の小さなちりとりを取り出した。その2つを手に玄関の方へ向かって来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ