第47話 危ないところでした
「今からでも連絡は取れると思うぞ。すぐにやるか?」
「はい、お願いします」
九王がシュートリヒにお願いをした時だった。
ローレン艦長の後ろから声が発せられる。
「待て」
九王たちは声のした方向を見る。そこにいたのは、ローレン艦長よりも歳を食った将官だった。
「副艦長……」
小堀が少し恨めしそうに言う。
「何故話が進んでいる? 少なくとも私は、その地球残存人類遺産の意見に反対だ。そいつらの話は聞くに値しない。艦長、今すぐこいつらを処刑するべきです」
かなりの強硬派でタカ派で保守的な考えをしている。少なくとも九王はそう感じた。
「しかし、ソルレイバーストの解決策になりうる案を提示してくれた。それは評価するべきだろう」
「艦長、こいつらは地球の思想に染まってしまったのです。もはや更生の余地はありません。すぐに処刑の許可を」
「だがここで真空崩壊が起こる可能性がある。それを防ぐチャンスでもあるのだぞ?」
「真空崩壊は宇宙のどこでも発生する恐れがあります。それは確率の問題でしょう。ならばここで手を打たなくても問題ないはずです。地球だけをエコヒイキすることはできません」
副艦長は理詰めで艦長に反論する。
(確かに言っていることは間違ってはいません。しかし……)
九王は考える。ソルレイバーストを解決するための壁は、おそらくここなのだろう。
それに共鳴するように、保安部の班長が口を開く。
「そもそも、我々は民主主義の理念に従っている! こんな連中の話を聞いて、艦長殿が一人で決めるのは間違っているだろう! ここは民主主義の根幹として、少なくともジェンジュンの乗員に事情を説明するのが筋ではないでしょうか!?」
艦長と副艦長に対して、そのように進言する。
「確かにその通りです。艦長、ここは乗員に向けて説明を行うべきです。乗員全員の同意を得た上で、第22巡航部隊の司令部に話を通すのが最適でしょう」
副艦長がそのように話した所で、小堀が机を叩く。
「ちょっと待ってください! ジェンジュンには1万2千人もの乗員がいるんですよ!? 全員から同意を得るのは不可能ではありませんか!?」
それだけの乗員がいれば、思想思考は文字通り千差万別だ。
「艦長、あいつらから得られることは何もありません。今すぐ処刑を」
「艦長殿! 命令さえあれば我々は行動します!」
「艦長……! お願いします。俺たちの話を信じてください……!」
副艦長、保安部の班長、小堀が、艦長に自分の主張を押し通そうと必死に懇願する。
それを見て、九王はあることを思う。
(銃があるのに、それを脅しの道具として使う発想はないんですかね……)
非常に呑気であった。
艦長の額に一筋の汗が流れる。かなり考え込んでいるようだ。
そして結論を出す。
「確かに、我々は民主主義の考えのもとで行動している。しかし、それは民間人の間に存在するものだろう。我々は軍人だ。ここは私の一存で決める」
「そうですか、艦長。それはとても残念です」
そういって副艦長は、いつの間にか抜いていた拳銃を艦長の後頭部に向ける。
その瞬間、会議室に緊張が走った。
しかし、その状況で素早く動ける人物が一人。九王だ。
九王は、額にあるフラッシュを最大出力で焚く。ほんの数瞬の間、会議室が真っ白になる。
「うぐ……」
副艦長は、眩しさで目が見えなくなるだろう。その瞬間を狙って、九王は自分の後ろにいる保安部員の顎をかすめるように裏拳を放つ。それを食らった保安部員は、瞬間的に顔が回転し、脳みそを大きく揺さぶる。これで半分無力化できた。
その保安部員の小銃を強奪し、わずか1秒で小堀、シン、シューベルトの後ろに立っていた保安部員を射撃し無力化する。
そして九王はそのままテーブルを超えて、副艦長の顎下に銃口を突きつける。
フラッシュを焚いてからここまで、3秒も経っていない。
「上司の意見はちゃんと聞いたほうがいいですよ、副艦長さん?」
「ぐ……」
九王はそのまま無警告で副艦長の左太ももに銃弾を撃ち込む。
「グアッ……!」
副艦長は床に倒れ込んだ。
「され、これで邪魔者は消えましたね」
「九王君……。環境測定ヒューマノイドなのに、なんでそんなに近接戦闘ができるんだよ……?」
「何故かプリインストールされてたんですよ」
「なんだそりゃ……」
「さて、これで障害はなくなりました。艦長さん、連絡しても問題ないですよね?」
「あ、あぁ……」
ローレン艦長は、九王の身のこなしと戦闘能力に驚いたのか、目を丸くしていた。
「それじゃあ、連絡取るぞ」
シュートリヒが改めてタブレットを操作し、第22巡航部隊の司令部に送るメールを作成する。
「ちなみに、返信までどのくらい時間かかりますか?」
「第22巡航部隊の司令部は確か今太陽系外縁に陣取っていたはずだから……、向こうが受信するまで1時間、返信に1時間といったところだろうな」
そういって簡潔にメールを作成した。
「ローレン艦長、艦長の名前を使ってもよろしいですか?」
「うむ、それで説得力が増すのなら許可しよう」
こうして出来上がったメールを送信する。
「さて、向こうからどういう返事が来るかな……」
小堀が緊張した面持ちで呟く。第22巡航部隊にとってみれば、おいそれと答えられるような要求ではないからだ。
2時間と10分後。返事が返ってきた。
要点だけまとめると、次の通りである。
『いいよ』
この回答に、九王たちは思わず脱力した。
「こんなあっさり戦艦を借りられるものなのか……!?」
「いやぁ、驚きだねぇ。フットワークが軽いというか、腰が重くない状態だね」
小堀は驚き、シンは感心した。
ちなみに文面は次のようになっていた。
『シュートリヒは信用に足る男だ。これまでの社会信用ポイントがそれを物語っている。故に、嘘をついているとは考えず、ここに標準戦艦の貸与で信用に答えるものとする』
とにかく、戦艦を借りることが出来たことに、一行は安堵するのだった。




