第35話 心がなくなりました
九王たちは浜松から東名高速道路を使い、1週間かけて理研のある埼玉県和光市へと帰ってきた。
「ようやく理研に帰ってきましたね」
九王はいつものテンションではなく、物寂しげにプレハブ小屋を見る。
「そうだな。九王君の家だ」
小堀は九王に同意しつつ、運転席から降りる。九王とウッマもトラックから降りて、必要な荷物を荷台から下ろしていく。
「なぁ、ウッマ。九王君、なんかアンニュイってやつになってないか?」
「うん、僕もそんなこと思ってた」
小堀とウッマが、小声で九王のことを話す。どうも浜松市の鍾皇寺での一件以来、ずっとこんな調子なのだ。
「なんか調子狂うっていうか……。ヒューマノイドだからOSでも変わったのか?」
「OSのアップグレードしてくれる人がいないから、その可能性はないよ」
「にしてもなぁ……。心境の変化でもあったのかね?」
そんなヒソヒソ話をしていると、九王は助手席の足元から木箱を取り出す。
「ん? 九王君、そんな木箱なんて持っていたのか?」
「あぁ、これはお土産ですね」
「お土産?」
「はい。鍾皇寺のお土産です」
そういって木箱を開けると、そこには日本人形と指の形をした何か、その他数点の呪物が入っていた。
「うわぁぁぁ!」
小堀は度肝を抜かれ、勢いよくその場から後方に飛ぶ。脊髄反射の影響か足のリミッターが外れ、10mほど後方に飛んでいった。
地面に落下した小堀は、九王に罵声を浴びせる。
「九王君っ! 俺のことを呪い殺す気かっ!?」
「そんなつもりは決してないんですが……」
「じゃあなんでそれを持って帰ってきた!?」
「資料にしようと思ってたんです」
小堀の怒号に、九王はだんだんと萎れていく。
目に見えて落ち込んでいる九王のことを見てしまい、小堀は怒るに怒れなくなってきた。
「あーっ、分かった……! 俺に近づけるな。もし俺が不用意に近づいたとしても、分かりやすいような状態にしてくれ。それだけは約束してほしい」
「もちろんです。これは研究室で大事に保管しておきます」
九王は微笑み返した。
小堀はそのまま踵を返し、研究室から離れる。
「俺は自分のシャトルに戻っている。報告するべき事項も多いからな。しばらく休憩だろ?」
「はい。1週間ほどはここにいるつもりです」
「分かった。この後の俺の行動は不明だ。もしかしたら母艦に戻るように指示されるかもしれないし、はたまた別の場所の調査に向かわされるかもしれない。その辺は臨機応変にってところだ」
そういって小堀は自分のシャトルのある、旧米軍基地の敷地へと向かう。
その間に、九王たちは研究室に入り、いつものように量子スパコンにデータを転送する。
「今回はどんな結果が出るのかな?」
「今回は自信がありますが……」
「が?」
「いえ……。なんでもありません」
そうして大量のデータを転送し終わり、解析アプリを起動して解析を開始する。
結果はものの数分で出た。
『調査対象データのほとんどに、科学的には説明できない現象を多数発見。特に鍾皇寺にて発生した日本人形の自発的移動が心霊現象に該当。自然現象で説明できる確率、7%』
これは、93%の確率で心霊現象であると説明しているのと同義だ。つまり、ほぼ心霊現象であることに間違いない。
「よかったね、みこね。これで心霊現象が存在することが証明されたよ」
「えぇ、そうですね……」
本来の九王なら大喜びで騒ぐだろうと思っていたウッマだが、当の本人はそうでもないようだ。かなり冷静に現状を受け入れている。
そんな九王だが、自分の胸骨の上辺りにあるコネクタにコードを差し、何かのデータを転送していた。
データの容量が少ないのかすぐに転送は終わり、スパコンに取り込まれる。
九王が転送したのは、自分の記憶とも呼ぶべきデータだ。鍾皇寺にて作成された、破損したデータ。それをスパコンに取り込んだのだ。破損しているとはいうが、九王の中では再生することが可能である。
(何か、ヒントのようなものはありませんか……?)
解析アルゴリズムにデータを投入し、この記憶なるものが何なのかを探ろうとしていたのだ。
九王は解析アルゴリズムを起動させた。しかしすぐにエラーを吐き出してしまう。
『データが破損しています。変換可能な形式に直してください』
データが破損している。つまり、この映像は九王しか見ることが出来ないということだ。
「このデータは一体……」
九王の中で、モヤモヤとした気持ちが膨らんでいくのだった。




