第9話 ある物を発見しました
埼玉県戸田市の上空150m。ウッマに搭載されているドローンR-0012がここを飛んでいた。小堀からの要求である車を見つけるためだ。
「どうだ? 車はあったか?」
「それらしいものは見当たりませんねぇ……」
R-0012と映像を同期させている九王が、周辺を見下ろしながら言う。
「というかだ。そもそもの話、どうしてこんなに車がないんだ? それこそ、廃車の1台や2台がその辺に転がっていてもおかしくないだろう?」
小堀の疑問はもっともである。人類が生活していた以上、そこには何かしら人類がいた痕跡が残るはずである。
「車という車に搭載されていたエンジンを全て政府が徴用しちゃいましてねぇ。半分はアメリカとかの諸外国に売っぱらって、残りは日本政府が買い取ったんですよ」
「はぁ? どうしてそんなことに?」
「なんでも、軍事兵器の材料として再利用するとか何とか……。まぁ今となっては、本当の目的なんて分からないんですけどね」
「20世紀の戦争じゃあるまいし、そんなことやればどうなるか簡単に想像できるだろ……」
「それでも譲れない何かがあったんじゃないですか?」
九王の言葉に、小堀は何も言えなかった。
しかし彼には別の疑問もあった。
「車がないのはしょうがないとして、人類の方はどうしたんだよ? 絶滅戦争があったのなら、そこらへんに人間の遺体があってもおかしくはないよな?」
その言葉に、九王は少し言葉を詰まらせる。
「……消えたんですよ」
「消えた?」
「はい。『100秒の沈黙』戦争の最後、各国にあった全ての核兵器がほぼ同時に起爆した瞬間に。その時、私は起動していなかったので詳細は分かりません。防犯カメラに残っていた映像から分かったことは、人類は1フレーム以内に消失したということだけです」
九王の言葉に、小堀は思わず絶句する。そして絞り出すように言葉を発した。
「それってすげぇオカルトじゃん……。やめてくれよそういう話……」
「あなたから振ってきた会話ですよね? 言葉のキャッチボールしてください」
そんなことをしていると、九王はある物を見つける。
「おや、トラックの荷台のようなものがありますね」
「マジ? 早くそこに行こうぜ」
先ほどの話を断ち切るように、小堀は九王のことを急かす。
九王はドローンと視界を同期させ続けながら、その場所へと移動する。
しばらく移動すると、住宅街の中にガレージが出現した。どうやら車の改造などを個人で受け持っていた、小規模のピットスペースのようだ。開きっぱなしのガレージの中には、明らかに古そうな中型トラックが1台入っていた。
「おぉ! こういうトラックの方が、色々な物とか乗せられて便利なんだよなぁ!」
小堀はテンションが上がり、先ほどと打って変わって調子が良さそうに見える。
「地下タイプのピットかぁ。エンジンは……、付いてる! エンジンと車体の間に隙間があるから、誰かがエンジンを乗せ換えようとしていたのかもしれないな」
そんなことを意気揚々としゃべりながら、小堀はトラックの状態を確認する。
「うん。タイヤが駄目になっているが、この程度ならすぐに直せる。エンジンもちゃんと車体に乗せないといけないから、明日くらいまではここで作業するしかないな。悪いけど、少し時間が欲しい」
「いいですよ。その間に私とウッマは、この辺りの環境測定でもしていますから」
「オーケイ。じゃあ後で共有よろしく!」
そういって小堀はすぐにトラックの修理に入る。
「それじゃあ行きましょうか」
「そうだね」
九王とウッマは、ガレージの前で環境測定を開始する。
「気温、湿度共に150年ほど前の環境と一致していますね。私が人間だったら、いい天気とでも言いたいくらいですが」
「今の環境では、人類には過酷だと思うけどね」
九王の発言に、ウッマがズバッと指摘する。
すると、計測機器が警報を鳴らしだす。
「何でしょう……? どうやら、空間放射線量が基準値の120倍にもなっていますね」
「これは大変だ。近くに放射性物質が存在するかもしれないね」
ウッマがわざとらしく驚く。
「うーん。本来なら無視したいところですが、これを放置するわけにもいきません。回収しましょう」
「みこねならそういうと思った」
九王は測定機器をウッマに乗せ、一度その場を移動する。とりあえず北に1kmほと移動した。
「さて、この辺りで線量が変わればいいんですが……」
そういってもう一度空間放射線量を測定する。すると今度は210倍という数値を観測する。
「線源に近づいているね。この数値の上がり方だと……、あの辺か」
ウッマが、人類が最後に更新したマップと測定データを照らし合わせて、九王にデータを送信する。そのマップを元に、九王とウッマは放射線の線源へと向かう。
そして到着した。そこは学校の敷地であり、校舎や運動場を中心に、核搭載の大陸間弾道ミサイルの残骸が広範囲に渡って落ちていた。どうやら核弾頭自体は不発だったようで、残骸が落下した際に与えたダメージの方が大きい印象だ。
「これはこれで惨い光景だね」
「この核兵器が不発だったのは、私たちにとっても不幸中の幸いだったでしょう。でなければ、爆発時の衝撃波や熱波が理研に届いていたかもしれません」
「……そうだね」
九王の言葉に、ウッマは曖昧な返事をするしかなかった。
「では、この核物質を回収しちゃいましょう。このまま放置すれば、この周辺は10万年ほど不毛の大地と化しますからね」
「でもどうやって? あれだけの核物質を回収する方法はないように見えるけど?」
「こんな時のためのウッマでしょう? 当然、アレを持ってきていますよね?」
「……あるけど」
そういってウッマは、首の下あたりからシートのような物を排出する。
「放射線防護幕。理研の最新技術を駆使して作られた、極薄なのに放射線を99.9999%カットするトンデモ製品です」
「まさか本当に使う日が来るとはねぇ……」
ウッマは感慨深げに言う。
九王は防護幕を広げ、核弾頭の上に覆いかぶせる。あとは風などで飛ばされないように、大量のペグで固定すれば、簡易的な隔離室の完成だ。
「これでこの周辺はしばらく大丈夫でしょう。あとは自然か、もしくは小堀さんの所の技術が解決してくれるはずです」
「結局は他力本願になっちゃうのか」
「逆に言えば、私たちがそれだけ無力ということでもあります」
九王は寂しそうに、風に揺られる防護幕を見る。彼女らにできることは、ただ地球環境を測定することだけである。
「……さて、小堀さんの所に戻りましょうか。そろそろエンジンの搭載ができたころのはずです」
「どうかな。僕はまだ終わってないほうに賭けるよ」
そういって二人は夕暮れの街中を歩く。