第3話 誰もいませんでした
九王は次の目的地を決めておらず、ただウッマと共に東京都心に向けて移動していた。
「みこね、そろそろ普通の環境測定もしないと」
「分かってます。ですがもう少しだけ……」
九王はアーカイブからソートしたデータを抽出し、解析をしているようだ。
「うーん……。これはあの辺りだと思うんですけど……」
九王が探しているのは、都内にある心霊スポットである。動画サイトにアップロードされた動画の中から、心霊や怪奇現象に関する動画をピックアップし、それを地形データと参照することで場所を特定しようとしているのだ。
場所を特定するのには、特別なアルゴリズムは必要ない。大まかな場所と、動画から推測される地形が分かれば、後は地図データ上でしらみつぶしに探せる。いわばごり押し作戦だ。
しかしこれには時間がかかる。いくら高性能なCPUを搭載している九王であっても、数分から数十分はかかる膨大な作業だ。
「とりあえず、これは裏で作業することにしましょう。ウッマ、この辺りの環境測定をします」
「ようやく測定する気になったね」
姑の小言のように、ウッマは溜息を吐く。
九王は流れるように基本的な環境測定を行う。
「気温19℃。核戦争があった割には、気温はそこまで低下してませんね」
「地球温暖化の影響もあったのかもしれないよ」
「確かに……。その辺りは留意すべき点かもしれません」
九王はデータ上でメモ書きを付箋として残す。「100秒の沈黙」戦争直前の日本は、夏の気温が50℃に迫る所もあったくらいだ。それが相殺されていると考えるのが妥当だろう。
「放射線量は相変わらず高いですね。未だ生物が生存するには過酷な環境です」
「そうだね。理研を出発してから、鳥の鳴き声すらも聞いてないし」
「この環境に耐えられるのは、地面深くに生息している微生物や原始的な生き物だけでしょう。時間が経てば、彼らすらもこの地球から消滅するかもしれません」
「白亜紀以来の大量絶滅だね。このまま地球の生物の歴史に終止符が打たれるかも」
「それは何とかして避けたい所ではありますが……。私たちでは何もできないのが歯がゆいです」
通常の環境測定が終了し、九王たちは移動を続ける。
「この辺りでしょうか」
九王が次の心霊現象の場所として定めたのは、小金井市に存在する、ある屋敷であった。
「ここで怪奇現象が起きてるの? 一目見た感じではそんな気はしないけど……」
「それが、この屋敷の持ち主だった男性とその家族がここで一家心中をしたそうなんです。それ以来、この屋敷の敷地内にいるとどこからともなく男性のうめき声が聞こえてくるとか」
「本当かなぁ? 僕としてはかなり眉唾だけど」
「それでもやってみる価値はありますよ。それが私の使命であり、命令されたことでもありますから」
九王はウッマから測定機器を下ろし、心霊現象を観測するための準備に取り掛かる。まだ時間帯は昼であったが、屋敷の中は薄暗く気味悪く感じるだろう。庭先に植えられていた松や紅葉の木々は、放射線の影響か樹皮が酷く変色し硬くなっていた。
日が暮れたあたりから、九王は精密な測定を開始する。
(心霊現象というのは、決まって夜に発生するものです)
相当な自信があるようだが、そうとは限らないのがオカルトの世界である。しかし彼女の言っている内容に一理あるのも事実だ。
さて、しばらく測定を行っていると、屋敷の外から石同士がぶつかる音が間を置いて響く。カツン、カツンと響くその音は、まるで大理石の上をハイヒールで歩いているような音に聞こえるだろう。
『なんでしょう、この音は?』
縁側に座っていた九王は、軒下にいたウッマに通信で話しかける。
『音響解析しているけど、石同士が衝突している音にしか聞こえないよ?』
『石を動かしている存在は何なんでしょう?』
『それは僕には分からないな』
しばらく考えた九王は、ある解決策を見出す。
『今度心霊スポットを調査する時には、定点カメラを設置しましょう。近くのホームセンターに行けば、まだ使えるカメラがあるかもしれません』
『そうだね。その方がいいよ』
そんな話をしていると、今度は屋敷の廊下からトトトッと何かが駆ける音が聞こえる。
(今度は屋敷の中から……。ここに誰もいないのは赤外線カメラによる調査は行ったはずですが……)
普通の人間なら、こういう状況になった場合は不安や恐怖で交感神経が活発になり、興奮状態に陥る。しかし九王はロボットであるため、そういう感情変化は人類に比べれば小さい。
その後も、何度か正体不明の音が鳴るものの、心霊そのものを観測することはなかった。
夜が明けて、音はぱったりと途絶える。今は風が屋敷の中を通り抜ける音しかしなかった。
「ここでも幽霊や心霊の決定的な証拠は掴めませんでした……」
「気に病むことはないよ。まだ数をこなしていないからね。これからもっと調査すれば、何かすごい結果が出るかもしれないじゃないか」
「……そうですね」
九王は測定装置をウッマに乗せる。
「そろそろ充電も50%を切ってきました。一度理研に帰って、測定装置の再検証でもしましょう」
「そうだね」
そういって九王たちは、理研のある埼玉県和光市へと歩みを進めるのだった。