episode 11
「しかしギルドに呼びたい人がいるというから誰かと思えば,ペリトゥスの爺さんとはな」
レヴァル西側の廃墟エリアをカクョムの自宅へ向かう道すがら,前を行くペリトゥスの背に声をかけた。黒いフード付きのマントルを纏うペリトゥスは歩を止めず振り向く。
「それは儂のセリフじゃよ。お主らがエラリーと顔見知りじゃったとは」
「もーペリトゥスさん,ギルドを出る前説明したでしょ。チィトさん達とは今日が初対面だって」
「はて,そうじゃったかのう?」
エラリーがポニーテールを揺らしながらペリトゥスの認識を正した。正された方は能天気にすっかり白くなった口髭を指先で整えている。まるで祖父と孫の会話のような微笑ましいやり取りに思わず気が緩む。実際人伝にペリトゥスは孫娘を1人亡くしていると耳にしたことがある。その面影を重ねているのかもしれない。
エラリーと共にギルドへ戻った俺達は,ペリトゥスに事情を話し協力を依頼した。ペリトゥスはギルドに勤める熟練の鑑定人で,宝物や魔法具,魔傷痕の鑑定を主に担当している。聞けば事件の証拠品に関しこれまでエラリーは何度もペリトゥスに鑑定を依頼しているという。
時刻は正午近くだったため,ギルド内の食堂で食事を取りながらの取引となった。捜査自体はエラリーが請け負っているため報酬などの細かい条件交渉は彼女が進め,最終的な合意に至った。
折角ギルドに戻ったのだから,と俺だけ前金分の50万Tを取りに一旦自宅に帰り,先を行く3人に追いつきエラリーへの支払いを済ませたところだ。ナロゥに余裕があれば南部にいた時に支払いは済むはずだったが,貯えが30万Tぐらいしかないらしく俺が立て替える羽目になった。
ツィホゥのやつは大丈夫だろうか,あいつの性格を考えると下手すりゃ徴収できるのは相当先の話になりかねないぞ。
「それにしても,魔法具以外の鑑定もできるのは便利っすねー。こういった調査には打って付けですし」
先頭を歩くナロゥは後ろ向きになり頭の後ろで手を組む。
まあ確かに,毒性の強さなどを解析する魔法は存在するが宝物や魔傷痕の鑑定は専ら経験の占めるウェイトが大きい技術だ。それぞれの分野特有の知識を学び目利きを身に着けるだけでも長い年月を要するのに,更には事件の証拠品に関わる鑑定までできるとは。
「儂のは単純な知識や経験に基づく鑑定じゃなく,ギフトを利用した鑑定じゃからな。しかし色々な物を鑑定できるからといって使い勝手が良いわけでもないんじゃよ」
ペリトゥスは俺とナロゥに対して補足する。
「儂のギフトは真贋判定,生物以外のあらゆる有形物の構成を知ることができ複数の対象の同異を判定することができる。問題は儂が良く知らん物まで鑑定できてしまうことでな,ギフト使って調べたもののその対象を形作っている物の性質や割合の意味が結局分からんままということがしょっちゅうじゃ。ま,儂の仕事は鑑定結果を伝えるところまででそれが何を意味しているのかはエラリーが考えることじゃから構わんがの」
「成程な」
この世界の原住民の科学的な理解というのはそれほど進んでいない。恐らく近代科学が成立する前程度の知識レベルだろう。そのためDNAによる個人の特定はもちろん血液型による容疑者の絞り込みなんて望むべくもない。しかし当人らが理解できていないだけで,そうした捜査を可能とするギフト自体は存在しているのだ。然るべき転移者がその価値を見出せられれば現代科学の恩恵に与ることができる。
ちらりと,前を歩くエラリーの背を見遣る。逆に言えばエラリーにはペリトゥスの鑑定結果を解釈できるだけの知識があるということだ。見た目は10代だが向こうではもっと年かさでそうした知識を必要とするような職に就いていたのだろうか。
「着きましたよー」
その可能性に気付いていないらしくナロゥは呑気な声を上げる。
目を向けると,今朝と変わらず静寂の中佇むカクョムの自宅が見えた。ナロゥがあの後閉めたのだろう,玄関扉の向こうは見通せないが凄惨な殺害現場を思い返し気が重く沈む。
「鍵は開いていたのですよね。この辺り人通りは少ないとはいえ中を荒らされていないと良いのですが」
「それなら大丈夫っす,僕が封印魔法かけておいたので」
「わぁ,助かります! 現場保存は鉄則ですから」
唇の前で両手の指先を合わせ礼を言うエラリーにナロゥははにかみ後頭部を掻く。すっかりエラリーにお熱らしい。誰に夢中になろうが好きにすれば良いが,時機というものを考えてほしいものだ。
照れた様子を見せながらナロゥは玄関扉へ右腕を伸ばす。
「停時計解除」
するとナロゥが腕を伸ばした先から青い光が波紋のように広がり,カクョムの家の表面を伝わって行く。光の波紋が治まるとナロゥは玄関から脇に身を退きエラリーに手で扉を示す。
「封印はこれで解除できたっす」
「ありがとうございます。それでは中を検めましょう」
何気ないエラリーの言葉にさっとナロゥの顔が強張る。さすがに今朝の光景を思い出したらしい。自覚はなかったが俺も似たような顔つきになっているかもしれない。俺達の心境を察したのかエラリーは同情したような眼差しを向ける。
「無理に立ち会わなくても大丈夫ですよ。終わったら呼びに行きますから,離れた所で待たれますか?」
「……いや,大丈夫だ。気にせず進めてくれ」
「そうですか……ではお言葉に甘えて」
エラリーはそう言うとポーチから紫のスカーフを取り出し頭を覆う。それからマスクと革手袋を着用した。ペリトゥスも心得たもので,言われずともフードを被り同様にマスクと革手袋を付けている。
どのくらいの精度で鑑定できるのかはまだ分からないが,少なくとも2人が場慣れしていることは確かのようだ。
「お2人は外で待っていてください。不要物の混入を避けたいので」
そう言ってエラリーは扉を開ける。中を見ないよう咄嗟に俺は顔を背けた。
「うぅむ,派手にやられたのう」
さすがに衝撃的な光景だったのかペリトゥスは呻き手を合わせた。サーバーと鑑定人という仕事上の関係ではあるもののカクョムとの付き合い自体は長かったのだ,ペリトゥスにも思うところがあるのかもしれない。エラリーは構わず靴を脱いで入室する。
「ペリトゥスさん血溜まりを踏まないよう気をつけてください」
注意を促すエラリーに続き,ペリトゥスも靴を脱ぎ家の中に入る。俺は重苦しい溜息を一度吐き出し,覚悟を決め顔を上げた。




