第27話 夢を見ました
パウロたちと別れた九王たち。
小堀はとりあえず、自分たちの足であるトラックのタイヤを交換していた。いつどこで見ていたのか、九王たちが乗っていたトラックのタイヤと寸分違わず全く同じタイヤを運んできた敵の実力を見て、小堀は改めて敵の強大さに恐れおののいた。
「あぁ、クソ。厄介なことになった。マジで厄介だ」
そんなことを呟きながら、小堀はトルクレンチをカチカチ鳴らしてボルトの締め付けを確認する。
「どうする……? 本隊に連絡するべきか……? いや、本来ならそうするべきなんだが、それでも……」
そんな小堀を横目に見ながら、九王は暇つぶしに環境測定を行っていた。
「そんなに悩むなら、早く本隊に連絡した方がいいんじゃないですか?」
「いや、一概に報告するような状況下にないってのがな……一番厄介なんだよ」
「そんなものですかねぇ?」
「九王君は情報の精査ってのをやってこなかったから言えるんだ。俺たち調査員には上に上げる情報を分別して、必要なものだけ報告する義務がある。些細なデータすら全て調べさせるのはなかなか骨の折れる作業なんだぞ?」
「そうですか」
九王は興味なさげに返事をする。九王にしてみれば、量子スパコンに全データをアップロードさせてしまうので、情報の精査なぞやったことはない。小堀の苦労は知らないだろう。
「よし……、タイヤの取り付け完了……。いつでも出発できるぞ。今日中には市中に到着したい」
「今日中は厳しいんじゃないですか?」
「俺が休憩したいんだ。そのためには何としても今日中に富士宮市……、いや、宿泊施設のある場所まで行きたい」
「それでしたら……、10km先にコテージ風のホテルがありますね」
「分かった。今日はそこまで行こう」
そういって九王たちはトラックに乗り込み、走り出す。
「それはそうと、第2銀河艦隊と鉢合わせるのは予想外でしたね。これが争いの火種にならなければいいんですが……」
「そのことも含めて、俺は上に報告しないといけない。ただ確実に言えることは、スペーサーは地球再入植する時でさえ、争うことになるということだ。結局、人間は戦争をやめられないのだろうな」
小堀は少し悲しそうな目をして言う。
そのままトラックは走り続け、夕方時になってようやく富士宮市の北にあるホテル「北山コテージホテル」に到着した。
「これ本当にホテルか?」
「うーん、ウェブマップにはホテルって書いてあったんですがねぇ……」
目の前にあるのは、どこからどう見てもただの民家である。
実際に中に入ってみると、どうやらホテルとして利用されていたのは間違いないようで、キングサイズのベッドやら和室には布団が放置されていた。
「まぁ、使えなくはないか……」
小堀はキングサイズのベッドに倒れ込み、持ってきた背嚢の中から栄養食料を取り出す。それを無理やり口に詰め込み、水と油とアルコールの混ざった謎の液体で流し込む。
「あー、まっず……。それじゃあ俺は寝るから……」
ものの1秒で小堀は睡眠状態に入る。
「じゃあ、私たちも休憩しましょう」
「そうだね」
九王とウッマは、空いている和室に入る。ウッマは窓際で丸まり、九王は布団を広げて、その上でスリープモードに入った。
スリープモードに入った瞬間、九王は不思議な光景を目にした。一面、黒とも紫とも言い難い明度の低い空間だ。
『ここは……?』
九王は体を動かそうとするが、上手く制御出来ない。今までにない感覚に、九王のCPU内ではエラーコードが生成されていた。
そんな中、九王の足首に何か冷たい感触が伝わる。九王は恐る恐る足元を見てみると、そこには半透明の人の手があった。
━━だせ……ぇ、ここからだせ……ぇ━━
人間のようであって、それでいて不快な音を伴う声が響く。しかもそれは一つではなく、複数聞こえる。
気が付けば、九王の周りには半透明の人間の上半身がいくつもあり、思いっきり九王の体にしがみついている。
━━だせぇ、はやくだせぇ━━
━━こわい、こわい、こわい━━
━━ゆるさない、ゆるさない、ぜったいに━━
━━くるしい、くるしいよ━━
━━あつい、さむい、あつい━━
━━たすけて、たすけて━━
あらゆる方向から呪詛のように聞こえてくる声。九王は体からそれらを引きはがそうとする。
『ちょっと、離してください……っ!』
しかし、人間以上の力を有するはずの九王をもってしても、一切振り解くことはできなかった。
九王はそのまま、数多の半透明の人間の腕に絡まれ、全身を覆い隠されてしまう。
(苦しい……。これが、苦しいという感情ですか……)
九王はシャットダウンとは違う、暗闇に落ちる感覚を味わった。
その瞬間、九王は目を覚ます。時刻はまだ朝の5時である。
「夢……」
九王は即座に、ストレージに保存してあった「夢」と言う単語を引っ張り出してくる。そして同時に、今の映像は悪夢であることを理解した。
「私が悪夢、ですか。そんなの、まるで人間みたいじゃないですか……」
「まるで人間」という単語を、九王は飽き飽きするほど聞かされた。人間を目指して作られたのだから当然のことではあるが。
しかしそれでも、自分が人間になっているという気分が気持ち悪くてしょうがなかった。
「いつの日か、この気持ちを完全に理解出来ればいいんですが……」
その一方で、九王は少し嬉しい気持ちもあった。
「……夢の中のあの人間たち、幽霊っぽくて良かったです……」
そういって無意識に口角を上げるのだった。
 




