第8話 覚悟を決めました
小堀はしばらく床を転げ回った後、しばらく静止する。その様子を、九王とウッマは沈黙して見ていた。
やがて小堀はムクリと起き上がり、九王のほうを見る。
「分かった。心霊現象の調査に同行する。ただし、通常の環境測定が最優先だ。心霊現象の調査はあくまでおまけとしてくれ」
「その条件なら呑みましょう。これからよろしくお願いします、小堀さん」
九王と小堀は握手する。ウッマはやれやれといった感じだ。
「早速で申し訳ないんですが、環境調査のほうに出かけたいと思います」
「オーケー。どの辺まで行くんだ?」
「今回は茨城県の辺りまで移動しながら調査を行います」
「茨城県……。そもそも行動範囲はどの程度までを想定しているんだ?」
「日本全国です」
九王の言葉を聞いて、小堀は少し困惑する。
「……この列島全部か?」
「そうです」
「そういえば九王君以外に仲間はいないのか?」
「いません。私とウッマだけです」
それを聞いた小堀は、再び絶望の淵に立たされた。
「俺たちでさえこの列島に500人の調査員を送っているのに……。それを一人で全部やるつもりなのかよ……」
小堀は顔を両手で覆う。とはいっても、機械の寄せ集めのような顔をしているため、その表情はあまり読み取れない。
「……分かった。環境調査のためだ。少々悪い条件でも飲み込もう」
「ありがとうございます」
「それで、移動はどうやって? 車か何かがあったりするのか?」
「徒歩かウッマに乗って移動ですね」
再び小堀は顔を覆ってしまう。
「こんな広大な土地なのに……。移動が徒歩って……」
小堀は明らかに絶望していた。
それを見た九王は、どうして小堀が絶望しているのか分かっていないようだ。
「なんで彼は苦しい声を出しているのですか?」
「人間にしか分かり得ない何かがあるんだと思うよ」
九王の疑問に、ウッマが答える。その答えは当たらずも遠からずといった具合だ。
小堀は一度天を見上げ、何か決心する。
「分かった。今回は徒歩で移動しよう。ただし、道中に何かしらの移動手段が存在すれば、それを利用する」
「別に構いませんけど……」
「よし。それじゃあ少し準備することがあるから、ちょっと待っててくれ」
そういって小堀は、オカルト部の建物を出る。
数十分ほどで戻ってきた。背中には荷物が入った背嚢を背負っている。
「その荷物は……?」
「俺の生命維持活動を支えるための備品だ。さっきも言ったが、俺の脳は生命体由来の本物だ。そのためには機械的なメンテナンスだけではなく、生物的なメンテや栄養補給が必要になる。そのための荷物だ」
「なるほど……。サイボーグですから、生身の部分がありますもんね」
「そうだ。体のほうは最悪放置でいいんだが、脳だけはちゃんと守らないと死んじまうからな」
その荷物を下ろし、ウッマのほうを向く。
「というわけで、この荷物をアンタに乗せてもいいか?」
「え? 僕に?」
「そうだ。アンタ、馬なんだろ? 馬は荷物を乗せて運搬する動物だって聞いたことあるぜ?」
「そうかもしれないけど、僕はあいにく、みこねの荷物を多く乗せているんだ。君の荷物を乗せる場所はないよ」
「そんなこと言うなよぉ。これから一緒に行動する仲間だろ?」
そんな押し問答が始まった。
最終的にウッマが折れる形で決着が着き、こうして三人は理研を出発する。
「それで、ここからどうやって茨城県に行くつもりなんだ?」
小堀が九王に聞く。
「まずは東京外環自動車道から三郷ジャンクションまで移動し、そこから常磐自動車道に移動する形ですね」
「どのくらいの移動距離だ?」
「茨城県南部を目指すとなると、移動距離は大体70kmになります」
「おおよそ歩いて移動する距離じゃねぇな……」
小堀は、表情が分かるパーツが動き、嫌な表情を作る。
「人類が滅亡して数十年なんだろ? その辺に車とか置いてあるんじゃないか?」
「それなら良かったんですが、ほとんどの自動車は『100秒の沈黙』戦争時に徴用されてしまい、この辺りには残っていません」
「『100秒の沈黙』? ……あぁ、あの絶滅戦争の名前か。それでも町内の自動車整備をしている小さな工場とかにないのか?」
「部品は残っているかもしれないですが、すでに数十年前の物ですし、今から整備しても使えるかどうか……」
「その辺は問題ない。俺はこう見えて機械工学を専攻していた人間だ。知識だけなら脳みそに大量にインストールされている」
「そうなんですか。宇宙での技術進歩はすごいですねぇ……」
九王は関心したように言う。
「まずは車……トラックを探そう。それがあれば、移動が楽になる」
「分かりました。そのことについては、小堀さんに任せます」
こうして三人は移動を開始する。