第51話 目的のために動きました
長期間使用されていない機器を、再び動かせるようにするのには相当な労力がいる。
それは機械が巨大になったとしても同じ。むしろ巨大になったからこそ余計に面倒事が増える。
ILPAもこの問題に直面していた。少なくとも30年は動いていない。その上スペーサーにとってみれば、自分たちと異なる技術体系の上に成り立っている巨大装置を修理修復するという大仕事をやる必要がある。これは相当な労力だ。
それでも、ジェンジュンの技術員たちはこれを成し遂げようと奮闘する。それは特殊勤務手当が出るからとか、自分の技術が試せるからではなかった。見知らぬ誰かのために働くことに、意味を見出す者が多かったからだ。
そんな技術員たちに感謝を感じつつ、九王は中央制御室でチェックを行っていた。
「内部は埃が数ミリ積もっていたが、加速空洞のダクト内部は密閉されていたため掃除などをしなくても問題ないと思われます」
「送電線関係は徹底的に検査しろ。焼き切れたら目も当てられないぞ」
「掘削工事はなるべく振動を抑えるんだ。再三言ってるがこれは精密機器だからな」
「加速空洞内のコイルの点検が間に合わない? 今からでもいいから工作機械の追加投入を要請するしかないだろ!」
「戦艦からの電力供給を半分カットだ。今は起動電力を確保できればいい」
「周波数は50Hzで頼む。途中にオシロスコープ挟んで調整するんだ」
技術長以下上層部と言われるレベルの技術員が、とにかく多方面から来る問い合わせやら相談に対応していく。
九王は理論物理学者と大詰めの話し合いをしていた。
「やはり20TeVくらい必要だな」
「これで生成されるブラックホールの寿命は約4マイクロ秒……。おおよそ人間には認知出来ないほどの短時間ですね」
「だが、機械のあなたなら介入できる可能性がある……と」
「えぇ。さすがにこの時間では、介入できる回数は1回が限度ですけどね」
そんな話をしていると、小堀がタブレットを操作しながらこちらに来る。
「九王、どうも検出装置の具合が良くないようだ。このままだと、マイクロブラックホールが生成出来ても検出が困難かもしれないらしい」
「それは困りましたね……」
「……そもそもの話なんだが、助けるといってもどう助けるつもりなんだ?」
「どう……というのは?」
「こう……、色々あるだろ? 例えば余剰次元に囚われた地球人類の精神体を、この宇宙に引っ張り出してくるとか。余剰次元からの介入を完全に止めるとか。九王は何をしたいんだ?」
小堀に言われて、九王は考え込んでしまう。自分が助けると言った相手に対して、どう助けるのか。
少し考えて、九王は口を開く。
「救済……ですかねぇ……」
「救済? 宗教とかでよく聞く、あの?」
「そうですね」
「……一応理由を聞いておこう」
「余剰次元にいる人々は、いわゆる苦しみの檻へ投獄された状態です。それを私が救い出します。人々はこの宇宙へと解放され、やがては成仏するでしょう」
「……それは助けるの範疇なのか?」
「多分そういうことだと思います。以前読んだ電子書籍に、そのように書いてありました」
「それ読んでる本間違えていると思うぞ」
小堀はいったん溜息を入れ、九王に向き直る。
「とにかく、俺たちは余剰次元への出入口をこじ開ける。そこから先は九王がなんとかしてくれる、という認識でいいんだな?」
「はい。大丈夫です」
「はぁ、しょうがねぇな……」
小堀はタブレットを軽く叩き、何かを入力する。
「各人に言い訳を考えておく。九王は余剰次元に介入することを考えててくれ」
「もちろんです」
「それで検出装置の不具合だが、どうする?」
「それはもうジェンジュンの方にお願いするしかないでしょう」
そのような感じで、突貫工事がどんどん進んでいく。
そうして丸一週間が経過した。加速器の復旧後最初のテスト運用では問題ないことが確認された。
「よし。第2回テスト運用は6時間後に設定。今回のテストを踏まえて、水素同士の衝突で素粒子を観測できるようにするぞ」
シュートリヒのアナウンスの後、小堀と技術長が色々と話し合いをしている。九王はそれを、かつて存在していたであろう所長席から眺める。
その矢先であった。突如として小さな揺れが発生し、同時に警報がけたたましく鳴り響く。
「なんだっ!?」
全員が一瞬動きが停止する。直後に警備軍人から一報が入る。
『南方から第2銀河艦隊所属と思われる艦影が接近中! 現在待機中の標準戦艦2隻が迎撃開始!』
すぐに全員が理解した。敵襲だ。




