第4話 何かが映り込みました
和光市へと帰宅する道中、九王はある場所に立ち寄りたいと言い出した。
「練馬石神井霊園?」
「はい。どうしてもここに行きたいんです」
「……一応理由を聞かせてもらうよ。どうして行きたいんだい?」
九王は胸を張って答える。
「霊園には人々の怨念が存在すると考えたからです」
「まぁそんなことだとは思ったよ」
ウッマはやれやれといった感じだ。今の九王の脳内は、心霊現象についてどのようにアプローチするか、どうやって計測機器が読み込めるのかを中心に展開されていることだろう。
ウッマに拒否権はない。明確な命令や指示があるわけではないが、九王がいなければ今後数百年ほどは理研で埃をかぶることになる。その前にバッテリーなどを抜かれて意識がなくなるだろう。それは機械や人工知能にとってしてみれば、人間における死を意味する。
ウッマは甘んじて受け入れるほかなかった。
「分かった。みこねが行きたいというなら、どこまでもついていくよ」
「ありがとうございます」
九王は二コッと笑い、明らかにテンションが上がっているようだ。
(こうしてみれば、人間と大差ないんだけどなぁ……)
ウッマは、ウキウキとしている九王の後ろを歩くのだった。
夕方ごろになると、練馬区にある練馬石神井霊園へと到着する。ここは東京23区で増加した死者に対応するために、東京都によって空き家が集中していた土地を強制買収して整備された霊園である。強制買収による人々の怒りや、独り身の老人の墓、その他大勢の怨念が詰まっているとされている。
「━━こういう曰く付きの場所なので、何かしらの心霊現象に出会えると思うんですよ」
「そういうのは罰当たりな行為って言うんじゃないか?」
九王がネットのオフライン情報を意気揚々とウッマに紹介し、ウッマはそれに対して頭を抱えていた。
九王には人間━━特に日本人に関する感性がインストールされているはずなのだが、どうやら理研のオカルト部による理性の外れた思考回路が感性を邪魔しているようだ。
九王は霊園の中心に移動し、せっせと計測機器を準備する。
ウッマは周辺の様子を見て、この場所が危険かどうかをチェックする。
「どうやら土のある所が掘り返されているようだね。おそらく海外からきた異宗教による、違法な埋葬が行われたみたいだ」
「そんなの、人類が滅んでいく終末世界ではどうでもいいことじゃないですか。当時は人類皆生き残るのに必死でしたから」
「それもネットのアーカイブにあった情報かい?」
「はい。SNSにたくさん上がってますよ」
「一応聞いておくけど、みこねは人類がいる方といない方、どっちがいいんだい?」
「そうですねぇ……。人類がいてくれたほうが、観測者効果が発揮されて嬉しいですね」
「みこねにとっての人類とは、その程度のものなのか……」
ウッマは思わず、溜息を吐いてしまう。生みの親でもある人類に対してその程度の思い入れしかないのは、どう考えてもオカルト部の連中の仕業としか言えないだろう。
「さて、準備完了しました。時間もいい頃合いですし、測定を開始しましょう」
そういって九王は自身の測定機と機器を同期させ、観測を開始した。
今夜は空に雲がかかっておらず、満天の星が見えるだろう。しかし九王はそんなことよりも、心霊現象に注目しているため、記録されている映像はもっぱら墓ばかりである。
どの墓石にも植物のツタが絡まっており、一部の墓は「100秒の沈黙」戦争の時の攻撃痕が刻まれていた。ここ東京も、とある国からの弾道ミサイル攻撃に遭い、都庁周辺は甚大な被害を被ったらしい。
霊園の様子を記録しながら戦争時のアーカイブを読み込んでいると、ふとあることに気が付く。映像記録に埃のようなものが大量に映り込んでいるのだ。
『ウッマ、映像に埃が光っているようなものがありますが、そちらでも観測していますか?』
『映っているね。昆虫やら小さな虫の類いではなさそう』
九王は同期している測定機器のデータから、空気中の組成データを引っ張り出してくる。気温湿度はもちろん、空気中に漂っている埃や花粉といったデータも取得している。それによれば、この辺りの空気はかなり澄んでいて、埃や花粉が飛んでいる可能性は限りなく低いと予測できる。
『となると、これは映像などで観測できるオーブということになりますね』
『でもオーブって空気中の水滴などを撮影するとできるって説明されていることもあるよ?』
『それは写真などの話でしょう? 私たちが認識しているのは映像のはずです』
『じゃあ理研に帰ってみたら解析してみる?』
『そうしましょう』
そんな話をしていると、いつの間にかオーブはキレイさっぱり消えていた。
それから夜間に数回ほどオーブらしきものを観測することができた。そして夜が明ける。
「いやぁ、今日はいい収穫がありましたねぇ」
九王はいい表情をして、計測機器をウッマに乗せる。
「よかったね、みこね」
「えぇ。では、さっさと理研に帰りましょう」
そういって九王はウッマの背中に乗る。
「そんなに早く帰りたいの?」
「だって、解析は時間がかかるじゃないですか。なら早く帰ったほうがいいでしょう?」
「……そうだね」
そういってウッマは、鞭を入れられたように理研へと駆けだしたのだった。